11話 金の双翼、鈍色のおせっかい

「歩けるか? それとも、まだ休むか?」

「もう、大丈夫」


「ようし、じゃあ搭乗手続きを済ましちまおう」

「マリ、行こう」

「あっ、うん」忘れられてるかと思った。


「あーちょっと待っててくれ。ロッカーに荷物を預けたん……ミコト、着替え持ってきてないよな? 一緒に来い、俺のを貸すから。マリ、悪いけどもうちょっと待っててくれ」


 連れだってレオンとミコトが雑踏に消える。しばらくして帰ってきた時には、ミコトはシャツはそのままに、サイズの大きい赤いタンクトップに着替えていた。

 その時気づいたけど、ミコトは首から銀色の細いチェーンを下げている。先はタンクトップに潜っているけど、丸い膨らみになっているから、ペンダントだと思った。

 

 ていうかその、布地が薄めで、ミコトが動くと本当に僅かなんだけど、腹筋に出っ張りがあるのが分かる。別に全然、何にも問題はないはずなんだけど、目のやり場に困った。

 

 よくよく観察してみるとミコトはジーパンから浮いて見える腿とか、結構筋肉質で、ムキムキってわけじゃないけど、百キロ駆け抜けたのも頷ける。……それにしても、

「赤、好きなんですか?」

「ん? ああ、俺はこの色かなって」

 まあ、確かに。

 

 そんなこんなで、いよいよ出国に向けての手続きに入った。とりあえず四階へ上がってチェックイン。キャリーケースも預けて身軽になった。しばらくは肩掛けバッグだ。

 

 次にセキュリティチェック。手荷物から金属探知に引っかかりそうなものを籠に出す。

「何か胸ポケットから出し忘れてないか? マリ」

 おかしそうに笑ってレオンが指摘してくる。ハッとしてパソフォンを籠に入れた。


「俺も何度かやってるからな。ミコトはどう……!?」

 ミコトの籠を見て、レオンが言葉を詰まらせる。わたしも何気なく覗いてみると、

「これがおじいちゃんが最後に作った細工。不格好なのは、僕が出発前に作ったやつです」


 息をのんだ。

 紛れもなく黄金の、掌に余るほどの細工物だった。それが透明なケースに収められて、二つもある。

 鷲みたいな羽ばたく鳥を象ったそれを、ローレル風な葉っぱのリングが囲んでいる。

 

 おじいさんが作ったという方は、緻密に瞳や爪、特に羽毛は一本一本恐いくらい丁寧に彫り込まれている。ローレルも同様、一枚一枚の葉脈の末端まで仕上がったそれは、もはや人間の手によるものと信じられないほど。素人のわたしが見ても、尋常の腕前じゃない。

 

 一方、ミコトが作ったという方は、おじいさんの物と全体的なフォルムはほとんど同じなんだけど、細工らしい細工が一切施されていない。でも、なのに、だからこそ、ミコトにはおじいさんからその技術を、受け継いでることを確信した。

 

 二つの細工物には共通点がある。どっちも動き出しそうな、それこそ生きているみたいに躍動感を感じること。こんな金属の板で、ミコトの方はつるっとしたままなのに、羽ばたいてるポーズ一つでこんなにも〝生き物〟を見せるのは並大抵のことじゃない。


「す、げえな……こりゃ……い、一応聞くが」レオンが周囲を伺う。「材料は天然だよな?」

「自然の方が面白い、ってずっと。何度か自前の奴でやったけど、素直すぎるって」


「そうか、ならいいんだ。……しかし、そういうもんか。ショクニンってやつだ。じいちゃんのに比べたら確かに不格好かもしんねえけど、お前のだってよくできてると思うぜ。しかし、向うの税関がうるさそうだな」

 はにかんだような笑いを、ミコトは浮かべた。


 レオンが材料について訊いたのは、錬金術で生成されたものではないかという可能性があったからだ。これは有名な話で、アカデミー設立の条件に「営利を目的とした貴金属・希土類の生産の禁止」があるからだ。実験なんかで使う分の生産も、かなり厳しく管理されてるらしい。


「えー……そうだな、俺が一番先。次にミコト。悪いけどマリが最後でいいか?」

 異論はなかった。こんなの見せられたら、ミコトを真ん中にしたくなる。


 わたしが頷くとレオンも小さく頷いた。自分の籠を検査台に置いて、探知機を潜る。係りの人は風体にいい顔はしてなかったけど、特に問題はなく通過した。


 次にミコト、籠を置いて金属探知機を『ピー』無事に抜けられなかった。

「あれ? あ」

 探知機の向うでミコトがボディチェックを受けるさまを見学する羽目になる。どうやら首から下げてたやつが引っかかったらしい。外してみたら、やっぱりペンダントだ。


 ミコトは名残惜し気に係りの人へ渡して、返してもらうとまたすぐに首から下げた。

 探知機にかかった人というのは――いやミコトに限らずね――ずいぶん情けなく見える。


 まあ、わたしは万全『ぴー』

…………あー、こんな気分なんだ、これ。

 公開処刑だ、これ。

 精神的拷問を受ける羽目になった原因を、わたしは探る。普段はかないスカートの、存在しないポケットを探したり、さっき空にした胸ポケットに期待をこめたりした。

 

 ない。

 え、なにこれ? 何で? 誤作動? もう一回通れ? う、うん、誤作動、きっと。

『ピー』

 そんな精度低いわけないじゃない……。何!? いったい何!?


「マリ、髪飾りじゃないの?」

「なっ、なっ、何? えっ、髪?」

 信じられないくらい上ずった声のわたしに、ミコトが自分のこめかみを指さして言う。


 髪飾り? わたしそんなもの――してる。そうだ、してる今日。

 髪飾りというか、ただのゴム止めにママのプレゼントのお守りがついているだけだけど。

 林檎をもぐように外して、係りの人に預けた。黙れ黙れと念じながら、探知機を通る。

 

…………黙った!


 無罪を勝ち取ったわたしは、すっかり身支度整えた二人の視線を感じながら、急いでもろもろを所定の位置に戻す。そして、のこのこと二人のところへ歩んでいくと、

「ごめん」「何が?」「……いろいろ」


「別にいいよ」朗らかに、ミコトは許してくれた。

……わたしはたぶん、お礼を言いたかったはずなのに。

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