12話 私(フィルター)を通して見えるもの



「二人して引っかかって、まあ、なかなか楽しかったぜ。さ、行こう」

 からからとレオンが笑って、次の工程へ歩を進める。わたしとミコトはそれに続いた。


 ついに出国審査にたどりつく。大勢の人が列を成しているのを見て圧倒された。

「やっぱ多いなぁ……またまた悪いんだけど、今度は二人が先行ってくれるか?」

「え? ああ、顔見せないと」


「なるべく人が切れた時にしたいんだけど、そうもいかないかもしれないなぁ。地上に降りるとこれがな。いつになるか分からないから、その辺でのんびりしててくれ。最悪、ぎりぎりまで待って飛行機に滑り込むから。ま、お互いのことでも話し合うといいさ」

 

 大して差はないけど一番空いていそうな列に並んで、わたしとミコトは無事通り抜けた。

 ようやく一息つける。何回かある内の、一回目の一息。

 

 どうしようか。レオンはああ言うけど、今日どころかついさっき会ったばかりの男子と二人で話でもしてろって、難度が高い。なるべく自然に、その時間を減らすためには。


「わたしとりあえずお店で」も回って…………そう言おうと振り返ったら、もういない。

 見回すと、遠くない所をゆっくり歩いていた。何か目的でもあるのだろうか。

 

 これ幸いと、免税店でも覗いてみようかと思った。でも、きらびやかな店先に興味がないことに気づいてしまって、ミコトの行く先に興味があることに嘘をつけなくて、わたしはその後をつけ始める。

 

 ほどなくして、ミコトは店舗の列が切れたところにある、壁面が全てガラス張りの箇所へ吸い込まれるように寄って行った。

 その視界に入らないように、わたしはミコトの背中の方に大回りしてから近づく。


 ガラスの向こう。眼下はだだっ広い滑走路で、大きな飛行機が何台か飛び立つその時を待っている。間近で見る雄大さに、わたしは感動を覚えた。

 その光景が目当てでミコトはこっちに来たのかと思ったけど、その視線は下じゃなくて真っ直ぐ先を見ているようだった。もっとずっと、遠くを。


「――――ミコト」

「あ、マリも来たの?」

「うん。飛行機、見てたの?」

「ううん。遠くが見たかったんだ。ずっと山で暮らしてたから」

「そうなんだ。わたしも畑と田んぼばっかりの所に住んでたから……それ以外は、家しかないようなところ。だから、なんだろ、こういうの見ると、来るとこまで来たなって思う」

「うん、人間てすごいよね。こんな広くて平らな土地を拓いて、飛行機を飛ばすなんて」

「あ……うん、そうね」

 

 わたしは下を見たけれど、ミコトは前を見てたらしい。

 そういう風に景色が見られるミコトを、ひどく羨ましく思う。これはたぶん、嫉妬だ。


――どうしてこんなに純粋なんだろう?

 ふと、いや、きっと最初から感じていた疑問が、色と形を得た。

 横目でミコトを見やる。ミコトは飽きもせず、瞳を輝かせて微笑んでいた。


 クラスの男子はもっと子供っぽいっていうか、ガキっぽいっていうか、集まれば騒がしいヤツらだったけど、ミコトは落ち着いている。かと思えば、いきなり友達になろうとか言いだすし……でも、あの時は下心とかなかったと思う。あんな寂しそうな顔、しないと思うから。


 じゃあミコトの純粋さは――おじいさんが亡くなったからって、百キロ走っちゃうのは、

――幼さ?


 今度は顔を向けて、ミコトの横顔を見上げる。相も変わらず、楽しそうだ。

 わたしよりだいぶ背が高くて、筋肉ついてて、でも同い年。

 幼い? ……幼い。幼い。

 うん……それでいいや。すごい失礼な結論な気がするけど、なんだか腑に落ちた。

 

 わたしが今まで会ったことのない、不思議なタイプの人間だけど、とりあえず嫌な感じはしない。むしろ、興味が湧いてきているのが自分でも分かった。


………………一人より、固まってる方が都合がいいか。

…………ほっといたらどっか行っちゃいそうだし。

……そうだ、だってボロボロになってまで百キロ走っちゃうんだもん。

 それって、危険だ。

…………危険、なの? うーん……違う。危うい、かな。


「ミコト、何か飲まない? あのくらいじゃ休み足りないでしょ。ほら、あそこ。軽く食べてもいいし、わたしも疲れたから、ちょっとゆっくりしたいしね」

「……うん! 優しいね、マリ」

「! ……そーんなことないわ」


 二人してカフェに赴く。席へ腰を下ろすと、わたしはジンジャーエール、ミコトはアイスココアを注文した。

 店内は多種多様な人種で賑わっていて、ミコトはその様子を珍しそうに、でも変に見られない程度に眺めて楽しんでいる。


……さっきからわたし、ミコトを観察してばっかり。

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