19
私は独りきり、ただ座り込んで考えを巡らせていた。三十分という時間を設けたのは、小紅の酔い覚ましのためだろうか。あるいは――。
やがて襖がひとりでに開き、小紅が歩み出てきた。まだ酔いが残っているのか、どことなく足取りがぎこちない。頬も紅潮したままだ。彼女が私の隣に立つと、仄かに馥郁とした香りが漂ってきた。
「ごめん、私も負けちゃった」と小紅に告げる。「小紅みたいな勝負はできなかった。ぜんぜん駄目だったの」
「どんな勝負だったの?」
「輪投げ」
「次、勝てばいいんだよ。ふたりなら勝てる」
言葉が力強い。酔いに後押しされている面はあるのかもしれないが、戦意に満ち溢れている風情だ。
お馴染みの暗闇、そしてずるずるという音とともに、巴さんが戻ってきた。最終戦のために特別な用意があるのかと思っていたが、一見、部屋はそのままである。
小紅の顔を一瞥するなり、巴さんは心配げに、
「まだ顔が火照っているようだが、水を運ばせようか」
「あなたのはいらない。更紗、なにか飲み物持ってたよね。ちょうだい」
どちらに対しても有無を言わさぬ口調だった。私はリュックサックに手を入れながら、「さっきのお茶しかないけど――」
「それでいい」
「私の飲みかけのだけど」
「いい」
やむなくペットボトルを出し、蓋を開けて手渡した。彼女は平然と飲み口に唇を当て、咽を鳴らして飲み干した。それから巴さんに向き直り、
「始めよう。最後の勝負はなに?」
「そうだな」と彼は空中に視線を彷徨わせた。「事前に考えていたこともあったんだが、実を言うと、変えたほうがいいような気がしている。君はその調子の酔いどれだし、人の子は人の子で、飲むも食うも体を動かすも苦手のようだ。もう少しなにか、君たち向けのものが――」
「私は酔いどれじゃない」即座にそう否定したのち、小紅は私を振り返り、「更紗も言って」
「小紅は酔いどれじゃない」
「そうじゃなくて。飲むも食べるも運動も、できないなんてことないって」
私は黙った。実際にできないので、黙るほかなかったのである。給食も昼休み間際まで時間をかけて食べているし、運動に関しては輪をかけて酷い。
「ほら、更紗」
「一学期の体育、二だったもん」
「よく分からない。それ、駄目なの?」
「だいぶ駄目」
「だとしたって、今は〈兎面〉があるでしょう。飛んだり跳ねたりはできるはずだよ。忘れてない?」
忘れていた。「飛んだり跳ねたりは少しできるかも」
私たちのやり取りに、巴さんは呆れたように笑い、
「ならばふたりで飛んだり跳ねたり走ったりするかい? それでも私は別に構わないが――いや、この部屋で反吐は拙いな。やはり駄目だ。やめよう。ふたりとも座れ」
「吐かない!」と小紅は抗弁したが、巴さんは聞き入れなかった。うるさげに手を振って制すると、
「座れと言っただろう。ここは私の家だ。そしてこの勝負を主宰しているのは私だ。私の案を呑めないのであれば、ここで打ち切る。腕時計の話はなしだ」
私はすぐさま、小紅はしぶしぶといった調子で、座布団に腰を下ろした。彼の持つ情報は貴重だ。つまらない意地を張って、むざむざ逃すわけにはいかない。
「それで、なにが私たち向けなの」と小紅。「いんちきする気じゃないよね」
「しない、しない。したこともない。それでは最終戦に入ろう。最初は飲み、次に体を動かした。ならば最後にこいつはどうだろう――知恵比べ」
言いながら、巴さんは自らの蟀谷に人差指を当てた。こつこつと軽く叩いてみせながら、
「私が問答を出す。ふたりで相談し、ひとつの答えを出す。それが正解ならば君たちの勝ちとする。私は潔く、君たちの求める情報を提供しよう。どうだね」
私は小紅と目で頷き合った。
「分かりました。問題をお願いします」
「よし。君たちは〈蒐集家〉と会ったわけだから、きっと聞かされたことと思うが、いま見せているこれは仮の姿だ。本当の姿は滅多に見せない。そこで私が――私たち一族が何物なのかを、君たちに突き止めてもらいたいのだ」
私は瞬きを繰り返した。それが問題? 正体不明の一族の正体を特定することが?
「この部屋を出てはいけない。君たちふたりで会話をするのは自由だが、回答はひとつ、一回きりだ。そして正体を探るための私への質問は禁止だ」
「本気なの? 本気でそれ、公正な勝負になると思ってるの?」
小紅が声を荒げたが、巴さんは変わらず飄然としていた。薄笑いのまま、まったく瞬かない瞳で私たちを見返すばかりだ。
「これは親身の忠告だが、腕ずくで聞き出そうとするのも無駄だよ。私たちは君たちよりも強い。傷つける気はないが、あまり暴れるようなら眠ってもらって放り出す」
脅しではないのだと分かった。私がゆっくりと頷くと、彼は満足げに、
「時間制限はない。ゆっくり考えたまえ。答えが決まったら、天井に向けて叫んでもらおう。それで私に通じる」
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