第10話 家族以上友達未満
どんな顔で、どんな言葉を言いながらかえでの部屋に入ればいいんだろうか。
いや、言い訳事態は既に考えてあるんだけど……。
気まずくて部屋の扉を開く勇気がない。
そんな調子で顔を洗ってから部屋の前で狼狽えること約三十分ほどたっただろうか。
かえでから声かけてくれないかな~なんて、思ってたら、結構時間が経っていた。
くそお……そろそろ覚悟を決めるか。
さあ、行けあき。
悪いことをしたわけ……ではないはずだ。
それに、かえではこんなんでわたしを嫌いになったりしないと思うんだ。
そうだろあき。
よし行け、あきよ……と、一人で意気込んでいたのだが……タイミングとは噛み合わないもので、かえでの部屋のドアが開く。
「あっ、あき。ずいぶん遅かったね」
「ちょっと道に迷ったっていうか……」
無意識に下を向いてしまう。変な言い訳だな、って自分でも思う。
これじゃ本当に何か悪い事をした人みたいだ。
「ただの一軒家で迷うって……苦しい言い訳だなあ。どうせ、言いづらくてドアの前でぐるぐるしてたんじゃないの?」
さすがかえで、図星だあ……。
「うぐっ……」
思わず喉から声がこぼれる。
「別に悪気があったわけじゃないのはわかってるから。いいよ、別に。気にしなくて」
「でっでも、ゆっくり話をしようって……」
「あー、そんなこと言ったっけ? それでもいいよ。あきの言い訳を聞くのも面白そう」
ニヤニヤしながらかえでが言う。
やっぱりかえではかえでだった。
かえで、という形容詞がある訳では無いけど、とにかく――かえではかえでだった。
少し安心する。
「言い訳といいますか……なんと言いますか……」
「そんなシドロモドロしながら言わなくても……本当に悪いことした人みたいになってるよ?」
さっきそれわたしも思った。
かえで的には悪いことのカウントに数えられないのだろうか。
まあ確かに。
女の子同士で添い寝しただけだ。
友達同士ならよくあることなのかもしれない。
「ま、まあ……確かに悪いことでは……ないか」
「そ~そ~。それに看病ありがとね。私よく体調崩すの」
「確かに、かえでは虚弱って感じがする」
「私の体が貧相とでも? その割にはずいぶん気持ちよさそうに抱き着いてくれてたみたいだけど」
わたしをからかう時のかえでは、本当に楽しそうだ。対象がわたしなのがちょっと不服だけど。
「確かに、抱き着きやすかったなあ……」
たまにはやり返してやる……!
開き直る形なのが情けない。
「あ、じゃあやっぱりわざと抱き着いたんだ」
「ちっちが!」
くそお……何をやってもかえでには勝てない気がする。
いつもわたしはかえでの手のひらの上だ。
それでも悪い気はしないのがかえでの不思議なところ。
「とりあえず、部屋入んなよ。立ち話もなんだしさ。それに私、立ってるの疲れちゃった」
「あ、うん」
まあでも、よかったかな。
かえでは意外と気にしてないみたいだし。わたしが気にしすぎたみたい。
女の子同士だったらあれぐらい普通によくあることなのかもしれない。
そういった経験がわたしには酷く欠落している。
かえでにとって、こう言ったことは当たり前なのかな。
少し悲しい気持ちになる。
……悲しい気持ち? なぜだろう。
なんで悲しい気持ちになるのだろう。
この気持ちの理由……というのはかえでと一緒にいればいつかわかるのかもしれない。
こんな気持ちになるのはかえでと一緒にいるときだけだし。
「あきワールド終わった?」
かえでに耳元で囁かれ、人の言葉では言い表せないような悲鳴を上げる。
「ふふ、やっぱりあきは耳が弱いよね」
「……というかわたし、また自分の世界に入ってた?」
「うん、あきワールド全開だったよ」
「あきワールドって……」
「どんなこと考えてたの?」
「かえ……何でもない」
思わず口走ってしまいそうになった。両手を振って慌てて隠そうとする
ん? なぜ隠そうとしたんだ? わたし。
「ほらそこ、またあきワールドに入らない」
「んぐっ!?」
頬を引っ張られた。
「ちょっとぉ……」
「だって私の顔ボケーってしながらずっと見てるんだもん」
「うそ、ごめん」
「ん~。あきワールドで何を考えてたか聞いたのに、またあきワールドに入っちゃうんだから」
少しいじわるそうにかえでが言う。
「何でもないこと」
「どんな?」
「ほんとになんでもないこと」
「もしかして、私に言えないようなこと考えてた?」
水を得た魚のようにかえではニヤニヤし始める。
ほんとにかえではわたしのことをからかうのが好きらしい。
「なんでもない! ……いつか話すよ」
「ちぇ~」
そのいつかが来ることはあるのだろうか。
その時はきっと、わたし達はもっと違った関係になっているんだろうな。
そしてかえでも全然気にしてなさそうだ。
かえでは言ってることと態度が違うことが多い。
「あ、そう。言い忘れる前に言っとこ。ありがとね、あき」
「え?」
「わざわざ私んちに来てまで看病してくれたでしょ。薬も買ってきてくれたし。いくらした? お金返すよ」
申し訳なさそうにかえでは言う。
「いっいや! お金はいいよ。わたしがしたくてしたんだもの、気にしないで!」
「でも私返せるようなものないよ? 何かお礼はしないとむずがゆくて気持ち悪い」
「だったら! えっと、その」
やっぱり根はいい子なんだよな、かえでは。
それよりチャーンス!! 連絡先めっちゃほしい!
「お、何か私に返せそうなものあった? もっかい添い寝でもする? 抱き着くのは…···う~ん」
「いや、それは約束……」
「約束? あ、あ~……そんなこと言ったっけ?」
すっとぼけるふりをして、わざとらしく両手を上げながらかえでが言う。
「言ったよ!」
「なるほどね~。私との約束ちゃんと覚えてて添い寝したんだ。でも抱き着くのは約束のうちに入ってたかな?」
「サービスってことで……」
「ふふ、まあいいよ。で? なんか返せそうなものある?」
「れ、連絡先! 交換してくれませんか!」
「あっ、そんなんでいいの? そんなのただで上げるのに」
「え? いいの? ほんと!?」
嬉しくて声が上擦ってしまった。
「ん、むしろ私のがびっくりだよ。連絡先そういや交換してなかったもんね」
「や、やった! よかったぁ……」
「そんな喜んでくれるのか……。言われればあげたのに」
「体調悪かったら言ってよ! どこからでも駆け付けるから!」
「ん~」
いつも通りのかえでって思ったけど、少し嬉しそうな顔になった気がした。……気のせいか。
「なんかあきってお母さんみたい」
「お母さん……。あっ」
かえでのお母さんは……。
「あ、もしかして知ってた? いや、気にしないでよ。お母さんのことは」
「いや、ごめん」
「全くあのおじいちゃんもお節介なんだから……」
どう反応するのが正解なんだろう。
上辺だけの言葉なんて、きっとかえでは何度も言われてきている。
「私から話題振ったのに~。そんな顔しないでよ。あきは笑顔が一番似合うよ? それと困ってる顔も」
「またわたしのことからかった!」
かえではそんな私に気を遣ってくれてるのか、いつもの調子だ。
やっぱりかえではとても良い子なんだな、って思う。
とっくにかえでの中ではけじめがついてるのかもしれない。
「そ、その……かえでのお母さんってどんな人だった?」
「う~ん。優しいお母さんだったよ。私が体調崩すたびにずっと看病してくれてさ。隣で一緒に寝てくれて、私はそれに抱き着いてた。……今回は抱き着かれる側だったけど」
「そっか……いいお母さんだ」
「ね。いいお母さんだったよ」
沈黙が続く。
なんでもなさそうに言うけど、その表情はどこか少し暗い。
かえでのそんな顔は見たくない。
「わ、わかった! わたしがかえでのお母さん……にはなれないけどお姉ちゃんになる!」
「な、なに突然」
少し声が大きすぎた。かえでがちょっとびっくりしてる。
「ご、ごめん。でも、かえでの家族になりたいなって」
「……ふっふふ。なんか愛の告白受けてる気分」
「そんなんじゃないけど……」
「ん〜ごめん、あき。ちょっと外出てもらってていい?」
満面の笑みでかえでが言う。
でもかえでは笑っていないように見えた。
根拠はない。
でも、そんな気がした。
それに、今はわたしがいちゃいけない気もした。
昔から周りに合わせて生きてきた。
大事なとこで空気を読むのは得意だ。
「っていうか、ごめん。わたし帰るね。連絡先交換できたし、何かあったら連絡するし、連絡してね」
「……ん。それじゃ、またね」
「体に気を付けて。また」
髪もボサボサのまま、かえでの家から出る。
親に連絡をし、迎えを呼ぶ。
これでいいと思う。
距離感を間違えた行動を、わたしはしがちだけど大事なとこで間違えちゃだめだ。
かえでと一緒に過ごしてきて、自分の心についてほんとになんとなくだけど、少しわかった。
わたしはかえでと一緒にいたいんだと思う。
理由は少しだけわかってきた気がする。
かえでといるとわたしはいつも、ありのまま”伊藤あき”、として生きられる……そんな気がする。
だからこそかえでと一緒にいたい。
本心ではかえでの事をどう思っているかは分からないけど。
それに、そういった自分の大事な事……例えば、立場や生き方なんてものは、案外他人が勝手に決めてくれてる。
わたしの本心だってきっとそんなもんだろう。
かえではわたしのことを正しく見てくれる。
だから、一緒にいたい。
あれ、これが本心なのかな? ま、そんなもんか。
わたしは今日も矛盾を抱えて生きていく。
矛盾を解消する気はない。
何故かって? めんどくさいから。
それに、わたしは矛盾しないと生きてけない。
それだけ。
――少し誰かさんに似てきたな、って一人笑ってしまった。
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