第27話 【賑やか】

「お邪魔します……」

 

 『伊藤』の表札を掲げる家へとお邪魔する。

 一応断りを入れて。

 時刻は既に十九時だけれどさすがに夏って感じでまだ夕暮れだ。

 鈴虫の鳴き声に包まれて、玄関の扉を開ける。


「いらっしゃーい」


 後ろから迎え入れてくれるのはあきのお母さん。

 さっきまで車の運転もしてくれてた。

 名前はー……まああきのお母さんで通じるだろう。

 人当たりがよさそうな笑顔を下げた、髪を後ろで一つに結んでいる人だ。

 あきとは……似ているような? 似ていないような。

 なんとなくで隣のあきと見比べてみる。


「かえで?」


「あ、うん。似てるかなって思って」


「どう? わたしとあき似てる?」

 

 あきのお母さんがあきを隣に誘導し、二人横に並ぶ。


「ちょ、ちょっとお母さん」


 あきは少し恥ずかしいのかちょっとモジモジしている。

 なんだろう。


 これが『家族』か。


「目元が似てるかも……」


「ほらほらお客さんに迷惑かけないの。君が……かえでさんか。いらっしゃい」


 並んでいる二人の後ろから身長が少し高めの同じく人当たりがよさそうな笑顔を下げた、喋り方が可愛い人が出てくる。

 身長は一七〇後半、と言ったところだろうか。

 体感クラスの大柄な男の子と同じくらいだ。

 どうしても私の視点だと見上げる形になってしまって中々に情けない絵面になっていそうだ。


「あ、お邪魔します」


「遠慮しないでゆっくりしてってねぇ」


 その体格の割に喋り方はゆったりとしていて、どこか可愛らしい。

 第一印象はゆったりとした落ち着きのある雰囲気の家、だろうか。

 玄関には丁寧に揃えられた靴にあきのお母さんとお父さんのツーショット写真。

 ウェディングドレスを着ているから多分結婚式の時の写真なのだろう。

 うちはそんなのなかったから。

 ……一体何に私は言い訳しているんだろう。

 なんでもない、だいじょーぶ。


「と、とりあえずおいでよかえで」


「はいはーい」


 あきのお父さんとお母さんに頭を下げてからあきに連れられて階段へと向かう。

 あきの部屋は二階にあるっぽい。

 どこの家も子供部屋は二階にあるものなのだろうか?

 チラッと後ろを振り返ると、あきのお父さんとお母さんは見つめあってニコニコとしている。

 絵に書いたような、理想的な家族というのはこういうものなのだろう。

 それはどこまでも尊いものなのだな。


「姉ちゃん帰ってたの?」


「あ、お邪魔してます」


 階段を登り切って向かいの部屋から女の子がひょっこりと扉から顔を出す。

 前髪は目元までかかっているし、身長も私より少し高いぐらいだ。

 妹がいるなんて言ってたっけか。

 恐らく中学生だろうけど、身長をこされているのは複雑な気分だ。

 上から下をさりげなく一瞥する。

 Tシャツに恐らく学校指定の短パン。足や腕は真っ白で日焼けの影を全くと言っていいほど見せない。

 私も長年の引きこもりのお陰で肌は白いけれど、彼女はそれ以上に白く見えた。


「――ッ!」


「あっはる!」


 あいさつしたっきり、『はる』と呼ばれた妹ちゃんはすぐ部屋へと引っ込んでしまった。

 そのまま扉の向こうから声が聞こえてくる。

 シャイなのだろうか。


「お客さん来てるなら言ってよ!」


「何でよ……、まあいいやかえでいこ」


「あ、うん」


 そのままあきはあきの部屋へと私の手を引いて向かっていく。

 視線を感じて後ろを振り向いてみれば、妹ちゃんがドアの隙間からジローっとこっちを見つめていて、何となく手を振ってみた。

 すると妹ちゃんは音を出さずにドアをジローっと占める。

 見なかったことにするのだろうか。

 嫌われちゃったかな、私。

 だとしたらきっとお姉ちゃんが大好きなのだろう。


「はー、ごめんね騒がしくて」


「ん~ん。いいねえこういうの」


 そうぼやーって言うとあきは少し複雑な表情をする。


「その……かえでんちってどんな感じだったの?」


「ん~……まあ、いろいろ」


 言葉選びに迷う。

 色々複雑すぎて簡単には説明できないし、その時は今じゃない。

 その時があきに来るかはわからないけど。


「ほー……これがあきのお部屋か」


 ほとんど無意識に話題を変えている私にハッとするけれど、それは表情には出ていなかった様で安心した。

 女の子だなって思う。

 あきは私と比べてちゃんと女の子してる。

 ちょっと大きめのベッドと本が沢山入っている本棚。

 それに、なにやら小物と人形が沢山置いてある勉強机。

 ほんとに女の子って感じだ。

 何やら大きな姿見もある。

 こういうのって入る前に片付けるから待っててーみたいなのが定番だと思っていたけれど、これを見ればそんなのあきにはいらないか、と納得出来た。

 床にはホコリひとつ無さそうだった。


「あ、あんまり見ないで」


「んー? ベッドの下にもしかして何かあったりー?」


 ふざけるつもりで床に伏せてベッドの下に手を入れてみる。


「ちょ、ちょっとかえで!」


 それに対してあきは結構強めに私を引っ張ってくる。


「さあ、何かあるのかあ?」


「か、かえで!」


「ジョーダンだっ――」


 冗談だって、って言って力を抜いた瞬間あきの元へと引っ張られる。

 結構本気で引っ張ってたのか、私が非力なのか。

 またはどちらもなのかもしれないけれど、あきのもとへ大きく引っ張られ、あきの上へと覆い被さる形になる。


「ご、ごめ――」


 思わず下のあきに向けて謝る。

 するとあきは動揺しているのか私の下で腕を振り回して暴れ始める。

 

「――うっ」


 あきの上に覆い被さる形だったけれど、あきが私を押し出そうとして突き出した掌がちょうどみぞおちの辺りにヒットする。

 いってええ……。


「あ、ごめん」


「だ、大丈夫……」


 痛むみぞおちを抑えながらゆっくり立ち上がる。


「か、かえで」


「んー?」


 少しぎこちない表情であきが声をかけてくる。

 気にしてたりするのかな。


「もっもっか」


「んー? なんて?」


 声も動きもモゾモゾしていて何を言っているのかわからない。

 その動きはまるで風に吹かれてるミノムシみたいだ。

 モゾモゾしてるし。


「もっかい……だけ、その」


「えっ」


 もっかいみぞおち殴らせろってこと?

 え?

 あきってもしかしてとんでもない加虐趣味を持ってたりするのか?


「……ど、どうしても」


「そ、そんなに?」


 そんなに私のみぞおち虐めたいの? この人。

 ……え?

 

「……」


 沈黙が流れる。

 仕方ない。

 私も女だ。一発ぐらい耐えてやろう。

 それであきの何かが満たされるのなら。

 ……冗談だよね? 本気じゃないよね?


「や、優しくね?」


 からかい半分恐怖半分。

 恐る恐る服をみぞおちの上まで捲り、お腹を晒して膝立ちする。

 服従した犬みたいだ。

 まさか本気じゃないだろうし、少しからかってやるつもりだ。

 ……ほんとに本気じゃないよね? 


「……え? え?」


「や、優しくで、お願いします。優しーくね?」


 とんでもない絵面だなあって思う。

 もしこんなとこ見られたらとんでもない勘違いをされそうだ。

 実際とんでもない状況だけれど。


「ちっちが! そ、じゃな――」


「姉ちゃん、お母さんがお客さんにお菓子……って――」


 その刹那部屋の扉が開き妹ちゃん登場。

 着替えたのかさっきのラフな格好とは違い、パーカーにジーパン姿だ。

 妹ちゃんはドアノブに手をかけたまま固まって、視線だけでこちらの様子を察したようだった。

 わかりやすくお菓子をぼとっ、とその場に落として一瞬真っ赤になったあとドアを勢いよく閉める。

 ちょっと似てるかも、今の紅くなり方。


「……」


 扉が閉まってから数秒して、何となくあきの元へ視線をやるとあきは顔面蒼白だった。

 本当に表情がコロコロ変わる。

 とんでもない勘違いをされるなあ、これは。


「……」

 

「ち、違うの! はる! 聞いて!」


 正気を取り戻した様子のあきが慌てて閉まってしまった扉の前へと縋るようなポーズで声をかける。

 その言い方だとますます誤解を呼びそうだなあ、と内心少し楽しんでいる私がいた。


「お、お姉ちゃん。……そういうのはその」


「違うの! 待って、違う!」


「……ノックしなくてごめんっ」


 扉越しにドカドカーって音を上げながら勢いよく妹ちゃんの声が遠ざかっていく。


「……えっと続き……する?」


 言葉に困ってとりあえずなにか喋ってみる。

 ……尚更勘違いされそうな言葉だなこれ。


「かえで……違う……」


 あきは顔真っ赤で涙目だし、実際少し潤んでるし。

 心なしか少し震えている気がする。

 さて……どうしよ。

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