第9話 裏・自棄っぱちのシンデレラ


「婚約?」


 呆けるドリアにリカルドは大きく頷いた。


「すでに申し込みは殺到しております。これは早急に対処しないと不味い状況です」


 現在の公爵はリカルドだが、いずれドリアに譲られるのは周知の事実。婿入りを夢見る乙メンどもが群がるのも致し方無い事。

 男爵、子爵あたりの世迷い言は一蹴出来るが、同じ公爵家や侯爵家らから打診があれば無視も出来ないし、何より王家からの申し込みが来たら厄介だ。


 幸いな事に、それらの家系でドリアに釣り合う年齢の令息には、全て婚約者がいる。


 貴族の婚約は早いから。


 生まれてすぐも珍しくないし、大抵十歳になる頃には御相手が決まっている。

 上級貴族ほど、その傾向は顕著だ。

 リカルドもその内ではあるのだが、当主であった祖父は親子二代に渡り辛い恋愛をしていたため、リカルドに婚姻の強制はしてこなかった。

 平民でも構わない。幸せになりなさいと、リカルドの名前にサンドの頭言葉を入れなかったのだ。


 結果、リカルドにも婚約者はいない。


 申し込みはあったが、リカルドが中継ぎの公爵だと広まった途端に、汐が引くように申し込みも消えていった。


 難しい顔をするドリア。


 良く分かっていないのだろう。


 稀に見るほど美しい姉は自分の価値を全く理解していない。


 実家の街では嫁になるのを強要されるほど男どもの関心を集めていたのに、まったく無防備でハラハラする。

 まあ、本人が銀級冒険者たる強者なので、そういった警戒心も薄いのだろうが、世の中には腕っぷしだけでは抗えない権力者も数多に存在するのだ。


 リカルドはカップをソーサーに戻すと、真正面からドリアを見据える。


「もうじき姉上は学院に入学します。その前に僕と婚約しておきましょう」


「リカルドと?」


 驚くドリアに、リカルドは淡々と説明した。


「僕は遠縁です。姉上と婚約するに問題はなく、さらに現公爵である僕との婚約なら、誰も異議は唱えられないでしょう。形だけで構いません。いずれ姉上に好きな人が出来ても、僕なら祝福して婚約を解消出来ます」


 言われてドリアは納得する。


 婚約などしたくもないが、この二年で培った知識から、貴族であれば政略結婚が当たり前なのをドリアも理解していた。

 平民意識の強いドリアは、好きでもない人との結婚なと考えられないし、したくもない。

 だが周りはそれを認めてはくれないだろう。いずれは誰かしらと婚約せねばなるまい。

 リカルドの言うとおり、他家と婚約となれば解消は難しい。


 形だけ婚約者。これは妙案だと思う。


「でも、リカルドは良いの? 貴方こそ好きな人が出来たら困るのではなくて?」


 ドリアは淑女らしく言葉遣いも滑らかだ。以前の男まさりな粗暴さは成りを潜めている。


 この二年の努力が窺えた。


 ......目の前にいるんですけどね。愛しい人は。


「御互いに好きな人が出来るまででも良いじゃないですか。僕は、この見てくれです。まともな恋愛など、しばらく出来ようもありませんしね」


 高位貴族には稀に魔法を使える者がいる。


 そういった魔力が高い者は、総じて老化が遅いのだ。


 リカルドも例に漏れず、十五歳になったのに未だ十にも満たないような容貌をしていた。

 自分にとっても都合が良いのだとリカルドは言う。

 そして何かを思い付いたかのようにドリアを見つめた。


「僕の婚約者になってくれるなら甘やかしますよ? もうお仕置きはしませんし、学院でも常に不埒な輩から守って差し上げます」


 リカルドの言葉にドリアは瞠目する。


 各家庭教師からあげられた報告で、進みが悪かったり失敗が続いてたりすると、ドリアはリカルドに鞭で叩かれていたのだ。

 手の甲を差し出し、報告を読み上げ、一つにつき一回。じっくり、ねぶるように囁きつつ、リカルドはドリアを打った。

 これは本来、教師がモノの分からない子供にやる体罰だ。

 しかし年齢の事もあるし、公爵令嬢であるドリアに手をあげるなど誰にも出来はしない。

 だから代わりに鞭打つのだとリカルドは言う。


 ピシリと打たれる鞭は容赦なく、最初の頃は泣き出したいくらい痛かった。

 冒険者家業で痛みに慣れているドリアが経験したモノとは全く違う鈍い痛み。

 打たれた瞬間は鋭く裂けるような痛みだが、鞭の本領は、いくつも浮かび上がったミミズ腫れが、長く鈍い痛みをあたえるところだった。

 瞬間的なモノには耐えられても、火傷のように疼く痛みに、思わず泣き出した事もある。

 翌朝、リカルドが癒してくれるのだが、焼けるような鈍い痛みに一晩中苛まれるのは辛かった。


 最近は打たれる事も少なくなったが、あの恐怖は身に染みている。あれが無くなる?


 あからさまにドリアがソワソワしはじめ、淑女らしさを失う。


 気持ちは分かるけど、これもお仕置きものだな。


 この二年でドリアは眼を見張るほど成長した。もう体罰も必要ない。最近は叩かれる事も稀である。


 新たなお仕置きを考えないと。


 リカルドが陰惨な光を眼窟に宿し、獲物を見据えるかのような狂暴な視線をドリアに向けた。


 最初の頃、鞭打たれるのに慣れないドリアが可哀想だった。しかし、これも姉上のためと、リカルドは容赦なく鞭打った。

 自分も幼い頃は教師から良く打たれたものだ。その痛みをバネにして見返してやろうと、必死に頑張った。


 しかし繰り返すうちに、別な感情がリカルドの奥深くを疼かせる。


 姉上の涙眼で堪える仕草や、痛みに戦慄く薄い唇。


 えもいわれぬ興奮をリカルドは覚えた。


 自分に赦される事を望み、潤んだ上目遣いで見上げられた時、リカルドはこれが劣情なのだと初めて理解する。

 涙に濡れた瞳や震える睫毛。赤く染まった頬や吐息を漏らす唇。これらはリカルドが与えた痛みによって引き出されたモノだ。


 扇情的で艶かしい。背筋がゾクゾクする。


 さらにドリアから羞恥や恐怖を引き出すため、リカルドは執拗に貶める言葉を重ねた。

 それとは分からないように、しかし的確にドリアが嫌がるであろう言葉を、真綿にくるむが如く、淡く囁き続けた。

 痛みと共に与えられる恥辱は、それと理解しないままドリアを支配していく。

 種類の変わった涙。舐めるような囁きに、嫌々と首を振れば、さらに鞭打つ。


 まっさらな姉上は、面白いようにリカルドの背徳的なお仕置きに染まっていった。


 未だに理解してはおられぬだろうが。


 痛みと恐怖が羞恥に連動するよう躾られた事に。


 リカルドは夢中だった。恍惚とした愉悦に溺れ、鞭を振るい、毒を囁き続けた。

 不埒な行いは一切していない。それでもドリアの感情を支配した。彼女を泣かせる権利を手に入れた。


 お仕置きはリカルドだけに許された特権である。


 そしてドリアがリカルドを警戒しないのは、この容姿も手伝っているのだろう。

 十にも見えないこの姿では危機感が持てぬのも致し方無い事。


 中身はやりたい盛りの十五歳なんだけどね。


 姉をいたぶり、赤裸々な泣き顔や声を思い出しては夜のオカズにしているとは夢にも思っていないだろう。


 いずれ、とことん思い知らせるけどね。


「どうかな、姉上」


 人好きする笑顔を浮かべ、上目遣いにあざとく御願いするリカルドに、ドリアはさっくり騙される。


「そ、そうね。わたくしにも婚約者は必要だと思うし構わないわ」


 言質頂きました♪


 鞭から解放される嬉しさしかないのだろう。ドリアは浮わついた顔でリカルドを見る。


 鞭はただのオプション。代わりは幾らでもあるのだ。


 婚約したからには、もう絶対に離さない。がんじがらめにして、骨の髄まで従わせて見せる。

 五感すらをも支配して、リカルドしか見えなくなるまで躾てやろう。

 限界まで苦しめ、限界まで甘やかし、リカルドなしではいられないように。


 今はまだ入り口。これからです姉上。僕の愛情を一欠片も残さず捧げますから。....受け取って下さいね?


 ドロドロな劣情を身の内に隠し、リカルドは極上な笑みを浮かべてドリアに微笑んだ。


 翌日、王に謁見を申し込み、数日後、晴れて婚約者となった二人である。


 リカルドの身の内に巣食う知性ある狡猾なけだものを、ドリアはまだ知らない。




☆あとがき☆


 はい、お粗末様です。美袋です。

 

 シンデレラ編完結しました。この後に続編の乙女ゲーム編がございます。

 こちらはちょいと性的要素が高いので、読まれる方はご注意ください。


 では、一旦終わります。ここまでお読み頂き、本当に有り難うございました。


 By.美袋和仁。

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