最強の精霊術


「雷光、トムランタクラスの妖精術師でも苦手な子が多かった技だよ」


 自分の手刀を舐め回すように見て、己の才能に惚れ惚れする。


「久しぶりに使ったけど、まったく衰えてないよ。衰えていたら、相手に失礼だからね。よかったよ」

 

 アガサが瓦礫を押し退けて出てきた。


 グルーヴィーの精霊術は時間を司る精霊によるものだった。その名の通り、時間を利用した能力を有している。


(体内時間を加速させる精霊術と、速さを乗せることで斬撃威力が増す雷光、このコンビネーションを超えられた者はいない)


 グルーヴィーの動きには確かな理がある。

 素の身体スペックですら、人類を大きく上回ると言うのに、武術、妖精術でのバフ、精霊術での加速までもを加えた彼はもはや手の施しようがないほどのめちゃくちゃさだった。


 アガサを雷光と二倍速で蹴りあげる。

 一撃で地上から外壁の高さまで打ち上げられた。


 アガサは試しに反撃する。

 直後、グルーヴィーがいた場所を真実の一太刀が空振りしていた。


 アガサは思う。


(なんだこの違和感)


 真実の一太刀が当たったり、当たらなかったりする。いや、さっきから当たっていない。

 当たらない時は、本当に当たらない。

 そして、気配が瞬間移動している。


 アガサは気配が移動した10mほど隣の地面を見やる。グルーヴィーが得意げにして、アガサが地上へ戻ってくるのを待っていた。

 

(見極める)


 放たれる真実の一太刀。

 当たる直前まで、グルーヴィーは腕を組んで動かない。これは確実に命中する。アガサでさえ、避けずにガードを選ぶほど肉薄した距離だ。だが、直後、グルーヴィーの姿は消えた。


「……」


 地上に降りてくるアガサ。


「アガサ・アルヴェストン、君の真実の一太刀を避けられる存在はおそらく僕だけだ」


(あの間合いは当たる。どうしたって当たる。おかしいことは、奴に真実の一太刀は見えていないこと。さっき、こっそり横の空間を斬った時、奴は反応しなかった。数センチ横だ。自分を狙った斬撃かどうかなんて判断しようがない)


「あんた、自分の死がわかるのか」

「さぁて、どうだろうか」


 アガサはグルーヴィーに近づく。

 

(これは何かの間合いだ)


 10m。その間合いに踏みこんだ。

 瞬間、グルーヴィーの姿が消えた。

 アガサは眼を大きく見開く。

 

「落ち着きなさすぎだ、あんた」

「っ」


 アガサは背後に出現したグルーヴィーを、彼が雷光で斬りつけてくるよりはやく。不可視の剣で斬り捨てた。


 血が宙空を舞い、弧を描く。

 グルーヴィーの身体は外壁に激しくぶつかって窪みをつくった。


「……斬られたよ、精霊術使ったのに……」


 グルーヴィーの精霊術、それは時間を操るものだ。

 そして、彼の奥義たる停滞時間は、世界の時間を完全停止させる能力だ。

 時間にして3秒。少ない時間だが、止まった時間に対応できるのは時間の精霊とグルーヴィーしかいない。


 アガサはその原理に気がついた訳ではなかった。


「精霊術。不思議な技だ。理屈なんてわからないが、あんたの瞬間移動の射程はだいたいわかった。不思議なのはなんでもっと使ってこないのかってことくらいだが」


 アガサはこれまでの戦いの中で、トムランタたちの精霊術を見てきた。中でも驚いたのは、ヴェルリンが一瞬で超長距離を移動し、妖精国へ逃げたことだった。

 次に驚いたのは、同じくグルーヴィーが外壁の上から騎士団支部の屋上へ移動した時のものだ。


(精霊術において長距離の瞬間的移動はコストが重たくないようだ。こいつの能力が瞬間移動ならば、なんでさっきから10mにこだわってるのか。何か理由があるのか)


 グルーヴィーの胸の傷が再生していく。時間が巻き戻るように、青い血が傷口へ吸い込まれていく。


「あんたもたくさん技を持ってる」

「こんなのまだ一部だよ」


(アガサ・アルヴェストン、まさか時間止めに気がついた? いいや、それはあり得ない。時間を止めるなんて非現実を、簡単に見破れるわけがない。君の言う通り、僕は落ち着きがなかったね。最大射程の10mに入った途端、攻撃のために術を使ってしまったんだから。でも、残念だけど、この距離なら君を殺すのに3秒もかからない)


 アガサとグルーヴィーの距離はわずか7m。


 術式の再装填時間が過ぎた。


 ──精霊術・停滞時間


「夜は来た」


 グルーヴィーは拳を固める。

 この停滞時間のなかだと、妖精たちの時間も止まってしまうため、ほかの妖精術が使えないことがネックだ。

 だが、グルーヴィーは素のスペックで吸血鬼すら上回るため、絶対に攻撃を回避出来ないアガサを殺すことなど、あまりにも容易かった。


 淡白でつまらなそうな顔をしてるアガサの目の前にやってくる。

 この腕を突き刺して、胸に大穴を開けてやれば、いかに真実の剣聖だろうと死ぬ。


「本当はもう少し遊びたかったけどさ。これ以上は、するんだ。君に対応されてしまう、そんな予感がするんだ……だから、殺すね。楽しかったよ。期待よりはずいぶん弱かったけど」


 グルーヴィーはアガサの胸へ勢いよく拳を叩きつけた。

 厄災並みの怪腕の一撃だ。

 喰らえばひとたまりもない。


「っ、バカな、ありえない……!」」


 拳を突き出そうとした時だった。

 ″未来のビジョン″が見えた。

 一緒だった。真実の一太刀によって即死させられそうになった瞬間、いつだって、この未来のビジョンがグルーヴィーを助けた。

 彼にはほんの一瞬先の未来を見ることもできるのだ。

 未来のビジョンにはありえない事象が映っていた。

 止まった時間のなかで、グルーヴィーの腕は真っ二つに斬られていたのだ。

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