マグナライラス
双子の悪魔が帝城のうえで、夜空を見上げていた。
両者とも落ち着きがない。
血界に主人が取り込まれたせいで、ハラハラドキドキが止まらないのだ。
帝城の上空に、白いひび割れが出現した時、カィナベルとペォスはパァーと顔を明るくした。
ひび割れの中から、アガサが飛び出してくる。
アガサは帝城の屋根に着地する。
双子がかけよる──アガサは血を吐き、膝をついた。
「「アガサ様?!」」
「大丈夫だ」
アガサは自分の身体を見下ろす。
白い稲妻模様が皮膚を破り、肉をのぞかせている。
力の解放は負担が大きすぎたようだった。
アガサは血をぬぐい天守閣を見上げる。
先程、空から斬ったせいで城は半分に分かたれており、頂上付近は完全に崩壊してしまっている。
アガサは屋根をつたって、天守閣まで登っていった。
「そうか、あの娘っ子を倒したか、愉快ッ!」
天守閣へ戻ると、皇帝マグナライラスは豪快に笑った。
古老は依然として頬杖をついて、玉座にすわっており、血の巨人が彼の頭上の天井を支えていた。
巨人は皇帝のために召喚されていたようだ。
アガサはカィナベルとペォスを連れて、スタスタと夜空の下を歩き、玉座の前へとやってくる。
マグナライラスはのっそり立ちあがると「
床が砕け、剣が2本飛び出してくる。
鞘に収められた両刃のロングソードだ。
マグナライラスは二つとも手に取る。
「俺はいい。もう自分の剣をもってる」
アガサは黒刀を軽く持ちあげる。
「はは、そうか」
マグナライラスは剣の一つを謁見の間のすみの方へと放り捨てた。
「さあ、いくぞアガサッ!」
マグナライラスは剣を鞘から抜くと、ゆっくりと歩きはじめる。
アガサは剣を抜き、中段に構えて、すり足で間合いを詰める。
「喝ッ!!」
──帝国剣術一ノ型・帝剣斬り
上段からまっすぐに振りおろす。
すべての剣はここからはじまる。
アガサは受けとめ、押しかえす。
「ならばッ!」
──帝国剣術ニノ型・帝剣十文字
帝国剣術一ノ型・帝剣斬りを熟達すれば、この十文字斬りへの道が開ける。
上段からの高威力のふりおろしと、素早い追い討ちの水平斬りで敵の虚を突く。
アガサは2連撃を素早く受け止め、押し返す。
マグナライラスは額の汗をぬぐい、三ノ剣を放つ。
──帝国剣術三ノ型・帝剣三段斬り
一ノ型、ニノ型を習熟し終えた者は、この連続剣に至ることになる。
この剣を身につけることで、多くの技の繋ぎを学ぶことができる。
アガサはリズミカルに放たれる一振り、二振り、三振りをタイミングよく受け止めた。
──帝国剣術四ノ型・帝剣獅子狩り
敵に囲まれたならこの剣だ。
四方へ乱舞させる刃を己の意志と重ねることができれば、もはや数の不利などないも同然だ。
アガサは剣を受け流し、2歩後退する。
皇帝の灰光の眼差しは、剣鬼の瞳をとらえて離さない。
言葉は必要ない。
交換する剣の重さだけが、2人の間で交わされる。
──帝国剣術五ノ型・帝剣鋼落とし
上方からの攻撃ならばこの剣だ。
鎧圧の重さを利用して、最大の一撃でもって敵を討てるだろう。
マグナライラスの跳躍からの重撃をアガサは真正面から受け止める。
鍔迫り合い、押し返した。
──帝国剣術六ノ型・帝剣一文字
差し込む剣は使いどころが難しい。
だが、剣の道に身を置く者ならば、横を制する剣がいずれ必要になる。
アガサは老骨の切っ先を受け流す。
マグナライラスはアガサのの手首を、横からの一閃で落としにいく。
アガサは上手く手首を返して、刀の根元で受け止める。
──帝国剣術七ノ型・帝剣裏斬り
帝国剣術に死角なし。
体勢を崩した皇帝の背中へ、黒刀が伸びる。
マグナライラスは背中を向けたまま、思いきり剣を横に振り、勢いそのままにアガサの剣を弾いた。
──帝国剣術八ノ型・帝剣天空刺し
敵の喉仏を貫く鋭利な刺突が必要だ。
怪物たちは速く、強く、思いきりが良い。
だからこそ、この剣がよく通る。
アガサは巧みなステップで踏み込む。
マグナライラスはアガサの速さを使って、彼自身の速さで死ぬように剣の鋒を置く。
身を捻り、皇帝の罠をかわすアガサ。
一撃を打ちあい、両者は間合いをあける。
マグナライラスは深く息を吸い、かすみ視界を払い、鉛のように重たい手足を動かして、一太刀一太刀に全霊を込めて打ち込んでいく。
──帝国剣術九ノ型・帝剣殻割り
怪物の強靭な外皮を破るなら、斬る以外の武器も必要だ。
マグナライラスはロングソードの腹で、アガサのこめかみを打つ。
アガサは剣で受け止めるが、耳元で破裂する金属音に顔をしかめた。
マグナライラスは荒く息をつき、3歩後退する。
アガサは踏みこみ、追い打ちをかける。
一振り、二振り、刃がぶつかる。
火花が散り、お互いの鎧圧がキラキラと舞う。
三振り目をぶつけ合った時。
皇帝の鎧圧が一気に砕けた。
それはアガサの視界をふさいだ。
──帝国剣術十ノ型・帝剣居合斬り
卓越した剣士は、刃のやりとりのなかでも不意打ちをする。
鎧圧の幕を払い、一歩踏みこむアガサ。
待っていたとばかりに、鞘に刃収めた皇帝は、素早い抜刀からの斬りあげをお見舞いする。
アガサは剣で軽く受けて流した。
マグナライラスは大きく体勢を崩した。
アガサは隙を逃さず、一歩踏みこみ、敵の腹を斬る。
マグナライラスは傷を押さえる。
老体をつつんでいた簡素な装束が、赤く染まっていく。
皇帝はそのまま膝を折り、崩れ落ちた。
アガサは黒刀の血のりを払い、鞘に納めようとする。
だが、その手が止まった。
刀を見下ろす。
黒かった刀が、赤い刀身に戻っていく。
アガサは視線をゆっくり滑らせていく。
今しがた斬り伏せた皇帝へと。
皇帝の身体を赤黒い魔力が包みこむ。
再び、剣を握り、たちあがる。
「あんた……」
「亡き娘の置き土産じゃあ」
「……ずいぶん元気になったように見える」
アガサは眉根を顰める。
枯れ枝のようだった死にかけの老人はもういない。
戦士の活気と迫力をもつ剣士がそこに立っていた。
「わしはまだ立っておるぞ、どうする、アガサ」
「斬り伏せる」
「ははは、良い」
アガサは刀をしまい、圧を15%まで解放し──そして、真実の一太刀を放った。
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