第20話 祝福 ~後編~
「せいっと」
ドリアは雪蜥蜴を倒し、さくっと首を切り落とす。それをリカルドが魔法で異空間庫へ仕舞っていた。
観光コースから外れ、頂を目指す三人の道中は中々にエキサイティングだ。
「.............」
長剣を振り回し、サクサクと魔物を倒すドリアに、アンドリウスは落ちた顎が戻らない。
「姉上、キラーパンサーですっ」
「いえっすっ、ギルドに良いお土産だなっ♪」
そういうとドリアは疾風のように駆け抜け、キラーパンサーの左側の脚を切り落とした。
驚愕の雄叫びを上げて倒れた獲物の首を、再びドリアの鋭利な長剣が切り落とす。
なんなくパンサーを倒した彼女は、ふと眼をすがめ、太股にベルトで装着しているナイフを手に取ると、音もなくアンドリウスへ放った。
彼の横に、煌めいた刃がターンと音をたてて突き刺さり、風に揺れたアンドリウスの髪が数本パラリと肩に落ちる。
思わず固まるアンドリウスに溜め息をつき、ドリアは軽く首を傾げて吐き捨てた。
「あんた魔術師なんじゃないの? 索敵の術ぐらい使えないのか?」
アンドリウスの背後には一匹の雪蜥蜴。今にも彼の首に噛みつこうと大きく口を開いたまま絶命している。
その眉間には深々と刺さった一本のナイフがあった。
「ひっ....っ」
慌てて転ぶように駆け出す彼に、ドリアは不思議そうな顔をする。
「リカルドなら不意討ちなんか食らわないんだけど.... あんた、本当に魔術師なの?」
あの規格外な化け物と一緒にしないでくれるかなっ???
思いはしても、アンドリウスは言葉を飲み込んだ。口にしようものなら、間違いないなく鉄拳制裁が飛んでくるだろう。
しかし本当に何なんだ? この二人はっ!!
当たり前のように魔物を倒し、息の合った輪唱の如くに滑らかに攻防を交え、魔物を回収していく。
手慣れた討伐に思わず見惚れ、絶句するしかないアンドリウスだった。
かれこれ二年、二人はバディで冒険者をやっているのだ。当然の事である。
そんなこんなでアンドリウスを守りつつ、三人は頂の泉に辿り着いた。
「これは..... 絶景だな」
目の前の光景に三人は息を呑む。
複雑に絡まった鋭利な氷柱が泉を囲い、その背後にそそりたつ氷の氷壁が陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
周囲の雪景色と相まり、なんとも幻想的な雰囲気だ。
「どうやって魔石を手に入れるの?」
「泉に魔力を流すと精霊が現れます。その精霊から魔石を頂くのです」
「良く考えたら、俺いらなくね?」
ドリアに説明するリカルドをチラ見し、うんざりとした口調でアンドリウスが呟く。
それを据えた眼で見上げ、リカルドは嘆息した。
「ふざけんなpart2。僕の魔石は僕の物です。依頼に応じて来たのでしょう? 仕事してくださいね」
こんのクソガキっ!!
二人に会えるとのフランソワーズの予知を信じて依頼を受けてきたが、なんかムカつく。
まさか、この二人が本当に冒険者をやっているとは。予知の内容を聞いた時は半信半疑だったが、王太子に伝えるかどうか悩んでいた彼女を口止めして正解だったな、うん。
アンドリウスは仕方無しに泉へ手を入れると微かに魔力を流す。
すると水面が七色に輝き、四方から差した光に精霊が浮かび上がった。
そして魔術師二人は、眼を限界まで見開き絶句する。
「.......まさか」
絞り出すようなリカルドの声。
目の前に現れた精霊は、神々しい衣装束に煌めく雪結晶のサークレットを身につけ、優美に微笑んでいた。
これは文献のみだが知っている。
魔術師の憧れな精霊..... いや。
「精霊王.....っ」
呼ばれた精霊王は、うっそりと笑みを深めた。
三人の時間が止まる。
そんな事に構わず、精霊王は各々に魔石を与えた。
アンドリウスの前には拳大の薄黄色い魔石。リカルドの前には掌大の濃い紫の魔石。
そしてドリアには深い口付けを。
しばし瞠目するドリアを精霊王は懐かしそうに見つめ、静かに離れる。
すると泉から光が消え、冷たく刺すような突風が竜巻の如く空へ立ち上ぼり消えていった。
そして三人の時間が動き出す。
動きは止まっていたものの意識はあった。
リカルドは自分の前に魔石が置かれたあと、精霊王が背後のドリアに近づいただろう事を理解し、全身が粟立つ。
何をする気だ?? 姉上は魔術師ではない、どうなってる???
気持ちは急くが身体が動かない。
ようやく動き出した二人が振り返ると、そこには来たときと同じ位置に同じ姿でドリアが立っていた。
だが、その顔は眼を見開き茫然としている。
そしてその額には親指サイズの魔石。オレンジ色に輝くそれを魔術師ならば知っていた。
「精霊王の祝福.....?」
過去に数例だけだが存在した精霊の祝福。
それを受けると、あらゆる幸運に恵まれるという。
記された文献には小指大の魔石とあったが、さすが精霊王。この様子だと、訪れる幸運も桁違いかもしれない。
冷静に現状を分析するアンドリウスの横で、リカルドが顔を真っ青にして、ブルブル震えていた。
「あんの野郎.....っ、ぶっ殺すっ!!」
訝るアンドリウスの前で、リカルドは絶叫する。
彼は優秀な魔術師だ。当然、あらゆる文献に精通していた。
アンドリウスは、精霊の祝福のある記載を思い出し、ああ、とばかりに額を押さえた。
精霊の祝福は、口付けによって与えられるのだ。
「出てこいっ、おらあぁぁっ!!」
悋気を滾らせて泉の水を巻き上げるかのように、リカルドはバシャバシャと魔力を叩きつける。
が、精霊王はおろか、ただの精霊すらも姿をあらわさない。
やれやれと肩を竦め、アンドリウスは、これをどう王太子に伝えるか思案する。
考えれば考えるほど、頭が割れるように痛たむアンドリウスだった。
ドリアは放心したまま微動だにしない。
三種三様の胸中を余所に宵闇の帷が頂を被う。まるで微笑むかのような煌めく星が、三人を見守っていた。
もちろん、嫉妬に狂ったリカルドが帰宅後ドリアに八つ当たりな折檻をした事は言うまでもない。
結婚するまでは婚約者の純潔を守るのが貴族の慣わしではあるが、それ以外なら許される。
リカルドの悋気が爆発し、そのねっとりとした淫猥な手管に一晩中悶絶し、泣き叫ぶドリアだった。
理不尽に合掌。
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