第4話「ターカスの秘密」
私は「お嬢様を探して欲しい」との依頼で、ホーミュリア家に招かれて、メイドにお茶を振舞われていた。
過去に「インターポール」を前進として作られ、各国の法整備と共に全世界に支部を持つようになった「ポリス」の「次長」、それが私の立場であり、大きな責務だ。
私はアステカ高原のあるメキシコシティに住む貴族の娘が居なくなり、3日ほどもらっていた休みを返上して、すぐに大きな決断を下せる者、すぐに下部組織を動かせる者としてここに呼ばれ、捜査をすることになった。
お茶はいい。人類が何万年と繁栄を重ねた今でも、暇を持て余せばこれに頼る。だが、今回は仕事なのだから、高級茶や、甘くふんわりした焼き菓子“バステマ”にも、あまり構ってはいられなかった。
「それで、ヘラ・ホーミュリア様はいつ消えたのです?」
「昨日の夕でございます。アームストロング殿。わたくしがヘラお嬢様が居なくなったことに気づいたのは、17時32分でした」
この屋敷には、どうやらその令嬢以外は、メイドロボットしか居なかったらしく、私はさっきからずっと「メイド長」らしき者と話をしていた。
お茶とお茶菓子を用意してくれた者は、メイド長より背丈は小さいロボットだったが、そちらは旧式のようだ。
「行き先に心当たりは?」
「まったくございません。お嬢様はこのお屋敷をほとんどお出になったことがないとの情報を、わたくしは引き継いでおります」
「ほう、ではなぜ、今になって急に家出を?両親が居ないさみしさからですかな?」
すると、しばらくの間、「マリセル」と名乗ったロボットが下を向く。おそらく、「お嬢様」の胸の内を推し量ろうとしているのだろう。
「わたくしにはまだよくわかりません。でもおそらく、お嬢様は「ターカス」という、元メイド長のロボットとお出かけになったきり、昨晩遅くなっても、今も、お戻りになりません」
「「ターカス」…その人は何がお出来に?」
するとまたマリセルは言い淀み、ややあってこう言った。
「ターカスは旧式ロボットですので、戦場に出るための機構まで備わっております。平和な世が盤石となる、ずっと前に開発されたものなのです。ですから、いざとなれば位置情報システムに掛からない移動もできます…」
“旧時代の遺物か…これではお手上げだ”
私はのっけから、少々厄介だなと思った。
もしこれが連れ去りなら、向こうは「武力」も備えているということになるのだから。
「今、ターカスの移動情報の途中までをお見せしましょう」
そう言ってマリセルは、応接間のテーブルの上に仮想スクリーンを出した。地図の上をポインターがだんだんと動いていく。
「星の門…まさか!」
ポインターが止まった「星の門」は、政府高官くらいでなければ、急遽の通過は禁じられている。だったらおそらくここを通ったわけではないだろう。
「ええ、ここをお嬢様がお出になったということは、考えづらいと思います」
「では、一体どこへ…」
「このあと急にターカスの移動情報は削除されており、それでわたくしたちは、アームストロング殿をお頼りしたのでございます」
「そうでしたか…ではまず、ターカスについて調べてみたいので、同じ型のロボットの図面を取り寄せてください」
「少々お待ちください。今、ウェッブ上からお取り寄せ致します」
「コーネリアー!こっちよー!」
あれから一晩明けて、私たちは「前ライン川」という川のほとりで、散歩をしていた。
ターカスが作ってくれた歩行器は座れるようにもなっていて、車輪式ではなくホバー式なので、私はウサギのコーネリアを連れてそこらじゅうを走り回り、後ろにはターカスが浮かびながらついてきてくれていた。
コーネリアはウサギだからぴょんんぴょん飛び跳ねていってしまうし、私の歩行器のスピードが速くなったのは、けっこうよかったみたい。
でも、私にも心配事があった。
“もしや、叔母さんが私を探そうとでもしたら、ターカスを追跡すればすぐにわかってしまうんじゃないかしら…ロボットたちはみんなそれができるように作られていると、教師が言っていたわ…”
朝は、ターカスが見つけてきた麦のお粥を食べた。麦といっても、それは指定改良作物となっているから、栄養面ではすべてをカバーできて味もよい。家庭料理の定番だ。私も、旧時代の麦は食べたことがない。今は作っているところはなくなってしまったから。
そして昼には、ターカスはまたカレーを作ってくれた。
「まあ!今度はフルーツね!」
目の前には、とてもフルーティな香りのするカレーがあった。
「ええ、そうです。こちらは栄養面でじゃがいもなどに劣らない、「ハーベス」と「ナバス」を使いました。魚はすり身にして衣をつけ、揚げ焼きしておりますので、食べ応えもありますが、ふんわりとしていますよ」
「わかったわ、いただきます!」
「ハーベス」は、古くは「マンゴー」と呼ばれていたものが原種だと「中世進化学」の時間に習ったけど、私は「ナバス」を食べるのは初めてだった。でもそれは、小さくて丸いシャリシャリとしたフルーツだった。
フルーツはどちらも甘くて、酸味はほとんどなく、まるで子供の頃に食べた甘口カレーのように、ルウにその甘みが溶けていた。
魚をすったものは、分厚い衣にカレールウが染みてじっとりと重かったけど、その中の甘く味付けされた魚のすり身がふわふわとしていて、どんどんごはんが進んだ。
「合格だわターカス!いいえ、100点よ!」
「ありがとうございます、ヘラお嬢様」
ターカスは頬の中にあるランプをピンク色に灯して顔を赤くし、にこにこと笑ってくれた。
「コーネリアのごはんは、ずっとキャベツでも大丈夫なのかしら?」
「ウサギは草食動物ですので、植物からの栄養摂取をしているのです、お嬢様」
「そうなのね。知らなかったわ!わたくしも、不勉強ね」
「お嬢様がお住まいの区域にウサギは今住めませんから、お習いにならないのも無理はございません」
「そうね。でも、ターカスが知ってるなら、私、安心してコーネリアの世話ができるわ!ねえねえ、今度は違うものを食べさせてあげましょうよ!」
「そうですね、それではお嬢様、午後はコーネリアが食べる草について、わたくしがお教えさせて頂きながら、採集に行くというのはどうでしょう?」
「素敵だわ!そうしましょう!」
「なんと、これは…ターカスの元々の基盤は、工業用ロボットの発展型でも、ヒューマノイドロボットでもなく、戦闘用ロボットだったのですね。わたくしも気づきませんでした…」
目の前でマリセルは複雑な表情をしていた。私だって驚いている。家庭にヒューマノイドロボット以外のロボットが迎え入れられることはほとんどないからだ。
世界についぞ「戦争」という言葉が聞かれなくなってからも、やむなく戦闘用ロボットを使うことはある。でもそれは本当に「やむを得ず」という形のはずだ。
裕福で、かつロボット工学の権威であるこの家の前当主が、そんなロボットを「娘の世話」のために購入するだろうか?私はそれが疑問だったし、そこには何か大きな理由があったのではないかと思った。
とにかく、そんなものに13歳の少女を任せておくわけにはいかない。私はここで、「お嬢様探し」に本腰を入れることに決めた。
「では、ターカスを遠隔操作をすることは?」
「方法がございません。通信と位置情報送信が拒否されているため、こちらからは個体確認すらできないのです」
「だが、拒否信号を解析すれば必ずわかるはずだ。やってみてくれないか」
「承知しました」
Continue.
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