道半ばで終わる
剣気圧の解放1%が限度。
それ以上は寿命がさらに縮むことになる。
「はあ」
赫刀と抜き放ち、山の稜線を剃る。
大木が100本ばかり空を舞って、地上へふりそそぐ。
この刀は面白い。
究極の剣とは違った剣術のインスピレーションが湧いてくる。
魔剣『赫刀』の能力は『分ける』である。
有識者に訊いたところ、空間を裂いて、距離を無視して移動する使い方ができるらしい。
なので俺は能力を応用して、防御力という概念が通用しない斬撃を編み出した。
パワーの有無が戦力の決定的な差ではない。
物事には失ってはじめて気づくことがある。
悪夢でもそうだった。
筋肉こそ最強と考えていた時期もあった。
骨と皮だけになってパワーを捨てて最強になったと思ったこともあった。
どちらも失ってみて新しい境地にたどり着く。
今回もおなじだ。
圧を失って、新しい何かが見えるようなった気がする。
俺の剣にまだ先があるとでもいうのだろうか?
わからない。
ならば、わかるまで振ろう。
すべては不毛に終わる。確実に。
もう剣を実戦で使わない可能性の方が高い。
だが、終わる時まで俺は剣士でありたい。
もう一度、抜刀斬りから山肌を剃りあげる。
今日の練習はおしまいだ。
これ以上は体に障る。
タオルで汗をぬぐい、帰り道を開いて、空間をまたぐ。
ガライラに帰って来た。
道場へ戻ると、帰り支度をしていた門弟たちに挨拶される。
夜遅くまで練習していたのだろう。
あれやこれや構って来ようとするやつらを厄介払いして、奥の修練場へと向かう。
途中、インダーラとイレイナに出会った。
「クラーク伯爵が朝から探していましたよ、アガサ」
「応接ありがとうございます。面倒な奴だったでしょうに」
「う~ん、聞こえてますよぉ~」
「こほん。……ん? くんくん、くんくん。なんだか山の香りがしますね」
「ちょっと斬って来ただけです」
「無暗な自然破壊は控えてくださいとあれほど」
「近所じゃないです。心配する必要はないですよ……クラークを待たせてます。また後で」
「もう……本当に仕方のない剣聖さまですね」
イレイナは冗談めかしたように言って、俺の横をぬけて、外へ行ってしまう。
インダーラと俺は皆が帰った道場を並びたって歩いて、誰もいない修練場にやってきた。
「何の用だ」
「あんれぇ~? わたくしにはイレイナ殿みたいに丁寧な言葉をかけてくださらないのですかぁ~?」
「お前は俺の手足だからな」
「そうでしたね~。ところでアガサさま、お体の調子はどうですかぁ〜?」
「死にかけのじじいになった気分だ」
「あっははぁ…………でしょうねぇ〜」
「想像以上に人間の身体というのは脆いものだな」
3年前に比べて、ずいぶんと体重が落ちた。
「10年ばかり身体を作り直してから『
自分の手を見下ろす。
稲妻模様の傷跡が刻まれている。
悪夢での俺は種族的に人間ではなかった。
ゆえ、この現実世界でどんなに身体を作ったとしても全盛期の半分の力も引き出せない。
それでも、わずか3割の圧を解放しただけで無理をして身体を壊すことはなかっただろう。
「アガサさま、はっきり申し上げますと、現状はとてもまずいですぅ」
「そうか」
「おじいさまはアガサさまが抑止力として機能しないと判れば、虚無の存続のために、蟲の悪魔にアガサ様を生贄とするかもわかりません」
「しない。あのじいさんはそうはしない」
「可能性の話ですよぉ。最後の瞬間、選択を迫られれば、酷薄で、意に背く判断をくだすのが指導者ですからねぇ」
なるほど。
もし億が一にでもそうなれば、俺は彼を責めることはできまい。
俺たちは間にあるのは信頼関係。
俺は『虚無』をあずかり、彼らは庇護される。俺が庇護できなくなれば、それは俺の方から裏切ったのと同義である。
俺の命は長くて″3年″と言ったところ。
彼らには大きな失望を与えることになるだろう。
「こんなことあのアガサさまに訊きたくはありません。ですが、わたくしだけは知る必要があります……あとどれくらい持ちそうなのですかぁ」
「……。10年」
「想像以上に深刻ですねぇ」
「……すまない、嘘をついた。3年だ」
「なんでちょっとサバ読んだんですかねぇ、いや、正直、サバ読んだままでいて欲しかったですけどぉ」
「剣聖流を広めたかった。もっと」
「……」
「道半ばで終わるのは悔しいものだ」
「……アガサさま」
「お前たちには迷惑をかける。判断を間違えた。急ぎすぎた。俺ならどうとでもなると思いあがっていた」
「だとしても、その分の成果はあったでしょうぅ? 現状、剣聖流は急速に広まっていると言えますよぉ」
「ごくわずかな地域でだ。俺が想像していた以上に、マグナライラスが積み上げてきた時間は盤石だった。1,000年生きて、だれより大人になって、成熟したつもりだった。だが、違う。俺は子供だったんだ。ピカピカの剣をふりまわして遊んでただけの子供だよ」
100年近くあり続けた信仰を覆すのは簡単なことじゃない。
俺はいたずらに皇帝を殺しただけだったのかもしれない。
いくばくかの月日が過ぎて、ようやくそう考えることが出来るようになった。
皇帝を斬ったあと帝国は分裂した。
帝都から北がノース・ゲオニエス帝国。
南の要塞都市からがサウス・ゲオニエス帝国。
東の要塞都市からがイースト・ゲオニエス帝国。
西の要塞都市からがウェスト・ゲオニエス帝国。
それぞれの要塞都市の騎士団が、新皇帝アガサ・アルヴェストン──つまり俺を認めなかった。
厳密には俺は統治者の仕事はしてない。
維新人民党の残党フィリップを議長とした帝国元老院に丸投げだ。
俺は支配に興味がなかった。
だから国家運営のやる気があるやつに任せた。
しかし、どうにも上手くいっていない。
何度かテコ入れはした。
例えば、帝国剣王ノ会。
名前から分かる通り帝国剣聖ノ会が解散した後に再編された組織だ。
俺が選出した10名の剣士で構成されている。
帝国剣王ノ会の仕事は、以前と変わらない。
違うのは「皇帝陛下バンザーイ!」と叫ぶ宣教師ではないこと。
純粋に最高の剣術を修めた英雄として各地をまわってることだ。
「最近、夢に皇帝が出てくる。覇道こそ剣。剣術の普及においては、優れた考え方だ。羨望は伝染する。俺の剣は理想を高くしすぎて、届かなすぎると思わせてしまい、それゆえに求心力が低い。一定レベルまで熟達した剣士でも、斬ってやらないと伝わらない」
「人間は低きへ流れる物ですからねぇ。国には強い指導者が必要なのでしょうねぇ〜。すべて任せておけば大丈夫、そんな頼れるシンボルが。アガサさまはその器にある。帝国にはあなたが必要ですよぉ〜。それが結果として、剣聖流の普及に繋がりますしねぇ」
「信仰をばら撒くつもりはないんだが」
信仰は真理の対局にある。
人々が理解をあきらめ、皇帝という存在に羨望の眼差しを向けるだけでは、決して真理をわかろうとしない。
だから、究極を会得する境地にはいたれない。
「信仰をばら撒くか、否か。それはあなたがどんな指導者になるか次第ではありませんかねぇ」
「一考の余地がある言だ」
信仰を強要しない指導者。
そうすればよかったのだろうか。
俺は最初からそこを目指せばよかったのだろうか。
わからない。
ただ、わかること。
それは皆を啓蒙するには俺の身体も、心も、命もすでにすり減ってしまったこと。
俺はもうやり直せない。
前皇帝の100年を覆す時間がない。
「アガサさま、実は身体を強固にするアテがありますぅ。これなにかわかりますかぁ?」
「賢者の石」
インダーラが掲げるのは輝く琥珀色の石。
俺は即答する。
「知ってましたかぁ」
「もう試した」
「でも、まだ本物は試していないのではぁ」
「それが本物だと言うのか」
「すみません、これはニセモノですねぇ。ですが、先日、とある錬金術師が錬成に成功したという話を聞きました」
インダーラは「おそらく、賢者の石だけがアガサさまの希望となりえるでしょうねぇ」と、上の空でつぶやいた。
賢者の石は命を錬成することができると言われている。
つまり、命の材料である。
その神秘に解決を求めれば、あるいはなんとかなるかもしれない。
「なら、取りに行こう」
「おや、死にかけのじじいでも、まだ生に未練がありますかぁ」
「未練しかない」
「あっははぁ、なるほどぉ〜。妖精国に件の錬金術師はいると聞きましたねぇ」
「妖精国か……行ったことない場所だ」
「その魔剣、『
「明日には発つ」
「流石の行動力ですねぇ。お供しますよぉ、我々がともに終わる時までぇ」
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