第十話 仲間

 ——八方から響く跳躍音。正面に姿を捉えた頃には、剣閃が背後にある。


 なんとか弾いたものの、その音が耳に届く時にはもう次の一撃が眼前に迫っている。


 相も変わらず、超人的な身体能力だ。これに殺気が加わればどうなるか、想像するのも覚悟が要る。


「……驚いたな」


 目の前に立つ騎士が、感心したような声を上げる。


「ありがとう……ございます……っ!」


 剣と剣がぶつかって、耳が壊れるくらいの轟音が鳴った。石畳みが砕け散って、煙が上がる。


 反動に身を任せて、身体が回転させる。回る視界の中で、次の一撃が最後になる予感がした。


 踏み込みの音が一つ、風を切る音が二つ。刹那を切り拓いて、剣閃が交差する——


 そうして、二本の剣が空を彷徨った末に地面に突き刺さった。


 少し、悔しい。明日でこの塔を出るというのに、最後の最後まで勝つことが出来なかった。


「……ありがとうございました。俺の——」

「私の負けだな」

「えっ……」


 そう言って、騎士はゆっくりと兜を取った。


 初めて見た、彼の素顔。岩より険しい顔つきに、刻まれた数え切れないくらいの傷痕。水のように澄んだ銀の瞳は、本当に何もかも貫いてしまいそうなくらいの鋭い眼光を放っている。


「お前はずっと、私が加減していると思っていたのだろう。だが……実際のところ、私は本気だった。傷付けまいと、無意識の内に加減していたのはお前の方だったのだ」

「嘘は、苦手なんですね」

「本心だが」

「顔に出てますよ」

「……そうか。難しいものだな」


 騎士は少しだけ顔を赤くして、笑った。どこかぎこちなかったけれど、誰よりも優しそうに見えた。


「……あっ」


 押し殺したような声と一緒に、ガタッと扉に何かがぶつかる音がした。


「誰ですかね?」

「……私もお前も、てんで変わらんな。道具屋、そんな所で盗み聞きなどしていないで、入ってきたらどうだ? 明日で別れだというのに、後悔など残しても仕方があるまい」


 しばらくの間があって、扉が開く。そこには騎士の言う通り道具屋が立っていたが、その顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。


「え……ど、どうしたんです!?」

「なんでもねぇ……ただゴミが目に入っただけなんだよぉ……!」

「嘘をつくな。ただ、涙脆いだけだ」


 横から、騎士が鋭く答える。


「うるせぇ騎士! 俺……儂はぁ!」

「気持ちは分からんでもないが、話したいことがあるなら早急に話せ。時間は有限だぞ」

「……そうだけどよ! そうだな……」


 うずくまって、深呼吸をする道具屋。それから意を決したようにその顔を上げた。


「——聞いたよ、明日出るんだって?」


 いつも鍛冶屋と喧嘩をしている時とはまるで違う、今までに聞いたこともないような口調だった。


「あ、はい。そのつもりです」

「だから、別れを言いに来たんだ。今までありがとうってさ」

「……自分は何も、お礼を言われるようなことはしてませんよ」


 正直に答えると、道具屋は首を横に振った。


「そういうところだよ。俺は弱い奴だから、代わりに頑張ってくれてる勇者に礼が言いたかったんだ」

「……そうですか。なら……素直に、ありがとうございます」


 胸が熱い。なんだか、今の言葉をずっと昔から知っていたような気がした。


「一応、道具屋の名誉の為に言っておくが——」

「ちょっと待て! やめろ! 語るな!」


 制止を振り切り、騎士は続ける。


「この男は涙脆く、酒に弱く、挙句の果てにとことん押しに弱い奴ではあるが……誰より情に厚い。友の為なら地位も名誉も財産も何もかも投げ捨ててしまえるし、心の機敏に敏感な本当に優しく強い奴だ」

「あぁ……もう……」

「騎士さんと道具屋さんは、長い付き合いなんですか?」

「そうだ。私と道具屋、鍛冶屋は共に死線を潜った仲でな。お互いに何もかも知り尽くしている」


 初めて聞いた。そもそも、騎士がここまで饒舌に話すこと自体、今までに無いことだ。


「まあ……儂らのことが聞きたきゃあ、鍛冶屋の奴に聞きな。この後、飲むんだろ?」

「はい」

「お前なら大丈夫だとは思うが、潰れないように気をつけろ。鍛冶屋は酒豪だからな。仲間内で宴会は良くやったものだが……ついていくので精一杯だった」


 すっかり元の調子に戻った道具屋と、騎士が目を合わせて頷き合う。


「分かりました。じゃあ、そろそろ失礼します。こちらこそ、今まで本当にありがとうございました」

「ああ……最後に一ついいか?」

「なんです?」


 道具屋が、少しだけその丸っこい目を細めた。


「鍛冶屋を任せた。あいつは絶対に弱音吐かないけどよ、誰よりも背追い込んじまう奴だから」

「私からも、宜しく頼む」

「……はい。任されました」


 自分には少し荷が重いようにも思えたけれど、精一杯笑って答える。


 それから二人と握手を交わして、稽古場を後にした。

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