ギフテッド

@BJ_Note

プロローグ

 俺には才能がない。


 誰に限らず、それは一度どこかで味わうであろう能力の壁。そいつを前にして人は僻むのか妬むのか、あるいは自身の才覚を信じて挑み、敗れるのか打ち勝つのか。いずれにせよ、才能のある人間というのは、それ相応の報いというのがあってしかるべきだ。

 だって、そうでもないと、とても俺の人生と釣り合わないじゃないか。

 ズブリと横腹にめり込む見覚えのある包丁。地面に押し付けられるように、ぐしゃりと倒れる。ドクドクと流れる赤い河は、もう止めようがないほどに広がり真っ赤な海が畳に染み込む。その彼方には、かつて愛した女の影がぬらりと現れ、人を罰するような、それでいて悲しんでいるような、歪んだ愛情を感じさせる。そんな狂気の眼差しで俺を見届けている。


 目を見て思った。

 なぜこんな事になったのかを。


 なんだ、泣いてんのか。

 ああ、でも、ごめんよ。

 俺は何もしてあげられなかったな。


 そうだ、忘れていた。


 たとえ、才能とやらに挑んで敗れたとしても、二人一緒にいれば、窮屈で大変かもしれないけれど、何の当たり障りもない、そんな普通の未来を思い描くことも出来たことを。

 そんな普通の事さえ気づけずのまま、彼女を幸せにできない恐れや重圧に耐え兼ね、嘘まで言って一方的に傷つけた。


 俺はバカだな。


 顔も知らない誰かを妬む前に、さっさと幸せになれば良かった、と相葉祐希あいばゆうきは今際の際で悔いる。

 夏のに響く蝉の鳴き声が、いつまでもいつまでも鳴り止む事はなかった。





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