【完結】推しのアイドルに「彼女ができた」と報告しに行った翌日、結婚報道が流れた。

悠/陽波ゆうい

01

 俺、暁翔吾あかつきしょうごはごく普通のオタクである。アニメ、漫画、ラノベなど二次元も好きだが、最近、あるアイドルグループにハマっている。

 7人組アイドル、『Shiny*crusher』

 顔面偏差値の高さとそれに負けないほどのパフォーマンスと愛嬌の良さから絶大な人気を誇っている。もはや、知らない人がいない国民アイドル。

 中でも推しは雪乃白雪ゆきのしらゆきちゃん。

 ツーサイドアップにした艶やかな白髪に、大きな水色の瞳。清楚担当で物腰が柔らかいが、ステージに立つと、圧倒的な歌声で観客を魅了し、グループ内の人気総選挙では堂々の一位。さらに、芸能人の『お嫁さんにしたいランキング』も一位の美少女なのだ。


 そんな彼女の限定ライブが今日行われる。

 俺はウキウキしながら玄関で靴を履いていると、パタ、パタ、パタとスリッパの音が聞こえてきた。


「あ、ライブ行くんだぁ〜」


 棒付きキャンディーを舐めながら来たのは幼馴染であり小南有希こなみゆき。家が隣でお互いの両親がちょうど旅行に行っているので、どうせなら同棲しない? と、この三連休限定で一緒に住んでいる。

 

「お、なになに? 彼氏が推しのライブに行くのに嫉妬してるのか〜?」


「別にー」


 本当に嫉妬していないようでペロペロと棒付きキャンディーを舐めている。

 

 この限定ライブの当たり券は白雪ちゃんのソロCDの特典として入っている。俺もお小遣いを溜め、もちろん大量に買った。有希にも買ってもらい、なんと彼女の方が当たった。つまり、ライブに行けるのは彼女のおかげ。


「ただ、彼女とのイチャイチャより推しを優先するんだなぁーと思って」


「めっちゃ嫉妬してんじゃん。ま、まぁ推しは仕方ないよ……?」


「なぜ疑問? あーあー、アタシが当てたのにねぇ」


「それについては凄く感謝しております! 俺にできる事はなんでも一つ言う事聞くので」


「ふーん。なんでもねぇ。じゃあ翔吾が帰ってくるまで考えとく」


「頼むから変なのは言わないでくれよ?」


 と、ガチャと扉を開ける。


「なんかあったら呼んでくれすぐに駆けつけるから」


「……推しのライブは?」


「んなもん抜けてくるに決まってんだろ。俺は彼女の方が大切だからな」


「ふーん。言葉と行動が合ってないんですけどぉー?」


「推しのライブは仕方ない。じゃあ行ってくる。ちゃんと鍵かけるんだぞ」


「はいはい、いってらっしゃいー」


 帰りにケーキでも買ってやるかと思いながら家を出た。



 ビルの地下フロア。階段を下りたその先にあるのはライブハウス。観客の収容規模は100人前後と言ったところだろう。ステージは観客席より三段ほど高くなっており、観客から見やすくなっている。

 今回の観客は31人と少ないが、周りにはカメラがたくさん。この限定ライブは一週間後にファンクラブ限定で公開されるからだ。


「じゃあ次は私のソロ曲、『恋はもう堕ちている』を歌いまーす」


「「うぉぉぉぉーーっ!!」」


 熱狂と声援の中、堂々とパフォーマンスする華やかなフリル衣装に包まれた少女。そう、彼女こそが雪乃白雪だ。

 今日は白雪ちゃんの生誕祭。この狭いライブハウスから国民的アイドルは生まれた。

 腰まで伸びているしっかりと手入れされた白髪はいつものツーサイドアップではなく、今日はポニーテールにしていて、切れ長の水色の瞳が美しい。


 ああ、今日も推しが尊い……。


 曲に合わせ、合いの手や サイリウムやうちわを振る俺たち。

 推しのライブというものはあっという間で……


「皆さん、今日はライブに来てくれてありがとうございましたーーっ!」


 最後の曲を歌い終えた白雪ちゃんは上がる息で胸を押さながらそう言う。アンコールの声もあったが、司会者が出てきてもう終わりだと知らされる。


「ここで、本日のシークレット企画、"握手会"を行いたいと思います」


 おぉぉぉぉ!!と歓喜と拍手が湧き上がる。


 握手会とは本来数十秒と短い時間しか設けてもらえない。けど今回の握手会の時間はなんと1分。大人気アイドルと1分も握手して話せるなんて神ってるだろ!


「では混乱を避けるために番号順でお願いしまーす」


 ちなみに俺の番号は31番。一番最後だ。白雪ちゃんと握手できるのは30分後。握手した後はそのまま帰らされるので、俺に順番が回ってくる頃にはファンはいない。スタッフも片付けに入ってるし、これは1分以上話せるチャンスでは……?

 

 次々の前で白雪ちゃんと握手しているファンを尻目に俺は有希に「もうすぐ帰る」とメールした。

 

「ん、既読つかないな」


10分経ったが、一向に既読がつかない。時刻は夜の9時。お風呂に入ったり、どこか出かけているのか?


 と、考えているうちに、最後の順番が回ってきた。

 俺は明るく笑顔で「白雪ちゃんいつも応援しています」と挨拶し、手を出す。


「お久しぶりです暁さん♪いつも応援ありがとうございます」


 あーこの声。癒される〜。

 ソプラノの声と爽やかな笑顔ですでに骨抜きにされる。

 白雪ちゃんも両手で俺の手を握り返してくれた。実は握手会に来たファンの名前を全員覚えているらしい。


 時間は1分。さて、あの事を話そう。


「白雪ちゃん。じ、実は俺……彼女ができました!」    


「わぁ、おめでとうございます!」


 手を握りながら上下にブンブン振ってくれる。やっぱり女の子って恋愛の話好きだな。


「ちなみにどんな彼女さんなんですか?」


「そうですね。小さい頃からの幼馴染で、家も隣でいつも一緒にいる子です。告白はなんというか……「私たち付き合う?」みたいなノリで彼女さんから……」


「幼馴染から恋人……いいですね!」


「まぁ元々、趣味も合うし、俺のことを一番知ってくれる大切な存在だとは思ってましたし、今は毎日が充実しています」


 こんな事、有希の前で言えないよなぁ……。


「……ふふ、幸せそうで良かったです。彼女さんとは最終的にどうなりたいんですか?」


「そ、そうですね。彼女は凄く可愛いですし、取られたくないので早く結婚したいなぁー。なんちゃって」

 

「なるほどなるほど。あっ、彼女さんができても白雪のライブには来てくれますか?」


「も、もちろんだよ……! というか、今度は彼女も連れてくる」


「わぁ、楽しみです〜!」


 後何秒あるかな? チラッと横を見るが、見張り役の人は何やら電話が掛かってきたらしく、席を外していた。


 すると白雪ちゃんが手にぎゅっと力を込めて、


「ふふ、最後なのでもう少し話しましょう」


「は、はい……!」


 うぉぉぉ! 白雪ちゃんの方から延長だなんて……生きててヨカッタ……っ。


「私、実は一時期、アイドルを辞めようと思ってたんですよ? でも今は続けることを決めています。そのために私にできることはなんでもやろうと覚悟しました」


 あれ? つまり、最近はアイドルを辞めようと思ってたってことか。まあ、でも思い直してくれて良かった。


「だからこれからも、どんな事があっても応援してくださいね♪」


「ああ、もちろんだよ!」


 握手を終え、ツーショット写真を撮って大満足でライブ会場を出た。



「……結婚したいかぁ。ふふ、まさかそんな事を思ってくれたなんて……。私も取られたくないから動かないと……」




 翌日。


「はぁぁぁー。良かったぁぁ……」


 昨日のライブを思い出し、息を漏らす。

 推しのソロライブをあんな間近に見られる機会なんて一生の内に何回あるか。


「ん、耳元で喋るな。うるさい」


 あぐらをかく俺の上に彼女の有希が乗り、胸に背中を預けている。身体から力を抜いて、体重を預けるようにしてゆったりとくつろいでいた。


「いや、見てよ。可愛くない?白雪ちゃん」


 握手会の時に撮ったツーショット写真を見せる。


「あーはいはい。可愛いですね」


 有希はスマホを持ちながら、少し不満げに唇を尖らしている。いつもはウェーブした長い黒髪をポニーテールにしているが、今日はツーサイドアップだ。白雪ちゃんみたいで可愛いというと多分、怒るので胸の中にしまっておく。


「今度、有希も白雪ちゃんのライブに行こうぜ。絶対ハマるって」


 前から誘っているが、予定が合わなかったり、断られたりして有希は一度も白雪ちゃんのライブに行ったことがない。


「やーだ」


「なんでだよ」


「それは……って、あれ? これ翔吾が推してる白雪ちゃん?」


 テレビの方を指さす有希。そこにはテロップが流れていて……


【速報】大人気アイドル、Shiny*crusherのセンター、雪乃白雪が一般男性と結婚発表!?


 ケッコン……? ナニソレ、美味しいジャン……。


「うぇぇぇぇぇーーー!?」


「……うるさい」

 

 有希が耳を塞ぐ。今のは悪かった。


「嘘っ嘘だ!」


 慌ててファンクラブの公式を見ると、そこにも雪乃白雪が一般男性と結婚しますと書かれていた。


「そ、そんなぁ……」


 やばい。涙が出そう……。


「……彼女がいるのに他の女の子にデレデレしてるんだぁー」


「デレデレしてない! 落ち込んでるの!! 彼女と推しは別なんだよッ!」


 確かに白雪ちゃんが所属している事務所は恋愛禁止ではない。でも白雪ちゃんはまだ高校三年生と聞く。

 早い、早すぎる……。相手は高校生? それとも社会人? いずれにしても白雪ちゃんを泣かせるような事をしたら死刑だッ!


「全く……推しの結婚ってめでたいものじゃないの?」


「うぅ……めでたいけどさぁ……おう、複雑は気持ちなんだよぉ……」


 明日学校休もうかな……。


「はぁ……じゃあはい。彼女が慰めてあげる」


 有希が両手を広げる。彼女の胸に俺は蹲った。


「よしよし。そんなに推しが好きだったの〜?」


 優しく頭を撫で、赤ちゃんを慰めるように声を掛ける有希。なんか、バブみプレイとかに目覚めそう……。


「ふふ、そんなに悲しいんだぁ。じゃあ――彼女と推しのアイドル、両方モノにした感想はどう?」


 えっ……?

 顔を上げると、有希は頭を撫でながら俺を微笑ましく見ているだけだ。


「どういうことだ……?」


 固まる俺に対し、有希はんんっと何やら声を整えたと思えば……


『皆さん、今日はライブに来てくれてありがとうございましたーーっ!』


「なっ……」


 この声は間違いなく白雪ちゃん。昨日聞いた声だ。

 って、ことは……有希が白雪ちゃん……!?


「ハハ、まさかな……。モノマネだろ? 上手いなぁ……」 


 そういえば昨日、白雪ちゃんはいつもツーサイドアップなのに、ポニーテールだった。そしてポニーテールは有希がいつもしている髪型。しかもその有希は今、ツーサイドアップ。

 そして、何度も誘ってと有希が白雪ならライブに行けなくて当然だ。たまに夜遅く帰ることもあったし、当たりの券は有希から貰ったし……。


 単なる偶然だな、うん……。


 どくん、と心臓が脈打つ。

 

 一瞬だけ頭によぎった可能性を振り払うことができない。


「怖いよね。一番近くにいる存在が推しだなんて」


 俺の背中に手を回したままの有希。

 すると、耳元に近づき、


『まだ私が白雪だと信じられないのですか?』


 白雪ちゃんの声が耳に響く。心地よすぎる声の甘さに頭が溶けそうだ。


「まだ信じられない? なら、事務所に確認取ってもいいよ。『小南有希さんが雪乃白雪さんってほんとですかー?』って」


 有希のこの態度からどうやら本当のことらしい。

 ノリがよくて姉御肌な幼馴染と清楚な推しのアイドルが同一人物なんてまだ信じられない。


「どうして……」


「どうして? あーアタシがアイドルを始めたこと? だってアタシたち、いつも隣にいるのが当たり前の幼馴染でしょ? このまま安定した関係で恋人になるのは確定だけど、何か変化が欲しくてさ」


「たったそれだけのためにアイドルになったのか……?」


「だね。まぁ、こんなに人気になるとは流石に驚いたよー。おかげで辞めどきが分からなかったし」


 つまり俺のためにアイドルになったということか。あの、武道館ライブや全国ツアーをこなす、国民的美少女アイドルのセンターの白雪ちゃんが俺だけのために……。


「大変だったんだから。マスコミにスキャンダルを掴ませないようにコソコソ動いて……。でももうそんな事する必要はない。これからは有希も白雪も全部、翔吾のモノ」


 有希はトンと身体を押し、俺に覆い被さる。

 

「早く結婚して子供を作りたいけど、アタシたちはまだ高校生。翔吾は18だし、結婚はできるけど、子供は卒業してからだね。あっ、卒業したら翔吾が私の専属マネージャーになるってことは事務所に話は通してあるから、就職試験のことなんて考えなくていいよ。だって翔吾は私の隣に永久就職なんだから♪」


 有希は俺の胸板におっぱいを押しつけて、うっとりとした声で話す。

 

 いつから彼女の手のひらで俺は動いていたんだろう。いや、きっと出会った瞬間から堕ちていたのかな……。


「ねぇ翔吾、いつもみたいにちゅーしよ♪ 結婚発表してから初めてのちゅー」


 ぼんやりと考えていると、唇に温かい感触が伝わった。ドアップで有希の顔がある。俺は彼女にキスされた。


「あ、あ……っ、すきっすきっ」


 徐々に触れるキスから激しくなっていき……


「ま、まずいって……有希」


「まずい? それはどういう意味で?」


「いろんな意味でだよ」


「へぇー…。それってほんとは『国民的アイドルの白雪ちゃんが俺とキスするなんてダメだよ』じゃない?」


「うっ……」


 心を見透かされる。いや、そんなのいつもだ。


 俺の抵抗を抑え込むかのごとく、有希がねっとりと舌を絡めてきた。俺はなす術がないまま、そのディープキスに応じる。


「……はぁ、ちょっ……ゆk——」


『暁さんは私とのキス、嫌いですか……?』


 また白雪ちゃんの声。交互に言われると頭が混乱する。


「そんなにアイドルのアタシが気になるなら辞めてもいいよ。元々翔吾のためにやってたし」


 その言葉に口籠る。

 俺の決断で白雪ちゃんを応援しているファンが悲しむ。でも、彼女を俺だけのモノにしたいという独占欲もある。


 悩む俺に彼女はぎゅう、と手を強く繋いで、


「ふふ、この際決めちゃおっか。翔吾は……」


『アイドルの私と』

「幼馴染のアタシ」


『「どっちの彼女が好きなんですか?」』


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