第16話「ターカスがいない!」





「んぐ…う…」


私は段々と音声システムすら機能しなくなっていった。


磁力錠だけではない。この彼が使っているなんらかのエネルギーが…ああ、動力炉が止まってしまう!このままではお嬢様が!


私はその時、私とお嬢様の家のドアが開けられる音をかすかに聴きながら、エネルギー停止直前のエラー音が頭に鳴り響くのを感じていた。


「しばらくおやすみだな。ターカス」









「おかしい。メルバたちの時には、爆撃をしたらすぐにターカスが現れたんだろう?」


銭形は首を傾げて、まだ何も見えてこない川辺の上で、専用艇から降りずに下を窺っていた。


専用艇の運転をしていたマルメラードフは振り返る。


「確かそうだったはずだよ。おそらくはターカスも遠隔監視ができるのか、音声認識が良好なはずだからね」


「それにしては遅い。すでに12秒が経っている。リチャード、私は下へ降りる」


「了解しました。こちらはエネルギーを充填し直します。30秒後に発射可能です」


銭形の言葉に、部下3人は頷いた。銭形は足の燃焼室を開いて滑空した。


「相変わらず、銭形さんの飛行は美しい。燕のようだ」


不意に、銭形の部下、ピーターはそう口走る。その声に、リチャードとジョンは彼を振り向いてから、物凄い速度で落下してからひょいと地上に足をつけた銭形を、じっと見つめた。


「人類は地下に潜ったこともある。でも空を諦めることはなかった。俺たちはコンプレッサーを背負えば飛べるようになった。ただ、銭形さんはどんな気持ちなんだろうな…」


ジョンがそう言うと、リチャードが口を挟んだ。


「無駄口を叩くな。充填は済んだぞ。ファインダーウィンドウを出せ」


「「オーケー」」


彼らはレーザー砲のファインダーウィンドウを出して1km下の川辺を映し出す。


そのウィンドウを見ていたジョンが、次の瞬間叫んだ。


「消えた!?」


ほかの2人も慌てて確認をしたが、銭形の姿は突如として煙のように地上から消えたのだ。


「見つけたのか…?ヘラ嬢の遺体を隠してある場所を…」


「そうかもしれない。警戒しろ。危険だ」









私が地上に降りた時、かすかな違和感を感じた。


「何かが風を遮っている」


私の近くにあった狭い空間だけ、空気の流れが遮られ、まるで小さな剥離流のようなものが起きていると感じた。


すぐに注意深くその空間へと手を伸ばすと、木のような感触があったのだ。


「ターカスは、よほど優秀らしい。私の目をもってしても見えない煙幕を張れる。破壊してしまうのは惜しいな…」


そんな独り言を言い、私はそのあとすぐに、おそらくドアノブであろう金属を探り当てて、それを開いた。








「ターカス!?また何かあった…の…」


私が振り返った先には、知らない人が立っていた。


その男の人は険しい顔で私とターカスの家に勝手に上がり込み、私へと手を伸ばす。私は床に座り込んでいて立てなかったけど、思わず腕の中のコーネリアを抱きしめて、少しだけ体を後ろにずりずりと下げる。


「ヘラ・フォン・ホーミュリア様ですね」


「…いいえ」


その人は顔を顰めてから、「帰りましょう」と言った。


きっと私とターカスを連れ戻すために、警察の人が来たんだわ。何よ、そんなに真っ黒ででこぼこのスーツなんか着込んで。


「叔母様に呼ばれたの?それともマリセル?」


私はその人を睨みつけて、そう聞いた。すると、その人は急に悲しそうな顔をする。それから私のところまでしゃがみこんで顔を下げ、とんでもないことを言った。


「あなたはターカスに騙されていたのですよ。私たちが捜索した時のあなたのパーソナルチップのステータスは、「死亡」でした。ここを見つけられたのはまったくの偶然です」


何を言っているのか、全然分からなかった。だって私は死んでなんかいないんだから、そんな検索結果が出るはずがないもの。ターカスにそんなことができるはずがないもの。


「ターカスはこの家を目視できないように、軍用のステルス化まで行い、ここを隠したのです。あなたを探しに来た捜査員ロボットを、エネルギー停止にまで追い込んだのです」


「すべてはあなたを手元に置くためだ。マリセルはあなたがお亡くなりになったという誤報ですっかり落ち込んでしまっています」


私は、わけがわからなくて首を振った。泣いてしまいそう。そんなことがあるはずがないのに。


「さあ、お屋敷に戻って、マリセルを安心させてあげて下さい」


その人は私に向かって差し伸べた手を少しだけ振って、「手を取れ」と目で訴えた。でも私はうつむいて首を振る。


「ターカスと一緒じゃなきゃ…帰らない」








私がエネルギーを取り戻し、目を開けた時には、目の前は暗闇だった。


腕はまだ磁力錠で縛られているらしい。足を動かそうとしたら、分解されているのか、私の足はなかった。


ここはお嬢様の気配すら追えない、過去都市ケルンよりも600km以上は離れた土地のようだ。周囲の空気の動きや、感じ取れる音声からは、地下であることくらいしか分からなかった。


「誰かいないのですか。ほどいて下さい。私をどうしようと言うのです」


どうやら音声システムも正常に動作している。まだ破壊され尽くしてはいない。動力炉の隣にある、思考を操るスケプシ回路もこの通り正常だ。


するとすぐに近くに何かのエネルギー波動を感じた。それが先ほど私を追い詰めた彼のものであると分かったので、私は、自分が彼に捉えられたあとで拘束されているのを理解する。


「水素はもう充分かな?先ほどは失礼したね」


「…あなたは誰です」


「名乗るほどの者じゃない。こちらの言うことを聞いてくれさえすれば、足はすぐに元に戻してやるよ」


私は注意深くそのエネルギー体の動きを見張った。スキャンに使うセンサーは目を通さずとも、いくらかは動作する。


レーザー砲が内蔵されている。高機能な方だ…磁力を操っていた腕に付いているらしい…


飛行のための燃焼室は、私より高品質だ…追いつかれるはず、か…


動力炉は、もちろん私よりも後に開発されたものだろうと思っていた。しかし、意外にもそれはおそらく腹部に内蔵されており、私より少し大型だった。


燃焼室とレーザー砲は、もしくは後付けの可能性がある…だとするなら、個人的に違法な改造を施されたロボット…


ロボットに過剰な兵器機能を取り付ける人間がどのような目的を持つかくらいははっきりしている…


「あなたはテロリズムを起こそうとしている組織の一員ですね」


私がそう言うと、私たち二人しか居なかった小さな部屋は、その彼の大笑いで空気が揺れた。


「アハハハ…こりゃあ一本取られたな。もちろんそうだ」


「そのような方に差し上げるものは何もございません」


「いいや、聞いてもらう。たとえばそうだな、“お嬢様”のためにな…」


私がそれを聞いて動転すると、急に目隠しが外され、視界が開けた。


目の前には、遠隔監視ウィンドウが出力されており、そこにはなんと、おそらく今のヘラお嬢様の姿が映っていた。


誰かに手を引かれて、お嬢様はうつむきがちに、私たちの家から出て行こうと歩行器を動かしている。


「お前を捕まえるのに手間取ったからな、この嬢ちゃんは捕え損ねたが…もしこのあと、屋敷に戻ってこいつらが帰ってからでも、俺たちならなーんでもできちまう…」


私が負わせた爆発で部品を破損したのか、彼の顔には、さっきまではなかった眼帯がされていた。


「…外道!」


世にもおぞましい笑い声が響き、私は必死でお嬢様を見守っていた。










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