畑を耕せ


 先の時代、それこそ50年も昔の話だ。

 この世界は怪物が蹂躙跋扈じゅうりんばっこする修羅の大地だった。 

 『人類の時代宣言』がされ、人類国家が乱立しはじめた。

 ゲオニエス帝国はそんな動乱の時代以前に建国された最初期の国家だ。


 現人神たる皇帝陛下を尊び、剣の道を極める。

 それこそが、人類が生きる道だとみんな言い続けている。

 怪物たちによって支配されていた時代に戻ってはならない。


 鍛えぬいた体は怪物の牙を通さない。

 練りあげた剣術は怪物の爪よりも鋭い。

 訓練された勇猛は怪物の恐怖に怯まない。


「帝国剣術こそ、人類の希望の証!!! 鍛えろ、鋼より強く!! 駆けろ、風より速く!! 吠えろ、怪物より凶暴に!! さあいくぞ、バンザイ三唱三節!!! 皇帝陛下バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!!」


 今日もまた一日がはじまる。



 ────

 

 

 午後になった。

 剣術の授業ではいつもはぐれ者を捕まえて組んでいる。

 ただ、今日はなぜかだれも俺に捕まってくれない。


「いっしょに型錬しないか?」

「あ、アガサくん……ごめん、できないよ」

「わかった、ごめんな。代わりにひとつ質問を。また、なんか俺の噂ひろまってたりするか?」

「う、うん、よくわかったね」

「そりゃな。これだけ学校中から嫌われれば敏感になるさ」


 俺は落ちこぼれだ。

 最強の剣士を目指しているというが、実際はガライラ剣術修練学校のなかで最弱のC級に属している。


  A級 帝国剣術二段

  B級 帝国剣術初段

  C級 帝国剣術見習い


 ガライラ剣術修練学校の生徒には全学年通して序列が付けられている。

 全校生徒は5学年合わせて約3000人は下らない。


 例えば、オラトロスは上位100位には入っているだろう。

 剣気圧が使えるし、帝国剣術の初段も持っている。

 対して俺は1360位だ。

 真ん中だと思うかもしれないが、実際は違う。

 現在俺は17歳。4年生、最低でも1000~1200位にはいないといけない。

 でないと、下級生よりも劣っていることになる。

 

「アルヴェストンはどこだ!」

「はっ! ここであります!」

「そこにいたか。貴様、授業が終わったら私の部屋に来い、指導がある」


 教官にしては静かな声だった。

 彼は親指をくいっとして修練場の出口をさす。


「なんの指導でありますか!」

「今知る必要はない! 訓練に戻れ!!」

「恐れながら、指導教官殿、自分ペアがおりません!」

「ゴミめ、友人の一人も作れんのか!」

「はい、申し訳ございません!」

「そこの腑抜けた木っ端、この憐れな落ちこぼれとペアを組んでやれ!」

「は、はいッ!」


 結局、さっき話していたはぐれ者と組むことになった。


「た、たぶん、オラトロスの話だよ」

「オラトロス?」

「う、うん。みんな言ってる、アルヴェストンくんがオラトロスに怪我させたって」

「は?」


 身に覚えのない話だった。

 アルヴェストン違いではないでしょうか。


 ──しばらく後


 授業が終わった後、教官の部屋に向かった。

 ノックをして許可をもらい「失礼します!」と入室する。


 室内には、指導教官とオラトロスがいた。


「うぐ、あいつを見ると、腕の傷が……!」


 右腕をおさえて、苦しむオラトロス。


「教官殿、これは?」

「恥をしれいッ!! アルヴェストンッ!」

「っ」


 いきなりの怒声にびくっとなる。


「貴様がオラトロスにちょっかいを掛けていたのは知っていが、まさか、ここまで卑劣な手段を取るとはな!!!」

「……」

「申し開きはあるか、アガサ・アルヴェストンッ!!!」


 待てよ、まあ、落ち着けよ、教官殿。

 

「すう、はあ……。教官殿! なにがなんだか爪先すらもわかりません!」

「しらを切るつもりか!!! 根性の腐ったやつだとは思っていたが、まさか、ここまでだったとはな!!!!」

「まずなにがあったのかご説明をしていただければ、申し開きの余地があるかと自分は──」

「貴様の顔などもうみたくない!!! この学校からでていけえええええ!!」

「…………え?」

「貴様は誇りあるガライラ剣術修練学校の生徒にふさわしくない!!」


 教官は机から一枚の紙を手にして、俺の胸に押しつけてきた。

 

「担当生徒の処遇に関する全決定は私に一任されている!! 貴様は本日をもって追放除籍処分とするッ! 今後一切、ガライラの門をまたぐことは許さん! 即刻、寮の荷物をまとめ田舎の実家に逃げかえるのだ、負け犬めが!!!」

「待ってください、流石に横暴ではありませんか? 自分がそのような処分を受ける理由をおきかせください」

「まだしらを切るというか」


 教官はオラトロスを手で示す。


「先刻、オラトロスより告発があった。昨晩、寮にて就寝しているところを貴様に剣で斬りかかられ、手痛い傷を負ったとな」

 

 馬鹿みたいな嘘つくんじゃねえよ、オラトロスてめえ。


「教官殿はそれを信じたのですか? 根も葉もない嘘です、自分は昨晩オラトロスの部屋になどいっていません」

「目撃者がいるが? それもたくさんな!」


 教官は証言をしたという生徒たちひとりひとりの名を言っていく。

 中には知らない名前もあった。


「以上、57名が貴様がオラトロスの部屋に行き、そして、争う物音を聞いている

!」


 なんという理不尽。

 なんという卑劣。

 

「教官、信じてください、自分はやってません。ご存じでしょう、自分は他の生徒たちによく思われていません」

「それは自己責任だ!! お前がバリードの出身なことを恨め!」


 バリード。

 呪われた土地と言われる辺境のさもしい村々からなる地域だ。

 俺はそこの出身だ。だから、みんな俺を避けてる。

 

「不遇な生まれならなぜ努力しない!! 努力でみかえすしかないだろう!」


 勝手なこといってんじゃねえ。

 もうそういう次元の話じゃねえだろ。

 てか、こっちは精一杯やってるんだ。

 この逆境に立ったことがない癖に努力を語るなよ。


「俺は……すべて、やれることはやってます。毎日、自由時間も修練場にいっています。鍛錬場で体も鍛えてます」

「ならもっと努力しろ! お前は努力がたりない!! 努力がたりないのは、努力してないのといっしょだ!! そもそも、そんな辺境の劣等人種が誇りある帝国剣術を学ぶというのが身の程知らずだ! せめて才能をもって生まれてこい! そう生まれなかったのなら、おとなしく畑でも耕していればいい!」


 そんなのどうすればいいんだよ。

 生まれる場所なんて選べない。

 才能を持って生まれろなんて無茶言うなよ。

 なんで努力してないなんて言われなきゃいけないんだよ。


 俺は強くあろうとした。

 決して涙は流すまいと踏ん張った。

 だけど、自然と雫がこぼれだした。

 ダメだ、ダメだ、人前じゃ泣かないと決めてたのに。


「お前は剣士になれん! なにをしても無駄だ! どれだけ頑張っても帝国剣術初段の域にすら届かない!! お前は生まれながらの落ちこぼれだ! お前の家族と同様に、我々のような価値のある人間のために畑を耕して生きろ!! そして、劣等人種どうしでで子供をつくり、我々に迷惑をかけず、また帝国のために畑をたがやせ! 子供にも畑を耕させろ!! それがお前たち底辺の人間の幸せだ!!」

「ふざけんなよ、大志を抱いてなにが悪い……」

「身の程を知れといっているッ! 身の丈にあった生き方をしろッ! それができないなら死ねッ! ほかに畑を耕すしか能のないゴミはたくさんいるッ!」

「畑悪く言うな……もうてめえ飯食うなよ……」


 涙がとまらなかった。

 家族を馬鹿にされて悔しかった。

 俺は剣聖レベルの剣士になって大成すれば何かが変わると思った。

 だから、遥々こんな遠くまで辺境から出てきた。

 それなのにこんな……。


「教官殿、それはあまりにも酷ではありませんかぁ?」


 オラトロスが教官の横からぬっと前へでてくる。


「僕はアガサくんみたいな可哀そうな人間にもチャンスがあるべきだと思うんです」

「オラトロスよ、なんと立派な人格者なのだ! これも皇帝陛下への感謝をわすれず、日々励むゆえだろう! それに比べ、貴様は……。皇帝陛下への感謝が足りないから、剣が上手くならない。剣気圧もつかえない。本当に愚かだ」

「まあまあ、教官殿、抑えてください」


 オラトロスが俺のまえに立った。


「決闘です」

「オラトロスよ、アルヴェストンとやるのか?」

「はい。そこでアガサくんが僕をたおして、可能性をみせたら、僕は彼の劣等感から犯してしまったあやまちを許してあげようと思います」


 俺は顔をあげる。

 見上げるほどのうえから、オラトロスのニヤけた笑みを降りてきていた。


 このまま帰るわけにはいかない。

 これは最後のチャンスだ。

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