第5話「コーネリアが!」

「アームストロング殿、それは?」


時間は掛ったが、私とマリセルは、ターカスの個体に衛星を通じてコンタクトしようとした時に受け取った「拒否信号」のうちから、中継基地を割り出すことができた。ヘラ嬢が居なくなってから、3日が経った。


私はそのあたりの地形マップを、指先からホログラムとして映し出していたのだ。


私は、我ながら子供のような悪戯をしてしまったなと思いながらも、マリセルに向かって笑ってみた。


「私もヒューマノイド型ですから、このくらいのことはできます。しかし、いかんせん遠すぎる…ここは今は分かたれた西ヨーロッパ大陸の、しかも、世界連に没収された地です…」


するとマリセルはびっくりして、急に背を正した。


「そうでしたか、わたくしはつい、アームストロング殿をロボットではないと思っておりました」


そのマリセルの素直な様子に、やっぱりちょっと申し訳なかったなと思いながらも、私は片手を上げる。


「いえいえ、私は気にしていませんよ」


「それにしても、バステマを始め、お出ししたお食事を、お召し上がりになっておりましたが…」


「ええ。私は警察用のヒューマノイドですから、人間に紛れての捜査活動も命じられます。その時のために、こうしていろいろと、人と同じことができるようにと設計されたのです」


「それは、大変失礼を致しました」


「とんでもない。おもてなしに感謝いたします。実は、いつ気づくかなと思って、猫をかぶっておりました。こちらも、申し訳なかった」


「いえいえ、そんなことは…」


私たちは、お互いにちょっとくすぐったいような仲間意識を持ち、少しマリセルとの距離が縮まったように思った。


でも、マリセルはふっと、とても不安げな顔をする。


「それにしても…世界連に没収された地、ですか…どうりでお嬢様の右腕に植え込まれたパーソナルチップも、どこにも反応しないはずです…」


初めから、引っかかってはいた。


人間を探すのなら、わざわざ連れ去ったロボットの位置から割り出すようなことなどしなくていい。


生まれた時からその人物の腕に植え込まれているパーソナルチップを、ロボットの位置と同じように、衛星で追跡すれば済む話だ。


それもできない、ロボットの位置もわからない。そんなのはおかしいと思っていた。ロボットなら追跡に対して拒否信号は遅れるが、パーソナルチップにはそんな機能はない。


でも、衛星追跡など届かない世界連が個別に所持している地なら、それも納得できた。


「ええ。問題はどう連れ戻すかです。この土地は今では、シップで近づこうにも、自動追撃されてしまいますからな…」


世界連の独自所有の地については、何人たりとも立ち入り禁止で、もしシップで近づこうとすれば撃ち落とされてしまう。


それは、過去に“テロリスト”と呼ばれた輩が、世界連がほったらかしにしていた広大な草原地帯の地下を根城にして世界中を荒らしまわり、最終的に大戦にまで広がったことがあるからだ。


致し方ないとは言え、解決策としては少々過激すぎるのではと、私には思われるのだが…。










「ターカス!ターカス!大変なの!」


「どうなさいましたか、お嬢様」


私は歩行器から降りて、じたじたとおなかをよじるコーネリアに向かってかがみこんでいた。コーネリアはさっきからずっとそうやっていて、草を見せても顔を向けてもくれない。


“きっと苦しいんだわ!”


「これは…少々お待ち下さい、お嬢様。少しコーネリアをスキャン致しますので、そちらの方へ…」


「ええ、わかったわ。本当にどうしたのかしら…」


私は背の低い歩行器にしがみついて木の床に座り、ターカスの両目から発した光が平面のスキャナーを作り出して、コーネリアを覆うのを見ていた。


すると、すぐにターカスは真剣な目をする。


「わかりました、お嬢様。コーネリアの胃袋の中に、お嬢様が昨日なくされたとおっしゃった髪飾りの影が見えます。おそらく誤飲してしまったのでしょう」


「えっ!?どうするの!?」


「手術で取り出すのです。もしくは吐かせることができればいいのですが、何分髪飾りには金具がありますから、それは難しいでしょう」


「そんな!コーネリア!ごめんなさい!」


私は、スキャンが終わったあとも苦しみ続けるコーネリアを覗き込もうとした。でも、ターカスはそれを止める。


「お嬢様、一刻を争うかもしれませんので、わたくしはこれからお嬢様のベッドの上をお借りして、無菌室を作ります。お嬢様は、テーブルに就いて待っていてください」


「わ、わかったわ…ターカス…!」


“きっと成功させてね”


そう言いたかったのに、自分の過ちでコーネリアを苦しませている私には、それが言えなかった。でもターカスはコーネリアを手で運ぶのではなく、浮かばせて運び、上に着ている服を脱いでから腹のあたりを開いて、手術器具らしき硬化樹脂をいくつも取り出した。



「お嬢様、ヘラお嬢様」


私はテーブルに伏して泣いていた。


“私がなくした髪飾りを惜しがっている間にも、コーネリアは苦しんでいたかもしれないわ。それなのに私ったら、コーネリアを抱き上げたり、おなかを撫でたり…何も知らずに…ごめんなさい、コーネリア…”


「お嬢様、顔を上げてください」


ターカスの声に顔を上げようとしたら、なんと目の前からコーネリアが私の顔めがけて突進してきた。


「きゃあっ!コーネリア!?」


一体どういうこと!?さっき手術をすると言って、コーネリアは…?


でも、コーネリアはもう苦しがっていないし、いつものように私の首元や唇をふんふん嗅いでいて、ふわふわの鼻を押し付けてきた。


不思議に思ってターカスを見上げると、彼は元のように黒いカマーベストにスラックス姿に戻っていて、まるで何も起きなかったかのようだった。


「もう大丈夫でございます。傷口の部分的な成長促進によって、コーネリアは回復しました」


なんとなく意味はわかったけど、私はやっぱり感嘆してしまった。それから、どんどん涙があふれる。


「ごめんね、ごめんねコーネリア…もうよくなったのね、本当に、よかった…!」


「お嬢様、お目が腫れておしまいになります…」


「いいえ、今くらい泣かせてちょうだい。わたし今、とても嬉しくて、苦しいのよ」


私は、できるだけそっとコーネリアを抱きしめた。ターカスも私をいつもよりずっと優しく、包んでくれた。








「問題はどうしてお嬢様がそんなところへ連れて行かれたかです。それによって、われわれの選ぶ手段は変わってくる。つまり、「お嬢様奪還」か、もしくは可能性は低いですが、「お嬢様の説得」か。これは、「連れ去り」か「家出」かで決まります」


「ええ、でもお嬢様は確か、いなくなられる前にターカスをしきりに探しておいででした…ですから、もしかすると、ターカスに命じてこのお屋敷をお出になったのかもしれません…」


「それか、もしくはターカスがメイド長を辞めさせられたことが不服で、なおかつもっと大きな見返りが欲しいからと、現当主であるヘラ・ホーミュリア様をさらうことで、あとから脅しを仕掛けてくるかもしれない…」


「そんな!ターカスはそんな者では!」


「ないと言えますか?ターカスは戦闘基盤なのですよ?彼は戦闘、および交渉、そして参謀のスペシャリストとしての素質を持ち、本来なれば戦場で人間の命すら奪えるように設計をされている…もちろん、初めにこの家でどんなプログラミングをされたかはわかりませんが…」


マリセルは愕然と項垂れ、私は少しの間考えていた。


“とはいえ、交渉ならばもう3日も過ぎていることを考えれば、遅すぎる。何か他の狙いか、もしくは本当にヘラ・ホーミュリアが家出をしたがったのか…それにしても、厄介なことになった…世界連か…”








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