第48話 「ロボットのお医者さん」





「昨日帰国した」というダグラス・ロペス中将に私は呼ばれ、「お前からも意見が欲しい」と相談を受けた。ターカスを実際に目にした事のある者、それから、莫大な情報にアクセス出来る者として。しかし彼は、今回に限ってアームストロング次長の許可を得ていなかった。どうやら、急いでホーミュリア家に持ち帰りたい情報があるらしかった。


「ロペス中将、僕は何者かの権限で情報を閲覧及び操作するロボットなのです。最低限、ポリスの支部長クラスの許可が必要なのです」


ロペス中将にそう繰り返すと、彼は立ち上がり、部屋を出て行った。




戻ってきた時、中将は僕に向かってビデオ端末を差し向け、僕は端末の向こうでおろおろとしているメキシコシティ支部長から、「彼に情報を渡すように、ただし、人民に損失が及ばないように」との命令を受けた。




テーブルの真上には小さな照明があって、直方形のテーブルに、私達は差し向かいに座っていた。そこはポリス本部の事務室で、使われていない空き部屋なので、テーブルと椅子の他は置かれている物もなかった。


「はあ。それは大変でしたね」


「ああ、死ぬところだったかもしれないが、どうやら博士は今、人死にを出したくないらしい」


中将は、大して苦労をした風でもなく、ちょっと首を横に振った。


私は、自分の端末を取り出して、デイヴィッド・オールドマンのデータを調べ、現在の活動状況について、「情報がほとんど揉み消されているだろう」との見解を述べた。


彼は合衆自治区の穀物メジャーの職員であり、幹部に近い技術開発者だ。活動が秘匿されるだろう事は想像に難くない。


「助かるぜシルバ。それで、穀物メジャーの先行きについてはどうなんだ?」


「ええ、それは今…」


私がページを繰り先へと進めると、最新の活動情報について、やや貴重と思しきデータが表れる。組織側が公表をしているからと言って、背後に後ろ暗い状況がないとは限らない。


“ついにアフリカ未開拓自治区に農業灌漑”


そう書かれていて、それにアメリカの企業が参画を表明し、恐らくデイヴィッド・オールドマンも何等かの準備はするだろうと伝えた。


「そうか…」


ロペス中将は深刻そうに考え込んでいたので、「これからも、許可が下りれば僕は力になれます」と伝えた。





私は、もう一度家にロペス中将を迎えておもてなしし、驚くべき事実を聴いた。


その時、中将は「ターカスは席を外してもらってくれ」と言っていて、もちろんターカスは居なかった。私と、中将だけで話をしていた。



「では…うちに居るターカスは、偽物なんですか?」


恐る恐るそう聞くと、中将は残念そうに項垂れる。


「そうかもしれない、というだけだ」


「そんな…」


私がどうすればいいのか分からなくなってしまうと、中将は慌ててこう言う。


「ただ、それは俺があの時、オールドマンの屋敷で、型番の同じロボットを見た、というだけだ。ターカスの豹変については、まだ原因は分からない」


「そ、そうですね…でも、そうだとすると…一体どうすればターカスを元に戻せるのか…」


「フーム…ホーミュリア家はロボット工学の権威だろう。知り合いに、ロボット学者は居ないのか?」


そう言われてその事に気づいたけれど、この家に来てまだ日も浅い私は、それらの人々とは、御当主の葬儀の時に会った切りだ。今では、この家をそういった目的で訪ねる人も少ない。


「いくらかはいらっしゃるとは思いますが…私で、お取次ぎ出来ますものでしょうか…」


すると、中将はまた葉巻に火を点け、ぷかっと煙を吐く。


「やらなきゃならんだろう。令嬢はまだ塞ぎ込んでるのか?」


「ええ…」


私は、庭の兎小屋でコーネリアと遊ぶ事を支えに、独りの時に耐えているお嬢様を思った。


“お嬢様のため、ターカスを元に戻さなければ”


私はそう一念発起し、ロペス中将にお礼を言う。


「中将、ご報告を有難うございます。私は、現在のターカスを元に戻す方法があるか、聞いて回ってみようと思います」


「いやいや。俺も、所属していたロボットが急変したなんて、気持ちが悪いからな。解決とはいかないまでも、少し様子が分かってよかったよ」


その時私は、やっとロペス中将が体験した出来事の話を思い出した。


「そうです、中将。足の傷は、痛まないのですか?」


「ああ、これか?もうなんともないぜ」


そう言って中将は軍服をたくし上げ、ソックスを下ろしてみせる。いつも分厚い軍服に包まれているからか、想像より白い肌には、本当になんの痕もなかった。でも、僅かに線が一本残っていた。私はそれを見て、奇妙な気分になった。


“どこかで見たような…”


だけど、いつまでも傷痕を晒させているのは失礼と思い、話を先に進めた。


「すみません、そんな危険な目に遭わせてしまいまして…お命が無事で何よりです」


そう言って、私は頭を下げる。


「大丈夫さ。じゃあ、“ターカス”は一度誰かに診てもらって、俺は気になる事があるから、そっちを調べる事にするよ」


「ええ…」


中将は軍服を元に戻し、少し付いていたのだろう泥汚れを、軍靴から払った。


「結局、オールドマンが何を考えているのか、何のために“ターカス”と同じようなロボットを所有していたのかが分からなければ、自国の損失に繋がる可能性もある」


「そうですね…」




前の時と同じく、ロペス中将は、話が終わったらすぐに帰って行ってしまった。私は家にあった名簿を取り出すため、壁に埋め込まれた通信端末を開く。


壁の一部がぽわりと白く光り、そこへ、オレンジ色の文字が浮かび表れるのを、一人一人、私は指で送った。


“どの方も、頼りになりそうだ…順番にメッセージを送ろう”



私がその晩、ホーミュリア家のアドレス帳にあった、親しかったロボット工学者の方達にメッセージを送ると、休もうとしていた時分に、テレフォンのコール音が鳴った。


「えっ…!?」


それは、もうPM11時を過ぎていた。常識的に考えて、そんな時間にテレフォンなんかしない。それに、現代の人は早寝だ。お嬢様ももう眠っている。


私は、しばらく迷ってから壁に触れて、イヤフォンを耳に掛けた。


「もしもし」


そう言うと、矢継ぎ早に向こうがこう叫んだ。


“大変だ!君、大変な事になったぞ!ターカスが変化するなんて、有り得ん事だ!最悪のシナリオは、我々全員の命にも関わる!すぐにターカスを連れて来い!明日だ!”


「あ、あの、貴方は…?」


私は、とにかく相手にそう聞いた。すると相手の方は、自信満々にこう言い放った。


“儂か!儂こそ“ロボットのお医者さん”、ラロ・バチスタじゃよ!”





つづく

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