35
群衆。これだけの数がいったいどこに潜んでいたのかと驚かされるほどの〈朱鼠〉たちが、ぞろぞろと洞窟の奥へと進んでいる。
彼らの向かう先には、豪華に彩られたアーチ状の構造物が聳え立っている。〈隧道祭〉の会場の入口だ。歌うように声を張り上げている者、器用に皿を回したり玉を投げ上げたりの芸を披露している者、息を合わせて踊っている者……それらの横を行き過ぎて受付を済ませると、入場者の証である飾り紐を貰える。期間中はそれを手首に巻いておく仕様だ。
「君たちは出演者なんだね」名簿らしきものを眺めながら、受付役の〈朱鼠〉が言う。「一等目指して頑張って」
私と小紅の紐は金色だった。同時に手続きをした〈朱紋様〉の面々は赤である。出演者と一般客を色で区別しているらしい。
門をくぐってすぐの広場には、飲食物や土産物を売る屋台や露店が集中している。ごく普通の品も多いが、なかにはここでしか食べられない珍味もあるという。私と小紅はさすがに試す気にならなかったのだが、コウさんと蘭さんは手足の付いたままの奇怪な生き物の丸焼きを買って食べていた。〈朱鼠〉にとっては美味しいのだろうか。
「舞台はあそこだ。あたしたちは客席から見てるよ」
と栄さんが私たちの肩を叩く。その背後に並んだコウさん、蘭さん、聖さんもそれぞれに頷いてみせた。
覚悟を確かめ合うように、私は小紅と視線を交わした。しっかりと手を握り合うと、〈朱紋様〉のみなと別れて舞台のほうへと歩き出した。
「私たちの出番は――わりと前のほうだね。もう緊張してきたかも」
「更紗は緊張しいなんだ」
「うん、かなり」
「〈朱紋様〉ってふたり一組で客の相手をするじゃない? 後輩の緊張を和らげるのは先輩の役目なんだって。おまじないをするらしいよ」
「へえ。どんな?」
小紅はきょろきょろとあたりを見回し、それから小声で、「ここじゃできない」
「どこなら大丈夫?」
うーん、と彼女は悩ましげな声をあげた。なにか複雑な手順が必要な呪術なのかもしれない。ややあって、
「その――更紗がよければ場所を探すけど」
「遅れると拙いから、いいよ。もっとお手軽なおまじないにしよう。掌に人の字を書いて呑むの」
私たちはいったん手を離し、それぞれにおまじないをしてから再び手を繋ぎなおした。おまじないそれ自体より、こうして小紅とやり取りを交わすほうが、よほど効果があるような気がした。直前にじたばたしても仕方ない。やるべきことを、ただやるしかないのだ。
舞台の傍にいた係員に手首を見せると、私たちは簡易的な控室に案内された。ただ支柱に布を張り渡して作った仕切りの内側に、敷物がしてあるだけの空間である。ただ舞台の様子はよく見えた。特等席と言ってもいい。
すでに集まっていた他の参加者は全員が私たちよりも年上で、風貌も衣装も華やかだった。何度となく参加している人たちなのだろう、勝手の分かった様子で落ち着き払っている。
「今年の〈朱紋様〉組はずいぶん可愛らしいんじゃない? 栄の趣味が変わったの?」
びっくりするほど妖艶な雰囲気を纏った女性に、そう話しかけられた。とろりとした目つきで私たちを眺め渡している。視線だけでも背筋がぞくりとした。
「子供に客を取らせる気はないって、前々から公言してたのに。店がさすがに苦しくなってきた?」
「私たち、〈朱紋様〉ではただの雑用係なんだけど」と小紅が頑なな調子で応じる。この種の女性に対しては、基本的に警戒心を抱いているらしい。
「そうなの? 雑用を晴れ舞台に立たせるなんて――よほど人材が枯渇してるの?」
ふん、と小紅が不機嫌そうに鼻を鳴らした。「言ってれば。私たちがとんでもない天才の可能性だってあるでしょ?」
「まあ、ね。でもそうは見えないかな。今の〈朱紋様〉で見込みがありそうなのは――」
顎に人差指を当てながら、中空に視線を彷徨わせる。そののちに発せられたのは、意外な名前だった。
「――聖かな。あの子は度胸がある」
じゃあね、と手を振って、女性は一方的に離れていった。こちらには興味を失ったのか、すぐに別の集団と合流して談笑を始める。彼女がつけていたらしい香水の、甘い匂いだけが私たちのもとに残った。
「あいつ、たぶん〈花櫓〉の奴だよ」と小紅が囁きかけてくる。「栄に聞いた。〈朱紋様〉の商売敵。向こうは〈牡丹燦乱〉と懇意で、いろいろ融通されてるって話」
「〈牡丹燦乱〉と?」
「うん。だから審査員にまで手が回ってる可能性はある。普通に芸を競ったんじゃ勝ち目がないかもね、いくら私たちが天才でも」
いつの間にやら小紅のなかでは、そういうことになっていたようだ。なんの天才なのかと問うことはしなかった。彼女の自信に満ちた言動は、いつでも私に勇気を与えてくれる。ふたりならば前向きでいられる。そう思える自分を、私は好きになりつつあった。
「でも今回はとっておきがある。私たち、上手くやれるよね」
「当然。〈祭火隧道〉じゅうの度肝を抜いてやれる。〈花櫓〉も〈牡丹燦乱〉もまとめてひっくり返るよ」
花火のような地鳴りのような音が轟いたかと思うと、舞台のほうがどっと騒がしくなった。いよいよメインイベント――参加者面々による芸の披露が始まるのだと分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます