第7話 祖父と娘と曾孫娘
「なあ? どういう事かなぁ?」
「ここは流石に.....」
見上げる冒険者組の前にはそびえたつ王城。
当たり前のように騎士団の先導を受け、馬車は王宮へと入っていく。
広い玄関で下ろされたリカルドと冒険者三人は丁寧に出迎えられた。騎士らは今回の事態を報告にゆき、玄関にはドリア達四人だけだ。
「申し訳ありませんが、姉上はコレに着替えて頂けますか?」
馬車の中で差し出されたのは地味な上衣とズボン。それにフードつきのジャケット。
踵の低いブーツに履き替え、言われたとおりに馬車の中で着替えると、フードを目深にかぶった。
目的地に着いたのだ。もう貴婦人を装おう必要もない。
降り立った四人は中に進み、神経質そうな従者にリカルドが声をかけていた。
明日の午後、この城の会議場で、亡き公爵の遺言状が公開されるのだと言う。
それは一個人の問題ではなく、大公と呼ばれる人物を見極めるため、王族の方々も同席するのだとか。
「僕の父は公爵家の遠縁に過ぎません。.....祖父の最後の言葉がなくば、継承を辞退する気でもあったんです」
侍女に案内されながら、リカルドはとつとつと話した。
継承を辞退する? なら、なんで、こんなに必死になって王都までやって来たんだ?
眼をパチクリさせるドリアに、リカルドは含みのある笑顔で応える。
「まあ、明日のお楽しみで」
少し遠い眼をした少年は、陰を帯びる瞳でドリアを振り返った。
その仄暗い眼差しは人を呑み込む水面のように、深い澱みを携えている。
触れてはいけない切っ先のような悪寒に身震いし、ドリアは追求する事なく口をつぐんだ。
さすが公爵家嫡男。国王から離宮を一つ借り受け、今夜はそこに泊まるらしい。
王宮なら警備も万全。これで一安心だ。
今回ドリアはドレスアップしていない。
ジェフらとあまり大差ない出で立ちに、リカルドの勧めでフードつきのジャケットを着て、目深にフードをかぶっている。
一見、男か女かも分からない格好だ。
「はあああぁぁ、やっと寛げるな」
案内された離宮で、ようやく冒険者らは肩の荷を下ろした。
ぐったりソファーに沈み込むジェフに苦笑しながら、リカルドは離宮内ならば好きにして構わないと、報酬の金貨をジェフ達に渡していた。
「離宮で過ごすも良し、城下街で遊ぶも良し。ここまで、ありがとうございました」
「今日はここでゆっくりさせてもらうわ。ドリアの事、よろしく頼むな」
「言われるまでもない」
少し不服そうにリカルドは眉をひそめる。
お前らに言われる筋合いではない。まるで姉様の家族のように。
剣呑な眼差しを向けられているとも知らず、ジェフらはドリアと楽しげに談笑していた。
その夜、ジェフらは食事から晩酌まで早々と終わらせ、旅の汚れを落とすと直ぐ様ベッドで高いびきとなり、ドリアは苦笑しつつも、リカルドに誘われて晩餐を共にする。
リカルドの部屋に食事が運び込まれ、給事をするという侍女らを追い出し、並んだ料理を見つめ、彼は顔をほっとさせた。
「もう大丈夫です。ジャケットを脱いでも」
御許しが出たのでドリアはジャケットを脱ぐ。何故かリカルドはドリアが姿をさらす事を警戒しているようだ。
聞けば、王宮には大勢の貴族が出入りしている。誰がしかに眼をつけられでもしたら、そのまま妾や愛人に一直線だ。平民に抗う術はないと少年は力説した。
妾や愛人ね。まあ、良く聞く話だが。貴族らの横暴は今に始まった事ではない。
でも、あたしみたいな山猿をそんな対象に見るかねぇ。
ドリアがそう言うと、二人の会話を耳にしたジェフとゲルドが全力でリカルドの発言を支持する。
「だいたいドリアは自覚無すぎなんだよ、なんでスチュアートがあれだけドリアに拘ったのか理解してないだろ」
「そうそう。街の未婚の男どもが、ドリアをどんな眼で見ていたかも気づいてない。スチュアートが幅を利かせてなかったら、今頃お前の家に夜這いしてる奴らだらけだぞ」
「夜這いって、姉上に?? ちょっ....っ、その話、詳しくっ」
やいのやいのと言い合う男どもに説得され、ドリアは不審者のような姿で王宮入りしたのだ。
二人で食事をとりながら、リカルドは、じっとドリアを見つめる。
平民離れした美しい所作。一口が大きすぎるきらいはあるが、これは育ちだろう。
音もなくカトラリーを滑らせる優雅な動きは見事なものだった。
ここまで案内された時も、凛とした姿で淑やかな歩調。知らず周囲の眼が引き寄せられていた事に本人は気づいておるまい。
ああ、もう、安心出来ない。
早く明日になって遺言書が公開されないと、不安の種がつきなさすぎる。
リカルドは早鐘を打つ鼓動を押し隠し、念願叶うその日を夢見ていた。
そして翌日、ドリアらを伴い、リカルドは遺言状公開の場に足を踏み入れる。
予想外だったようなざわめきが何人かから上がり、それをリカルドの冷たい視線が黙らせた。
「僕がここにいるのが、そんなに不思議ですか?」
辛辣に口角を上げる少年の瞳には欠片の暖かさもない。
まるで爬虫類のように鋭利で据えた眼差しを向け、立会人となった王族に挨拶すると、ある一人の人物に近寄っていった。
とたん、ドリアは眼を見開く。
黒い喪服とベール。数日前とは違う衣装だが、あの顔は忘れない。ドリアに仕事を持ち掛けてきた女だ。
ヤバいヤバいヤバいっ!!
「近寄るなっ、そいつはーっ」
思わずリカルドに向かって走り出そうとしたドリアだが、少年は軽く右手を上げて彼女を止める。
そして何の感情もないガラス玉のような瞳で、その女を見上げた。
「ただいま戻りました、母上」
「は....っ??」
母上っ? そいつがっ??
リカルドは哀しそうに眉を潜める。
「想像の範囲ですがー......」
そこから紡がれた少年の話は、とんでもない物だった。
祖父が床に伏してから、リカルドの周りが不穏な空気に満たされる。何度も事故を装って殺されかけたり、時にはあからさまな刺客が送られてきたり。
母親はリカルドを守るため、誘拐を偽装し隣国へ避難させた。
本人には知らせず間者をつけ、誘拐に見せ掛けたまま、辺境伯を頼り騎士団の派遣を要請する。
これでリカルドは騎士団に救出され、がっちり守られて王都に帰還する予定だった。
だがその計画に歪みが生じる。
リカルドが自力で窮地を抜け出し、王都に向かってきてしまったのだ。
如何にも貴族な馬車や姉弟。情報は敵方にも筒抜けとなり、昨日の襲撃者御一行様らを招いたのだろう。
呆れて言葉もない冒険者三人。
しかし、ドリアはふと別な事が気になった。
「って事は、あんたは、あたしを騎士団に捕らえさせるつもりだった? 何でだよっ、訳を話しておいてくれたら、こんな危ない道行きにならなかったのにっ!! 下手したら、あたし死んでたんだよ??」
「殺すつもりだったんでしょう」
リカルドの無機質な声音に、ドリアの怒りが凍りつく。
部屋の中が水をうったような沈黙に満たされた。
「帰還途中の襲撃。多すぎたとは思いませんか? しかも半数は的確に貴女を狙っていた」
思い当たる事だらけである。ドリアは神妙な面持ちで頷いた。
「襲撃者の何割かは母上の手先かと。その答えは遺言書の中にあります。殿下、御願いいたします」
いきなり話を振られ、殿下と呼ばれた人物が封蝋を割る。
全身真っ白な装束に身を包んだ人物は顔しか出していない。金糸銀糸で見事な刺繍が施された衣装は、如何にも身分が高そうに見えたが、まさか王子だったとは。
彼は封筒から便箋を取り出し、良く通る清しい声で読み上げた。
「ミッターマイヤー公爵家の後継者は、第一に孫である、リカルド・フォン・ミッターマイヤー公爵令息。第二に......孫であるサンドルジュ・サンドリヨン・ミッターマイヤー公爵令息。あるいは曾孫娘であるサンドリア・サンドリヨン・ミッターマイヤー公爵令嬢とする。.....孫? 曾孫娘?? 公爵に??」
「あたしっっ??!!」
騒然とする部屋の中で、リカルドが母上と呼んだ女性が崩折れ、椅子から滑り落ちた。
それを唾棄するような眼差しで睨め下ろし、リカルドは吐き捨てるかのごとく呟く。
「....母は、どうやってか遺言状の内容を知ったのでしょうね。それで、姉上を亡き者にし、僕に公爵家を継がせようとしたんです。殿下、続きを」
驚愕しつつも、王子は続きを読む。
「あー.... リカルドが継承した場合、孫と曾孫娘の捜索を命じる。見つかりしだいリカルドは中継ぎとして、本来の正統な後継者に爵位を譲り、生涯共に領地を治めるよう望む。中継ぎ?」
訝しげな王子に、リカルドは大きく頷いた。
「そうです。祖父が亡くなる直前に、僕もその話を聞きました。元々僕の父は遠縁です。正統な血筋ではないので、譲られても辞退しようと思っていました。けど、姉上の事を知り、考えを変えたのです」
死に逝く公爵の昔話。
公爵は若い頃、奉公に来ていた男爵令嬢と恋に落ちた。
しかし当然身分差があり、歓迎されるものではない。公爵の将来を憂いた男爵令嬢は姿を消し、公爵が必死に探すも見つからなかった。
そんな中、公爵の耳にオレンジ色の髪をした娘の噂が入る。急いで確認すると、そこには男爵令嬢に似た面差しの小さな少女がいた。
オレンジ色の髪は王族の血をひく証。間違いなく自分の子供だと理解した公爵は、すでに男爵令嬢が亡くなっていて天涯孤独の身の上だった娘を強引に引き取り、公爵家に相応しい教育を施した。
だが引き取ってから十年、平民と恋に落ちた娘は、公爵から反対され、駆け落ちしてしまう。
過去に同じ過ちを自分もしたのに、理解してやれなかった。
だが、後悔と絶望に苛まれた公爵の元に、ある日一通の手紙が届く。その中には一枚の写真。
「貴女の御父様を抱く、御祖母様の写真でした」
手紙も何もなく、写真の裏にはサンドルジュ・サンドリヨンと書かれ、公爵は孫の名前だと理解する。
そして季節の変わり目に届く手紙は、公爵の生き甲斐になった。
憑き物が落ちたような公爵は後添えを迎え、日々は穏やかに過ぎていく。
しかし曾孫の写真が十を越した辺りから手紙が止まった。
娘が亡くなった事を覚り、公爵は必死に孫らの消息を探すが、ついぞ見つからず、とうとう自分も床に伏すようになった。
そしてリカルドに託したのだ。どうか孫や曾孫娘を探して、詫びにもならないが、生活に困らないだけの援助をしてほしいと。
出来うるなら、公爵家を継いで欲しいと。
そこまで話すとリカルドはドリアに近寄り、そっとフードを外した。とたんに広がり波打つオレンジ色の髪。その双眸に輝くは黄昏色の瞳。
ざわついていた周囲の人々が息を呑む。
「出会いは偶然でしたが、僕は貴方を知っていました。お帰りなさいませ、姉上」
いきなりの事態に頭が働かないドリアの前で、驚愕から驚嘆の眼差しを浮かべた王子が、バサッと上衣を脱いだ。
そこに現れたのもオレンジ色の髪。
驚嘆に眼を見開いていた王子が、すうっと柔らかく微笑んだその瞳も黄昏色だった。
「その髪、その瞳。王家に連なる公爵家の血筋に間違いはないですね」
室内の温度が一気に上昇する。
少しでもおこぼれに与ろうと集まっていた血縁の人々の眼が獰猛に輝いた。
警戒するリカルドを余所に、ドリアはそんな人々の変化にすら気づいてはいない。正直、それどころではない。
言われている意味がわからない。いや、わかりはするが理解したくない。
脳内のキャパを超えたドリアは、そのまま意識を手離した。
誰か夢だと言ってくれ。
ドリアの儚い願いは、半日後、粉々に打ち砕かれる事となる。
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