流行病の発生と鎮圧
大量の治療薬を作ってから、土地が痩せたので栽培はしばらく休むことになっている。
そしてアリス曰く「私の検知スキルによると一週間後に病原体がこの村に到達しますね」だそうだ。
準備は万端、病気でも何でも来いと言うことだろう。頼もしいことだ。
そして一週間後、それは実際にやってきた。
村の外れ、外との接触の多い村の入り口の見張りのダートさんから始まった。熱病で倒れてしまったと情報が来た。アリスは迷うことなくダートさんの家へと向かった。
村の外れで心細そうにしている奥さんに『治療に来ましたよー!』となんとも軽いノリで話しかける。
アリスが賢者というのは知れ渡っているので『賢者様が……』『これでもう安心だ』などの患者さんの家族からの信頼は完璧だった。
「お邪魔しますねー」
「あ……ああ、賢者様……私は……」
「はいはい、病原体が飛ぶので黙っててくださいねー」
アリスはストレージから一本の試験管を取り出す。
「コレを飲んでください。飲まないとマジでヤバいですからね?」
「あ、はい」
ゴクリと青い薬を飲み干す。喉に優しくないのか飲み干すとゲホゲホと咳き込んでいた。
「じゃあこれでいいでしょう、多分直に良くなりますよ」
「あ、ありがとうございます……」
「いえいえ、お気になさらず」
家族みんなが俺たち、というかアリスに頭を下げていた。アリスはもう二本試験管を取りだした。
「あなたたちも多分感染しているでしょう、飲んでおいてください」
「は、はぁ……」
「はい!」
奥さんと子どもが試験管を飲み干したのを見届けてから俺たちはその家を後にした。
「なあ、アレで本当に聞くのか?」
アリスは少し思案してから答えた。
「そうですね……正確に言うとアレに病気を治す効き目はありません」
「えっ!?!?」
まさかの効き目が無いと言われて俺は困惑した。それを見てアリスは諭すように言った。
「アレは生命力にブーストをかける薬ですよ。あくまで治すのは本人の体力です。まあアレがあれば新生児でも病気に勝てるくらいの力があるので治療薬と言っておけばいいでしょう?」
「そういうものか……」
万能薬というものは未だに作られていない。疫病にそうそう効き目のある特効薬など作れないと言うことか。
「だから……病気にかかった人に全員薬を配る必要はあるんですがね」
そしてアリスは少し不安そうな顔をする。
「インチキ商人もこの商機に準じてきますからね、私たちの信用がないとどうにもなりません。始めの数人くらいで先に効果を見せておいた方がいいでしょう」
「商機、ねえ……」
なんとも世知辛い話だ。人の生き死にさえも金次第で助かったり助からなかったりする。世の中は不平等だな。
俺はそんなどうしようもない話を聞きながら帰途についている。薬をギルドに納品して配ってもらうという俺の提案は『ごうつくばりの商人どもが配布差し止めをしますよ?』というわけで俺たちが地道に配って歩くことになった。
本来ギルドというのはそれなりの権力があるし、都市部のギルドなら商人一人二人程度の圧力に屈したりはしないのだが、そこは田舎の弱小ギルド、物資を商人経由で仕入れている以上圧力をかけることが可能な立場になっている。
そういうことで帰宅したのだが、翌日からは大騒ぎだろうなと諦めと、死人が出て欲しくない物だと願望を持っていた。
「ふぅ……じゃあお休みなさい」
「ああ、お休み」
こうしてその日、感染源の初期を抑えることに成功したのだった。
翌日、村では数人が熱に浮かされ俺たちの家を訪ねてきた。俺たちがダートさん一家を治療したという実績は村中に広まっていて、熱が出たらとりあえずウチに来ればいいと話が伝わっていた。
アリスはどんどんとストレージから薬を取りだし症状のある人たちに配っていく。
皆がごくごくと薬を飲み干し、アリスが『じゃあ家に帰って寝ててくださいね』と言って追い返した。
そして俺にも一本の薬を渡してきた。
「これだけ感染者と一緒にいたんだからお兄ちゃんも飲んでおいた方がいいですよ?」
「そうだな、もらっておこうか」
俺はコクと一杯飲んでおいた。妙に体が熱くなり今ならモンスターとでさえ倒せそうな万能感を与えてくれる。
「なあアリス……これってなんかヤバい薬じゃないよな?」
「当たり前じゃないですか、村の皆さんならともかくお兄ちゃんに一服盛ったりしませんよ?」
「村の人でもダメだろうが……」
「冗談ですよ!」
ニコリと笑ってそう言う、目が笑っていなかったような気がするのは気のせいであって欲しい。
「ところでこの調子で薬のストックは大丈夫か?」
アリスは笑って言う。
「大丈夫ですよ! 薄めたやつを渡してますからね、備蓄は大量にありますよ」
「そうなんだ……薄めてもちゃんと効くんだな」
「もちろんですよ! これでこの村に心配は無いですね!」
俺はこの村が無事維持されることに安心をした。辺境だけあって福祉が行き届いていない環境なので流行病に一々防疫政策など期待はできない。俺たちがなんとかするしかないのだろう。
翌日も数人がやってきたのでアリスが薬を渡すことを繰り返していった。その日の正午頃にそれは起きた。
俺たちが家で過ごしていた頃、一人の訪問者がやってきた。また感染者かなと思ってドアを開けると立派な馬車がいた、この村には明らかに不釣り合いだ。
馬車のドアを開けて商人らしい格好をした男が一人降りてきた。下卑た笑みを浮かべながらアリスに話しかけてくる。
「いやあ、この村は皆さん元気ですなあ……いやあ初めまして私王都で商人をやっとりますマーキと申します」
アリスは露骨にいやそうな顔をして話を聞く。
「実はこの村で高性能なポーションを配られていると風の噂で聞き及びまして……」
この男を見ているとムカムカしてくるが俺はその感情を顔に出さないようにする、隣のアリスの方は露骨にいやそうな顔をしていた。
「で、用件はなんです? 手っ取り早く本題といこうじゃありませんか」
「ほう、そうですな、私としても話が早くて助かります。結論から言えば薬の在庫を売る気はありませんかな?」
どうやら特製回復薬が目的らしい。どこから情報が渡ったのかは分からないが耳の早いことだ。
「お断りします」
アリスは即答した。
「しかし、王都でさえも疫病で死者が出ておりましてな……私も商人として薬の確保ができればと……」
「あなた商売に手を貸す義理はありません。そもそも王都なんてエリクサーが平気で売っているじゃないですか、それを配れば済む話でしょう?」
マーキさんはもごもごと口ごもっている。
「ですがそれなりの金額をお出しすることくらいは……」
「はん、どーせエリクサーが高いから田舎者の作った安い薬で儲けようって腹でしょう? あなたが商売をするのは勝手ですがね、それに私が付き合う気は無いんですよ」
とりつく島もない対応だった。完全な拒否、交渉の余地すら与えない。
「そこをなんとか! 賢者様が作ったというだけでそれなりの価値があるんです!」
そこでアリスは憤慨する。
「『私が』作った、と言いたいんですか? 薬を作ったのは『私たち』ですよ? そのくらいのことも調べていない時点で不快なんですけど」
俺のためにちゃんと怒ってくれるのか、アリスは俺も貢献者としてアピールしたいようだ。確かに俺は手伝ったが……
「とにかく! 私は薬を人に分ける気はありません! この村の問題ですので帰ってください!」
「ッ……わかりました……ここは退くとしましょうか」
そう言って商人は去って行った。思いのほかあっさりと引き下がったので拍子抜けしてしまった。
馬車が走り去っていった後に俺たちは話し合った。
「アレで終わりだと思うか?」
「あの手合いはしつこく食い下がるかと思ったんですが、意外とあっさりでしたね」
俺たちはどこか釈然としないものを感じながらもその日は数人に薬を分けて終わったのだった。そして翌日……
「お願いします!! 私にお薬を!」
「こちらにもお願いします賢者様!」
「どうかこちらにも!!」
俺たちの家の前は一騒動を起こしていた。理由は簡単、流行病の薬を求めてきた人たちによるものだ。もちろんこんな事を言っているのはこの村の人間ではない。
「落ち着いて! 落ち着いてください! 落ち着け!」
アリスがイライラしながらそう叫ぶ、さすがに全員も静かになった。
「とりあえず……あなたは誰からここで薬を分けているって聞いたんですか?」
「そ、それは……商人様から……」
その一言で辺り一面が静まりかえる。どうやら情報源は同じのようだ。
「あなたはその情報にいくら払ったんですか?」
青筋を立てながらも笑顔を保ってアリスはそう問いかける。
「き……金貨一枚……」
「いい度胸ですねあのクソ商人風情が!」
ぶち切れだった。どうやら商人も稼ぎ方を変えることにしたらしい。誰一人として商人の名は明かさなかったが昨日のマーキだろう。
アリスは腹を立てながらも一応ストック分に余裕はあるらしくストレージから少しずつ取り出して配布する。あっという間に元気になって帰っていく人たちを見ながらため息をついた。
「お兄ちゃん……私がこの村にいるべきじゃなかったんでしょうか……?」
「そんな自信を無くすなって。確かにアリスは今日人のためになることをしたんだぞ」
「事は急いだ方がいいですね……」
アリスはそう言って身支度を始めた。
「お、おい……本当に出ていく気か?」
「違いますよ! 薬を村の皆さんに配っていくんじゃないですか! どうせまた明日も来るでしょうしね。とりあえずこの村の皆さんだけでも薬を先に配っておいた方がいいでしょう?」
そしてその夜の配給行脚が始まったのだった。
村の皆は眠そうにしながらも俺たちの作った薬をありがたそうにもらってその場で飲んでくれた。転売されないように渡すときにアリスがその場で薬を飲むのを確認していた。
そして村の全員に薬を配り終えた頃、日が昇りつつあった。夜通しの作業にクタクタだったがこの村の安全は確保されたのだった。
なお、その日は家の扉を閉じて扉に一枚の紙を貼り付けてアリスは眠ったのだった。
玄関に『疫病対策はエリクサーで!』と書かれた紙を一枚貼り付け俺は気怠い一日を過ごしたのだった。
数日後、風の噂でとある商会が詐欺で訴えられたと聞いたのだった。俺はその知らせを聞き流しながら、敵に回す相手が悪かったなと思ったのだった。
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