みんな剣聖が大好き



 翌日。


 俺は道場にて朝の指導にあたっていた。

 とはいえ、ただ腰の裏で手を組んで、それっぽく歩いてまわるだけだ。

 昔、騎士学校で教官がやってたのを思い出してたまに「うん」「ほう」と声を漏らす。

 

 朝の指導が終わった。

 この後はすぐに赫刀で帝都へ飛び、そこで馬を手に入れて、妖精国へ向かう手筈となっている。


「剣聖様に直接ご指導いただくなんて、俺たちは本当に恵まれているよ」

「なんて言ったって皇帝陛下から直々に帝位を簒奪された世界で最も強い剣術家だからな。それにまだお若い。あと70年は帝国は安泰だ」

「おい、おしゃべりは後だ、大師範がお帰りになられるぞ」

「っ、お見送りしなければ!」


 修練場をこそっと出て、部屋に戻って着替えて、荷物を手に取り、部屋の札を『空き』に変えて『剣聖アガサ・アルヴェストン』のプレートを外して、エントランスへ直行する。


 旅程は最大2ヶ月ほどを目安にしてる。

 今朝のうちにイレイナと、ガライラ道場の師範代シュバルツに俺のいない間の話をつけてあるので、あとは勝手にやってくれるだろう。


 バッグと赫刀を手にエントランスから出る。


「「「「「「「お疲れ様でした!」」」」」」」「おつかれさまでした!」「「「「「今日もありがとうございました!」」」」」「「「「行ってらっしゃいませ!」」」」「「「「旅の安全を祈ってます!」」」」


 道場の門弟300名以上が、一斉に頭を下げて、見送ってきた。

 バラバラーっとしていてまとまりがない。

 俺はこの慣例が好きではない。

 だが、上に立つ者には必要なことなのだろう。


 俺は「ああ」と軽く手をあげて、チラッと視線をあげて、道場をあとにする。


「っ! 大総統が不機嫌にならず我々の敬意を受け取ってくださるだって?!」

「ペコペコしてるとすぐ殴ってくるあの皇帝陛下が、我々の親愛に応えてくださっている!!」

「剣聖様っ! もしや、今ならお身体を拭いたり、そのほかご奉仕をさせていただけるのでしょうか?!!」

「ついにデレるんですか?! デレるんですね!!」

「斬るぞ、雑魚ども、さがってろ」


 みんな嬉しそうに駆け寄ってきたので、ひと睨みして追い払う。門弟たちはそれすら嬉しそうにし、仲良くザザーっと下がっていく。

 

 彼らにはいろいろと文句がある。

 呼び名が多いし、基本はまとまりないし、手取り足取り奉仕しようとしてくるし、どこまでもくっついてくるし。

 

 ガライラのどこにいても必ず俺を見つけてくる能力には驚嘆せざるを得ない。

 特にパンだ。稽古中に好きな食べ物の話になって「パン? 硬く無いのが好きだな」って答えたところ、瞬く間に情報は広がり「アガサ様はパン好き」という誤った情報が錯綜しているのだ。


 そのせいで、毎日毎日毎日おいしいパンが焼かれては、門弟たちの手によって道場に届けられるようになった。

 お陰で門弟たちは剣より、パン作りのほうが上手くなっている。


「実力主義だって言ってるのにな。世話ばかり焼きやがる」


 ぼやきながら道場の大階段の端っこの影、目立たない場所に腰を下ろし、インダーラが来るのを待つ。


 信頼関係の夜、虚無の悪魔たちは俺が悪夢をコントロールできると言っていたが、あれは嘘だった。

 前例がなかったので、彼らも騙すつもりはなかったようだが。

 人間である俺は悪夢を経由した長距離移動なんて便利なことはできない。


 絶望の剣聖から奪取した赫刀があれば、似たようなことはできるので困ってはいない。

 ひとつネックなのは、赫刀は一度行ったことがある場所じゃないと空間を繋げないこと。

 そのため、未踏の地には自分の足で行かなくてはいけない。


「っ! 大階段に剣聖様が座っていらっしゃる!」

「なにそれ尊いっ! どこどこっ!」


 道場へ向かう門弟の若い女子たちが、俺を見るなり寄ってくる。

 来るな来るな。はやく鍛錬に行けぇ……。


 騒がしい女たちに「パン食べますか!?」と焼きたて押し売り攻撃をされる。

 困っていると、ふと、大階段を登っていく見慣れない男たちが視界に入った。

 素人ではない覇気を纏った剣士たちだ。

 筋骨隆々の3人組で、道場へ入っていく。

 新しい入門者だろうか。

 ……あるいは、別の可能性も考えられるが。


「お待たせしました、アガサさまぁ〜、おんやぁ、あんなに綺麗なお嫁さんを持ちながら、浮気ですかぁ〜?」


 しばらくして、物陰からフッとあらわれたインダーラ。

 

 やはり、先程の男たちのことが気になり「ちょっと待ってろ」と告げて道場へ戻った。



 ────



 剣聖流二段保有者シュバルツは、修練場での騒ぎを聞きつけて飛んでやってきた、


 慌てて修練場へやってくる。

 人間が壁に叩きつけられる轟音が響く。

 修練場では凄まじい体格の男たちが暴れまわっていた。

 状況から察するに、剣聖流の門弟たちへ、″真剣″で勝負を挑んでいるらしい。

 ザックリと斬られ、血を流して、道場の仲間に看病されている者たちがそこら中にいた。


「師範代っ! 斬られました……っ! 死んじゃいますよ……!」

「はやく医務室に。霊薬の備品があったはずだ」

「はいっ!」


 手早く指示を出し、シュバルツは鋭い眼光を不埒者どもへと向ける。


「んだぁ? 雑魚しかいねえじゃねえか! 剣聖アガサさんってのはいねえのかよぉ!」


 道場破りか。

 シュバルツはそう思い、前へ歩み出る。


 彼は剣聖流の二段保有者。

 かつては帝国剣術七段保有者だった。

 そして、師範代である。

 まだ3年の歴史しか持たない剣聖流において、二段というのは、極めて高い段位に位置する。

 常勤責任者である師範代理シュバルツは、慣例に乗っ取り、道場破りたちの決闘を受けることにした。


 ここで逃げては剣聖流の看板に傷がつくと思ったのだ。


 アガサ様、このシュバルツが見事道場を守ってお見せしましょう。

 

「剣聖流の道場に道場破りをしに来るなんていい度胸をしている。ただで帰れると思うな」

「ほう、貴様、すこしは骨がありそうじゃねえか」


 シュバルツは弟子のひとりから真剣を受け取り、躊躇なく抜剣した。

 

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