第43話 「残されたモノ」





私は、一瞬背筋が凍った。合衆自治区大統領の死という、極端に危機的な状況に相対した事で、恐怖すら覚えた。だが、相手がGR-80001だったので、すぐに警戒を解き、話し掛ける。


「お前は…もしかして、ターカスか?」


そう言うと彼は「ええ」と言い、指先に尖らせていた熱線砲を収める。大統領は眉間を正確に焼き抜かれ、死んでいた。ターカスはそれを顧みもせず、私に向かって頭を下げた。


「ロペス中将、任務を言い渡されてもいないのに、勝手な真似をして申し訳ございません。ですが、合衆自治区分司令部に戻った時、シルバから「メキシコシティ司令部は燃えた」と聞き、急ぎ敵軍の中枢を破壊せねばと思い、こうしました」


それはきちんきちんとした口調で、はっきりとしていて、それまでのどこか煮え切らなかったターカスの態度とは違っていた。


“自分の立場を自覚したって事か…何があったか知らないが…”


私も自分の立場を思い出し、彼に向かってこう言う。


「目的を達成出来た事は評価しよう、ターカス。だが、お前の奪還のために、A班は負傷ロボットが出た。お前のせいで自軍に被害が出ていたんだ。その最中に一人で先走るなんて、正気の沙汰じゃない。なぜ私達を待たなかった」


ターカスは少々言い淀んだが、すぐにこう言った。


「警備やロボット数をスキャンしましたところ、自分でも突破可能と判断しました」


私はまた、苦い気持ちがした。“こいつら”と向き合っていると、いつもそうだ。正しくて、否定しようがない事しか言わない。仕方なく、私はターカスから踵を返した。


「出るぞ。ここもすぐに危なくなる。いいか、ターカス。軍内での単独行動は、厳禁だ。覚えとけ」


「申し訳ございませんでした」




結果として、メキシコ自治区軍は勝利し、自治権は保持された。一体なぜ、今さらになって合衆自治区が攻めて来たのかは不明だが、彼らは負け、トップの首はすげ替えられた。


ターカス達は元居た家庭に戻す方針だったので、エンジニア達は、彼らのスケプシ回路から、軍内部の情報のみを削除した。それで済んだはずだった。


しかし私は、アメリカの進軍によってメキシコから何が奪われたのかがまるで分からない事で、落ち着かない日々を送っていた。





「ターカス!お帰りなさい!よかったわ、ちゃんと帰ってきたのね!どこも壊れてない?」


私は、マリセルと一緒に帰った自宅でターカスを迎え、嬉しくて嬉しくて、切なくて仕方なかった。


“戦争は終わったし、ターカスも帰ってきたわ!これで大丈夫なのよ!”


有頂天に喜びばかりが溢れて苦しく、私はターカスをぎゅうっと抱き締めて彼の胸に額を擦り付ける。


「有難うございますお嬢様。わたくしは大丈夫でございます。長く家を空けて申し訳ございません」


“ああ、ターカスよ。ターカスの声だわ…!”


私はとうとう泣いてしまって、ターカスは私の涙が止まるまで、傍に居てくれた。




それからしばらくして、私は妙な事に気づいた。


それはある日、私が、戦争によって爆撃された街の復興していく様子を映し出すメディアを開いていた時だった。


「まあ…酷い事…ターカス、大丈夫よね?みんな、元に戻るわよね?」


あまりに打ち壊され尽くした街々の様子に、私がターカスを振り返ると、彼は私を見もせずにこう言った。


「ええ、大丈夫でしょう」


その時彼は、私が着替えたドレスを抱え、部屋を出て行くところだった。


その時の違和感は、言葉にすらならなかったけど、そんな風に、ターカスが仕事に掛かり切りになって、私を構ってくれない事は何度もあった。



“おかしいわ…最近のターカスは、なんだかよそよそしくなって、あまりわたくしに親しくしてくれない…何かあったのかしら?”


私はその事を、何度かターカスに聞いてみた。でも、いつもターカスは家の仕事に追われていて、私の話など聞いてくれなかった。それで私の不安は、段々と、「疑い」と呼べる程にまで濃くなっていった。




その日、ターカスは、掃除をするため体を扁平に変形させ、腹側に大きなモップを着けて、壁を走り回っていた。


「ねえ、ターカス…」


彼はすぐに答える。


「お嬢様、申し訳ございません。このお掃除が終わりましたら、お話をお聞き致します」


私は口を結んで悲しみに耐え、最後の気力を振り絞って冷静になり、こう言った。


「どうして、わたくしの話を聴いてくれないの…?ターカス…」


それには、こんな言葉が返ってきた。彼は知らずに、私の心を引き裂いてしまった。


「お嬢様、少々の間です。お待ち下さい」


壁を磨くのに熱中しているような様子のターカスを、私は背中から睨みつけた。彼は私の視線になんか気づかない。落ちにくい汚れには苦労するのに、彼は私の悲しみになんか気づかない。そんなはず、ないわ!


“違う…!ターカスじゃないわ!”


私は、自分が何を言うのか分かっていた。そして、それをターカスが聴かないだろう事も。でも、“彼が何も気にしないなら、これくらい言ってもいいはずだわ!”と、私はほとんど生まれて初めて、激しい怒りを感じていた。


お腹が震える。喉も。上手く声が出るか分からない。そんな状態で、私は叫んだ。ちょうどその時、部屋にマリセルが入ってきたのを、私は目の端で見た。


「あなたは…あなたはターカスなんかじゃないわ!違うわ!あなたはターカスじゃない!別人よ!」





つづく

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