第41話 「ロボットたる理由」





私とエリックは連れ立って飛行して、エリックは、「ある施設を目指している」と言っていた。


彼は飛行が出来るようになり、兵器として生まれ変わらされてはいるものの、自分の意思は自由なのだと言った。「兵器として」というのには驚いたが、これで二人で逃げ出せば、私達は自由だと思えた。




そこは、小麦畑の真ん中だった。その時私は、ちらっと思い出した。エリックの主人が亡くなった思惑は、政府が食糧問題を解決するためだった、と彼が語った事を。


「さあ、着いたぜ。中に入ろう」


「エリック。ここは何なのです?」


「いいじゃないか。俺達は自由だ。まずは話でもしよう」


「え、ええ…」


私はなぜか不安になった。だが、エリックの様子は前と変わらないし、別にいかがわしい場所に連れて来られたとは思わなかった。



その施設に入るには、分厚く大きな、三人は並んで通れそうな扉をくぐらなければいけなかった。そして、長くて薄暗い廊下を通る。


廊下の両側にある部屋には人気がなく、話し声もしない。でも、扉が全て鉄で出来ていて、認証をしなければ入れなさそうだと思ったので、“何かの研究施設だろうか”と私は考えていた。


やがて廊下を曲がり、奥の扉を開けると、途端に景色が真っ白になった。


広いホールの先には幅の広い階段が見え、そこには白い絨毯が敷いてある。床の全面にだ。壁も白く、不気味なほど明るい空間だった。


「エリック、ここは誰かの家なのですか?ずいぶんと奇妙な所ですね」


「ああ、そうだな」


エリックは質問に答えてくれなかった。私はそれで、小さかった不安がさあっと胸を染め尽くすのを感じて、少し立ち止まる。エリックはすぐに振り向いて手招きした。


「どうした。来いよ」


私は何を言えばいいのか分からなかったが、とにかく、メキシコに帰ってもいいか聞こうと思った。


「エリック…わたくしは、メキシコに帰りたいのです」


エリックは首を傾げ、納得したように頷いた。


「そうだな。でも、帰るためにはやらなきゃならない事があるだろう。軍のロボットが一般家庭へ帰れると思うのか?」


そう言ってエリックは笑っていた。私は“それは確かにそうだ”と思い、“この研究施設で私を元に戻してくれるんだな”と、彼についていった。




その部屋には、誰も居ないように見えた。初めは、白い照明が部屋全体をうっすらと照らしている様子が分かり、次に、部屋の奥にたくさんの古い物理モニターが設置してあるのが分かった。最後に気が付いたのは、物理モニターの前に小さな椅子があって、そこに老人が腰かけていた事だ。


私は、訳を問うつもりでエリックを見た。彼は黙って頷き、老人に手のひらを向けて、私に、そちらに進むよう促した。


気が進まないながらも怖々と老人の前に歩み寄ると、私はその顔を見る。彼は恐ろしく背が小さく、小柄で、もう90歳位に見えた。


「ごきげんよう。ターカス」


老人は、しわがれて今にも絶えそうな声でそう言い、にっこりと笑った。その微笑みに、私も少し警戒心を解く。


“この人が優秀なロボット工学者で、私を元に戻してくれるのだろうか”


「私はね、デイヴィッド・オールドマンと言う。君の御父上と同じ、ロボット工学者じゃよ」


「えっ?」


私は、その時言われた事の意味がよく分からなかった。私はメイドロボットだ。父など居ない。老人は私の様子を見て、ちょっと咳払いをしてこう言い直した。


「いやいや済まない。父ではないな。主人か。ダガーリア氏がまだ企業の一開発者だった頃には、よく成績を争ったものじゃよ」


「そう、だったのですか…」


オールドマン氏は人の好さそうな笑い方をして、傍にあった修復台に乗るようにと促した。私は言われるがままにそこへ横になる。オールドマン氏は、私の両腕両脚を外しながら、こう言った。


「君のプログラムは、この世で最も優れたロボット工学者が書いたものじゃ。よく勉強させてもらうよ」


「え、ええ…」


そこで急にオールドマン氏の両目はギラリと光った。彼は私を覗き込み、今にも笑いそうになるのを抑えているような顔をする。その目は、爛々と光った。


「ダガーリアの技術を手に入れられれば、私の地位も盤石だ」


その時私は、「待ってくれ」と言おうとした。エリックがどんな顔をしているのか、一体彼は何のために私をここに連れて来たのか、もう一度聞こうとした。でも、沈黙へ向かう私のスケプシ回路は、もう動いてはくれなかった。





「エリックよ。君は、主人を私の組織に殺された」


俺は、オールドマンがそう言うのを聞いていた。そしてこう返す。


「今となっては、どうでもいい事ですよ」


オールドマンがターカスのプログラムを確かめながら、「ヒヒッ」と笑った。


「そうじゃ、そうじゃ。ロボットとは、本来は人間に絶対の服従をするものじゃ。それがこいつはそうではない。自由意志を持つロボットが、一般家庭でただメイドとして使われているなんて、誰も考えつきはせん」


「見世物にでもしようってんですか」


そう言うと、オールドマンはこちらを向いて、ニヒヒ、と笑った。


「永遠に廃棄するのじゃ」


「へえ。意外だ」


不敵に笑っていたオールドマンは、その内に悔し気に顔を歪め、僅かに開けた唇の隙間からは、食いしばった歯が見えていた。


「ダガーリアより、私の方が優秀だ!だから私は、穀物メジャーからも、工学者として優遇された!奴の研究は、不利益な物だったんだ!」


そう叫びながら、オールドマンはターカスを次々に分解していた。


俺は「どうぞご勝手に」と言った。





つづく

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