死の血界魔術

 

 血の魔術の最終地点。

 どう? 凄いでしょう?

 これを見てもらえる敵いない。

 これを使うに値する敵なんていないよ、普通はさ。


「ここはね、源なんだよ、ここに足を踏み入れた人間は決して生きて帰れないんだぁ……フフ、絶望的じゃない……?」


 アガサは真実の一太刀で世界を斬ろうとしてみる。

 だが、刃が暗黒に届くことはなかった。

 

「無駄だよ、この世界は私が解除しないと決して解き放たれないようになってるんだ。だから、君、絶望してはくれないかな?」

「ならお前を殺そう」

「それも出来ない。この異空間だと、私は魂の魔術を使える。原初の存在として規定された術をね……」


 クラトニックは翼をおおきく広げて、黒刃を構え、怪しく微笑む。


「私の血界魔術は『死』だよ……ただ一太刀相手を斬れば終わるんだぁ……だから、アガサ、君は全力で避けないといけないよ」

「……」

「ちなみに鎧圧で受けてもアウトだよ」


 それだけ言って、クラトニックの姿が掻き消えた。

 アガサは目を大きく見開く。

 明らかに速度があがっていた。

 血界内だと、吸血鬼はさらに強化されるらしい。


 アガサは真実の一太刀で、残像を残して猛スピードにせまってくるクラトニックを、斬り伏せようとする。


 だが、視認できない速さのソレを叩き斬るのは至難の業だ。

 一太刀目をを外した。はじめてだった。

 真実の一太刀を外すなんて。

 クラトニックはニヤリと笑う。

 だが、二太刀目はクラトニックの肩口に命中した。


 クラトニックは大きく吹き飛び、岩山に叩きつけられる。


「硬い」


 アガサは眉根をひそめる。

 あたりどころが悪かったとはいえ、真実の一太刀で斬れなかった。


 9%の圧を束ねた真実の一太刀では威力に欠ける、とな。

 アガサは圧の出力をあげる。

 15%へと。しかし、そこまで上げた瞬間、体に激痛がはしった。

 見やれば、体に白い稲妻のような亀裂が走っていた。

 無茶は禁物か。


「すごい、見えるの……? 血界内なのに、対応されちゃうなんて、吸血鬼の沽券にかかわるよ……フフ」

 

 岩山にめりこんだクラトニックが飛び出してくると、大きく裂けた肩をすぐに再生させた。


「私の鎧圧もたいしたものでしょう? フフ、どう絶望してきてくれた? 今まで自分が最強だと思ってたでしょう? でもね、違うんだよ、アガサ。君はまだ本当の怪物を知らないだけなんだ」


 そう言うなり、クラトニックは生物の常識を越えた速さで飛びはじめた。

 アガサは血の河の真ん中で立ち尽くす。


 速い。

 そして硬い。


「昔から思ってたことがある」


 クラトニックが間隙をついて、黒刃で斬りかかる。

 真実の一太刀はクラトニックの接近に素早く反応して、斬撃となり顕現した。

 血飛沫をあげ、苦い顔をするクラトニックが一旦退散する。

 

「どうしてこんな一太刀で死んでしまうのだろう、とな」


 再びクラトニックは斬りかかる。

 だが、届かない。


「もっと斬らせてくれないのか、とな」


 真実の一太刀は確実にアガサを守り、怪物の接近をまるで許さない。

 血の河の真ん中にただ棒立ちしているだけなのに。

 

 クラトニックは超高速で飛びまわり、死角から、横から、時には正面から、何度も何度も攻撃を繰り返した。

 毎秒4回以上斬りかかる。

 だが、届かない。ならもっと。

 神のデザインした生物の性能としては、圧倒的に吸血鬼のほうに軍配が上がる。

 ならば、その究極を突き詰めていけば、必ずアガサはついて来れなくなる。


 クラトニックの攻撃と攻撃の間隔はどんどん狭まっていき、どんどん加速していく。


 毎秒15回以上の攻撃を繰りかえすようになり、すこしずつアガサへと距離が近づきはじめた。


「お前はたくさん斬らせてくれて嬉しいよ」


 黒刃で斬りかかった時、アガサはクラトニックのほうへ顔を向けた。

 薄い微笑みをたたえていた。

 そのことに恐怖した。

 この男は危機なんて感じていないのだ。


「舐めるな、君、ヒトの子風情が……」


 これにはクラトニックも矜持を傷つけられた。


 アガサへ何度も何度も叩きつけられる黒刃。

 繰り返される無数の無窮。

 吸血鬼族きっての大天才にして剣士としても優れた才覚を持つクラトニックは、なんとか糸口を見つけようとする。

 どうすれば届く。

 どうすれば顔色を変えられる。

 どうすれば……あれ?


 それは些細な違和感だった。

 だが、一度気づくと、それは確かな隙として見えてくるようになった。

 クラトニックその無限の剣と対峙しつづけ──癖があることに気がついたのだ。


 完璧な人間などいない。

 いかに究極に辿り着こうと、無限を手に入れようと、無双の攻撃を身につけようと、無窮の手段を、型を、斬り方を知ろうとも、そのすべてを満遍なく使えるなんてことはありえない。


 否、アガサにはできる。

 彼にだけは可能だ。

 しかし、今のアガサはアガサであって、アガサではない。

 無限の時間のなかで、悪魔たちの観覧する悪夢にて、真理と究極だけを追求していた頃とは違う。

 人間性が戻った事で、その剣にはたしかなが生じてしまっていた。

 右利きの剣士が、左利きの剣士にならないように、わずかに左からの攻撃対しただけ雑味がある。


 そして、天才クラトニックはその隙間を縫うことに成功する。


「ッ」


 真実の一太刀が肉薄するクラトニックへ放たれる。

 不可視の刃はクラトニックの8枚の大翼を斬り裂き、さらに彼女の足を切断する。

 しかし、満身創痍のままつっこむ絶望。

 真実の一太刀の二撃目を──間に合わない。

 黒刃はアガサへ届いた。


 斬ったッ!


 クラトニックは半刻にもおよぶ超高密度の死闘のさきに、ついに血界魔術の発動条件を満たすことに成功した。


 本来なら一撃斬るだけで勝てる必勝にして楽勝の最終奥義だというのに、こんなに手こずるとは思っていなかった。


 黒い刃はアカサの胸を浅く斬り裂いた。

 アガサは眉根をひそめ、胸の傷を押さえる。

 とはいえ、アガサは剣では傷つかない。

 そういう世界の法則だ。


 だが、同時にクラトニック側の能力もまた、世界の法則そのものだ。

 とりわけ、血界のなかでなら、クラトニックの『死』が発動しないわけがない。


「君はおしまいだ、アガサ。どう? 目の前に死が近づいてくるのは絶望的でしょう?」


 アガサはまわりを見渡す。

 そこに闇が立っていた。

 高さ3mの人の形をしたナニカ。

 それが13柱。

 アガサは静かな眼差しで闇たちを睥睨する。


「彼らは『死』そのものだよ。生きとし生きる者は決して逆らえない。世界法則の執行者たちさ、フフ、絶望的だね、まずい状況だね、すこしは焦った顔してくれよ、アガサ」


 アガサは眉根をひそめ、不機嫌な顔をした。

 そのことがクラトニックにとってたまらなく嬉しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る