第12話「マリセルの思い」





マリセルは何度か迷うような素振りを見せながらも、やがて話し始めてくれた。



「あのメモは、わたくしのでっち上げなどではございません。それだけは誓います。それから、わたくしがターカスを壊したいはずがないことも、理解して下さい」


そう言った時のマリセルは、今にも泣き出しそうなのに、必死に泣くまい泣くまいと堪え、彼の電子の声は掠れて震えた。


「壊したくない?なぜです?」


そう問うと、途端にマリセルは顔を上げ、噛みつくような目で我々を見つめた。


「なぜって…!ターカスに、あの子には…なんの罪もないからに決まってるじゃございませんか!」


マリセルが放った囁き声のように小さな叫びに、私たちは全員深い深い悲しみを感じ、そこからはもう誰も口を挟まなかった。



「あの子は…ターカスは…この世に生まれいでることの叶わなかった、ダガーリア様とリリーナ様のご子息、そしてヘラお嬢様の弟様のお心をかたどりながらも、ヘラお嬢様に尽くすことのできるよう、お嬢様を敬愛し、そして誰よりも優しく接するようにと、ダガーリア様ご自身の手でプログラミングされたのです」


「ですから、具体的に本物の人格を乗せたわけではございませんでした…最初はダガーリア様はそうなさろうとしましたが、やはりそれでは、ダガーリア様自身が、いつまでも息子のことを忘れられないだろうとお思いになり…」


マリセルはだんだんと、昔のことを思い出すような、優しい声で喋ってくれた。


「ターカスは…自分がそんな期待を込められていたことも、やがては廃棄されるべき存在であることも何もかも知らずに、日々、ヘラお嬢様に尽くして、ヘラお嬢様も、ターカスを誰よりも信頼しておりました…」


「わたくしは、このお屋敷での日々のことを、ダガーリア様がお亡くなりになる直前に直接お聴かせ頂きましたが…ダガーリア様がお話になるのは、ほとんどがターカスとヘラお嬢様のことばかりで…そして、亡くなられたリリーナ様のことも少しだけ…でもそれは、辛すぎてお話になれないといったような具合でございました…」


「でも、それでも廃棄してしまわなくてはいけないとダガーリア様がおっしゃってから…ダガーリア様は、死の直前に一度ヘラお嬢様を部屋に招いただけで、わたくしたちメイドロボットにも「そっとしておいて欲しい」と願って…おそらくベッドの上でずっと、ターカスとヘラお嬢様のことを、考えていたのでしょう……」


マリセルはもう一度顔を上げて辺りを見回し、我々に強く訴えかけるようなあの囁き声で、こう言った。



「わたくしが、ターカスを壊したいはずがございません…それに、そんなことをしてしまえば、ヘラお嬢様が悲しみます…シルバ殿が見つけた届け出は…ダガーリア様のご遺志と思えばこそ、出したまでです…わたくしに、ターカスと同じ役目が果たせるわけもないのは、ターカスとヘラお嬢様を見れば、よくよくわかりました……」


「ターカスは…誰よりもヘラお嬢様を大事に思っていて、お嬢様といる時間が一番幸福そうでした…それを引き離し、ターカスを亡きものにしようなどと、一体あの光景を見た誰が、誰が願えましょう…!」


そこまでを喋って、マリセルはやはりもう一度泣いた。彼は長いこと顔を上げずに、今ではもう決まってしまったターカスの行く末と、そして亡くなった令嬢のため、泣いていた。










「うん!これは美味しいわ!蟹ざんまいの食卓なんて今までなかったのに、どれも美味しいわ!」


「そちらは蟹味噌のスープでございます、お嬢様。少しクセがありますので、ガーリックを入れ、ペッパーを強めに振っております。お口に合いましたでしょうか」


「ええ!とっても!」


テーブルの上には蟹サラダ、蟹味噌のスープ、蟹のクリームパスタ、蟹のほぐし身、蟹爪のコロッケが並び、私はその贅沢な料理を楽しんだ。


「ターカスはやっぱりすごいわ!びっくりしちゃった!」


「ありがとうございます、お嬢様」





それから寝る前までは少しだけ私は勉強をして、眠たげなコーネリアを撫でて眠らせてから、ベッドに入る。


「ターカス、おやすみなさい」


「おやすみなさいませ、お嬢様」


その時私は思い出した。


「ねえ、ターカス…今日のことよ、昼間の…」


すると、ターカスはベッドの横でかがみ込むのをやめ、少しだけ身を引いた。


「本当に、何もなかったのかしら…すごく大きな、爆発音みたいだった…びっくりして、コーネリアも怯えてしまって…」


ターカスはそこで、ベッドの脇にある、星空を映した四角い窓を振り返った。


「大丈夫です、お嬢様。もうあんなことはありませんよ」


そう言った時にはターカスは控えめに微笑んでこちらを見ていたけど、私はずっと気になっていたから、なかなか諦められなかった。


「あんなことって…?何があったの?教えてちょうだいターカス…」


「お嬢様が気に病むことではございません。もう決してあんなことは起きませんし、お嬢様に危険が及ぶことではございません。さあ、ミミと一緒にお休みになってください」


ターカスが一生懸命そう言うから、私はむしろ、「何か大変なことがあったんだ」という思いが確信に変わった。


でも、ターカスは「絶対に大丈夫」と言ってくれているし、ターカスが私に嘘をつくはずがないわ。きっと、本当に大丈夫なのよ。


私は自分を説得し、もう一度ターカスにおやすみを言った。







Continue.

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