第47話 「隠されたターカス」





頭が痛む。俺は初めにそう思った。それから、耳元で誰かが唸っているのが聴こえ、それが自分の声だと分かる頃には、もう正気づいていた。


目を開けると、俺が居る部屋が見えた。薄気味悪い程白い部屋だ。壁があるのかどうかまで、よく分からない。


体を動かそうとすると、俺の体は、拘束帯のような物でその場に縛り付けられていた。どうやらベッドの上のようだ。ただ、ベッドがある他は、その部屋には何もなかった。


足も動かなかったが、さほど痛みがなく、出血も止まっているらしかったので、誰かが治療をしてくれたらしい。


“この状況で声を出していいものか…”


答えはノーだ。起きれば殺される訳でもないだろうが、とにかく拘束は外さなきゃならない。敵に気づかれていいのは、最低限自由を得てからだ。だから俺は、右手をぎゅっと思い切り握った。


すると俺の手は裂け、そこから小さなナイフがしゅっと飛び出てくる。それはいざという時のために仕込んでいた武器で、俺は、災害派遣の際に片手の首を失くしていた。


“やっと役に立ったぜ”


拘束帯はただの布ではなかったらしく、切り取るのにずいぶんと時間が掛かった。でもなんとか自由の身になれたので、俺はその部屋の出口を探す。


「ない…だと…?」


3分程その部屋を探し回ったが、ドアはなかった。壁の切れ目も、探してもない。


敵さんに気取られると思ってやっていなかったが、壁を一つ叩いてみた。それで何が起こるとも思っていなかったが、万一感応式のドアなどだった場合を考えてだ。


ところが、俺が壁を叩いた途端、壁全体が青く光った。そして、天井からこんな声が聴こえてきた。


“ああ、お目覚めかね”


それは、もうだいぶ歳のいった老人の声だった。それに、ここはオールドマンの自宅だ。彼本人だと考えるのが自然だろう。俺は天井を仰ぎこう叫ぶ。


「何が目的だ!」


“それはこちらの台詞じゃよ。なぜ軍人が不法侵入を?”


全部知れているのかと思って“しくじったか”と思いかけたが、俺は、まだ相手に話が通じると仮定し、こう返した。


「あるロボットについて話がある!おそらくあなたに関係あるだろう!」


そう言うと、何かムニャムニャと天井から独り言のような呟きが聴こえ、俺の傍で、何事もなかったかのように、扉が開いた。




廊下に出ると、辺りはシンと静まっていて、人の気配はなかった。すぐに誰かがやってくるだろうと思ったので、俺は急いで行動した。



とにかく、開けられそうな扉を探して、相手に見つからない内に開け、何かは発見して帰る。それが目的だった。そして、五つ目のドアがそれだった。


自動ドアではなく、指版の取り付けられたアンティーク調のドアを、誰も来ない内に俺は開けてみた。


その部屋には、灯りは点いていなかった。でも、部屋の奥に、ほの青い光が見えた。間接照明のようだ。それに照らされた物体を、俺は見た。


「うっ…!」


思わず、声を上げてしまった。そこには、あの“ターカス”と同じに見えるロボットが、ぼろ切れみたいになった状態で放置され、手足を縛られていたのだ。


危ないかと思ったが、警戒しながらもそのロボットに近寄ろうとした時、廊下の向こうからカチコチと鉄の足音がして、俺は慌てて駆け戻った。





応接間のような部屋まで、真っ白だ。気味が悪い。


俺が廊下に戻ると、一人の眼帯をしたヒューマノイドロボットが現れ、それから彼は無言で俺をこの部屋に通した。でも、まだ部屋には誰も来ていない。


部屋の中央には大きなローテーブルがあり、その真上には、シャンデリアに模した照明が掲げてある。テーブルを回って四つのソファが置いてあるが、それはテーブルからも少し離してあって、足を寛げやすそうだった。


床には真っ白な絨毯が敷いてあり、壁も床も、強迫的に白い。まるで何かに駆られた病人の家のようだ。そんな様子を、格子ではめ殺しにされた窓から入る陽の光が、照らしていた。



ところで、俺が撃たれて出血したはずの足は、もう痛くもなんともない。緊急事態と思って動いていたから確認が遅れたが、血どころか、傷痕すら残っていなかった。


“医者なんて居なさそうだが…”



俺がそんな考え事をしていると、入口の扉が音もなく開き、ロボットの足音がカツコツとして、その後へ、ゆっくりと老人が歩いてきた。


「やあ。先ほどは失礼したね。傷は治ったかな?」


俺は、自分が老人を充分に警戒している事を確かめてから、話に応じる。


「ええ。もう治っています」


老人はソファへ大儀そうに腰掛け、ロボットはそれを手助けしたそうに見守っていた。


「よっこいしょ。いや、すまないね。歳を取ると体も上手く動かんでな。お茶はおあがりにならないのかな?」


テーブルには、ロボットが出してくれたお茶があった。でも俺は首を振る。


「コーヒーの方が好きなんです」


「そうかい、そうかい。そりゃあすまなかった」


そんな無駄話をしに来た訳じゃないだろうと、俺は老人を睨みつける。すると彼は、ニマニマっと笑った。


しばらく黙っていたが、老人は目だけで俺を見上げてにやにやと笑いながら話を始める。


「君がどこから来たのか、何のために来たのかは、ある程度の想像はつく。それは何も、歳を取っているからじゃない。まあそれはいいが…単刀直入に言おう。私が君に教えてあげられる事はなにもない。お茶を飲んだら、お帰りなさい」


俺はその時、一度頷き、自分に承認を与えた。そして、手の中のナイフをまた出し、老人に飛びかかろうとする。


気が付いた時には、俺は天井を向いて倒れていて、目の前に眼帯野郎の顔が見えた。奴は大きく目を見開き俺を見詰めていて、俺の喉元には大きな刃物が突きつけられていた。眼帯野郎の左腕だ。


「降参。わかったよ。帰る」


そう言うと、眼帯野郎はどいたが、彼は老人の近くを離れようとしなかった。



奇妙な事に、俺は玄関までロボットに見送られ、外に出た。その時にはオールドマンは居なかったので、俺は恐らく“彼”と思しきロボットに、こう話し掛けた。


「エリック。お前も、俺に何も教えられない立場かな?」


そう言っても彼は目も上げず、俺に丁寧な会釈をしただけだった。




しかし、これでどうやら、デイヴィッド・オールドマンがターカスに何らかを施して彼を密かに隠していて、それは口外出来ない目的のためだったという事は分かった。


オールドマンは、出来るなら人殺しはしたくないらしい。少なくとも、今は。


エリックの様子は聞いた話と大分違ったが、所有者が変わってプログラミングが変更されれば、ロボットはそんなもんだ。ただ、やはり奴は、軍事的改造を施されている可能性が高い…




俺は、それらの報告を持ち帰り、“さて、どいつにどれを喋ろうか”と考えながら、シップからアメリカの大地を覆う畑を眺めていた。





つづく

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