ホーエンセント
(ありえない! 止まった時間のなかで、どうして僕が攻撃されてるんだ!?)
目を凝らせば、ビジョンの中に血のついた刃のようなモノがあった。
それは一枚ではなく、無数に、アガサのまわりに張り巡らせてあった。
(ッ、君は、攻撃されることを予期して、あらかじめ不可視の死のトラップを……)
機転が効く。
グルーヴィーは楽しげに微笑んだ。
停滞時間が終わる。
(いいよ、今回は君にあげる)
「朝が来る」
再び、世界の時間が動きだした。
アガサは目の前であまり動いてないように見えるグルーヴィーを見つめる。
(7m先にいたのに、今は3m先にいる。瞬間移動はした。なのに攻撃してこなかった。中途半端な移動だ。これは何を意味している。攻撃を中断した。なんで。俺が張り巡らせた真実の一太刀に気がついた? 俺が認識させようとしないかぎり、斬られて初めて気がつける無想にして無垢の剣だ。やはり、こいつは自分の危機をあらかじめ察知して、行動できると考えたほうがいい。未来予知の一種か。ただ、その能力も万能じゃないようだ。攻撃を途中でやめたことからして、察知できる危機は直前にならないとわからない。ごく短い、未来予知と瞬間移動の能力。ならば……)
「あんたはユニークな敵対者だ」
アガサはつぶやく。
その時、グルーヴィーは再びビジョンを得た。
自分の首が吹っ飛んでいた。
首だけじゃない、手も足も、斬り刻まれている。
「ッ!」
──精霊術・停滞時間
「夜は来た!」
慌てて時間を止めて、ビジョンに意識を向ける。
(なんだ、なんでこんな事に? この斬撃角度……わからない! 身体がバラバラすぎて、どの角度から真実の一太刀が飛んできてるのかわからないよ、これじゃ!)
アガサが思いつきでやったことだった。
今までアガサは特に理由もなく、人を殺すだけなら、真実の一太刀を一太刀だけ放っていた。
首を落としてよし、身体を両断してよし、腕を落としてよし、どこを切ろうと、結果自体はあまり変わらないからだ。
グルーヴィーがビジョンを見て、真実の一太刀を避けられていたのは、ひとえにアガサがただ一振りだけ真実の一太刀を放っていたからにすぎない。
ピジョンのなかのグルーヴィーは死んでいる。
でも、斬られている角度から、おおよそ不可視の刃が斬りこんでくる場所はわかった。
上からなのか、右からなのか、左からなのか、下からなのか。
だが、アガサの思いつきは、そんなグルーヴィーの絶対回避を嘲笑うように、天上天下全方位から実に50枚もの見えない刃を展開させた。
これを無傷で避けるのは不可能だった。
時間を止める止めないの話ではない。
「あああぁあああ!」
グルーヴィーは頭を掻きむしり、全ての″運命″をベットして、思いきりその場から飛び退いた。
まず最初に耳がちぎれた。
身体をバシバシ斬られ、右腕が千切れかかった。素のスペックで硬かったおかげで、ズタボロになりはしたが、無限の剣の包囲網から脱出することはできた。
「朝が来た……」
時間は動きだす。
「ボロボロだな。瞬間移動なら、剣の包囲網から逃げられたはずだろう」
「ッ」
時間が再始動してからの開口一番、アガサにそんなことを言われて、グルーヴィーは肝を冷やした。
「高速移動でもない、瞬間移動でもない。なのに俺が認識できないで動いてる。うん、不思議だ」
(そこまで見破られるとは……この男に時間停止の概念が無くて本当によかった……)
グルーヴィーは心底そう思った。
神秘学の学があり、時間と言う概念が神秘の世界では、遅くなったり、早くなったりすることをすこしでも知っていれば、もう能力を見破られている頃だ。
グルーヴィーはもう一度、立て直そうとする。
まだだ。能力は完全にバレていない。
やりようはある。グルーヴィーはそう思っていた。
だが、後続はそう思っていなかった。
「っ、ホーエンセント! まだ、まだわからないじゃないか! やれる、倒せるよ! 僕がアガサ・アルヴェストンを倒す!」
突然、グルーヴィーは叫びだした。
なにも無い空へ向かって、怯えたように。
見えない何かと話をしているようだった。
「あぁ、そっか、あのお方まで戦いたがってるんだ……それじゃあ、仕方ない、かな……」
案外、あっさりとグルーヴィーは言い負かされているようだった。
アガサには一連の怪演の意味がわからなかった。
グルーヴィーの身体から蒸気のようなものが溢れではじめた。
アガサは何かされる、とそう思い、真実の一太刀を放とうとし──やめた。
グルーヴィーがすでに居なくなっていたからだ。
さっきの要領で、いきなり消えていたのだ。
高速移動でもない。次元をまたいだ瞬間移動でもない。
(剣の包囲網は有効だったから、また包囲攻撃をしようと思ったんだが)
攻撃する前に避けられては仕方がない。
(だが、不思議な力だ。高速移動でもなければ、瞬間移動でもない……まるで、奴だけが動ける時間が存在してるみたいじゃないか……ん?)
アガサは偶然に勘づくのだった。
時間が止められるものだとしたら? ──と。
その時だ。
グルーヴィーが瓦礫の向こうからひょこっと現れた。
血に濡れた手で、髪の毛をかきあげた。
狼の毛のように、灰色の髪が逆立つ。
目つきが変わった。
「ずいぶんダメージを受けてくれたな、グルーヴィーめ」
「誰だあんた」
アガサは直感的に悟っていた。
目の前のトムランタがもう、グルーヴィーではないことを。
「よくわかるものだ」
「気配が違う」
「気配? はは、そうだった。剣術家はそういうのに敏感なのだった。そうとも、俺はホーエンセント。グルーヴィーとは違う。そして、俺はあいつほど甘くない。──だから、そうはいかない」
アガサが真実の一太刀を放とうと思った直後、グルーヴィー──否、ホーエンセントの姿が消えた。
(……危険予知が強くなっている)
アガサの背後で優雅に体を再生させながら、ホーエンセントは冷ややかな笑みを浮かべる。
「グルーヴィーよりも遥かに大きな力を俺は使いこなせる。さて、アガサ・アルヴェストン、お前がどれだけ期待に応えてくれるのか、楽しみだ」
──妖精術・妖精怪腕、三式
──妖精術・雷光
──精霊術・加速時間、三倍
グルーヴィーを大きく上回る身体強化の妖精術。そこに乗算で加速した、雷の一閃が人智を超えた速さでふりぬかれる
生まれ持った暴力と、練り上げられた武の理、そして神秘の奥義のあまたを結集した一撃が、アガサの首元を打ち、鮮血を散らした。
ホーエンセントは目を丸くする。
自分の手のほうが壊れてしまっていたからだ。
(18%)
「硬いな、アガサ・アルヴェストン」
「あんたはやわっこい」
「はは、面白いジョークだ。もうひとつ乗算しよう」
──妖精術・妖精怪物、四ノ型
「これで妖精怪腕が4つだ」
振りぬかれる鋭い拳。
放たれる不可視の剣。
ほぼ同時の攻撃。
結果──アガサ・アルヴェストンの顔に容赦なく拳が叩きこまれた。
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