第23話

 本番前日になっても私は自分の気持ちを込めるセリフが言えないでいた。私が舞台上でセリフを言お言うとしているのを知っているのは愛莉ちゃんと若井先生だけで、奥谷君はもちろんしないし、朋花ちゃんや杏子ちゃんもみんな知らないのだ。

 最初は皆の前でセリフを言うと宣言しようと思っていたのだけれど、愛莉ちゃんも若井先生も私が本当にセリフを言えるのかどうかわからない以上、無理に宣言をして自分を追い込むのはやめた方がいいということになり、本番前日になっても私を入れて三人以外はその計画を知らないままであった。

 そもそも、本番前日になってもセリフが決まっていないこの状況で私が舞台に立って何が出来るのだろうと考えていた。もちろん、私が何かしているところを思い浮かべることなんて出来なかったのだ。


「いよいよ明日から本番ですね。去年までは一回しか泉先輩の晴れ姿を見られなかったけど今年は四回も見られるなんて幸せですよ」

「四回あるんだから他の所を見に行ったって私は気にしないよ」

「そうかもしれないですけど、私は今年で最後だと思うと一回も見逃せないんです。初めて泉先輩を見かけた時からずっと私は泉先輩のファンなんですから。泉先輩のファンの私が泉先輩のラスト公演を見逃すことなんて出来ないですもん」

「嬉しいことではあるけどさ、せっかく二日間もあるんだから色々楽しんできた方がいいと思うけどね。高橋君だって朋花ちゃんと一緒に色々見て回りたいって思ってるんじゃないかな」

「いやいやいや、なんでここで真吾の話が出てくるんですか。泉先輩は勘違いしているみたいですけど、私と真吾って何の関係でもないですから。クラスメイトで同じ演劇部員ってだけですからね。そりゃ、泉先輩と奥谷先輩みたいに幼稚園からずっと同じクラスの幼馴染だったとしたら意識してたかもしれないですけど、私は真吾と出会ったのって最近ですからね。最近」

「その割には仲が良いと思うんだけどな。別にさ、高橋君の事を嫌いってわけでもないんでしょ?」

「まあ、嫌いかって言われたら嫌いじゃないですけど」

「好きって事かな?」

「違いますよ。嫌いじゃないだけで好きじゃないです。真吾は私の事を好きだと思いますけど、私はそうじゃないですからね。私は泉先輩のファンであると同時に奥谷先輩のファンでもあるんです。だからこそ、今年の四回公演は一回たりとも見逃すことが出来ないんですよ」

「もしもだけどさ、学校祭の前に高橋君に告白されたら付き合うの?」

「学校祭前にって、今日しかないじゃないですか。そんなのされても答えなんてすぐに出せないですよ。それに、真吾は告白するようなタイプじゃないと思うんですけど」

「でもさ、私だって人に告白できるようなタイプじゃないって知ってるよね?」

「はい、短い付き合いだとは思いますが、泉先輩は自分から何か積極的に行動するタイプじゃないと思います。あ、これは悪い意味ではないですから」

「どう聞いても悪い意味としか受け取れないんだけどな。でもさ、そんな私でも信寛君に告白して付き合うことは出来たんだよ。それってさ、性格とか関係なく好きだって気持ちが前面に出ていたからじゃないかな。私はそう思うんだよね」

「でも、あの時って山口先輩が泉先輩の事をたきつけていたからのような気もするんですけど」

「そうかもしれないけど、結果的には私みたいなタイプの人でも勇気を出せば告白だって出来るって事なんだよ。あの時はさ、愛莉ちゃんの言ってることを完全に信じていたと思うんだけどね、もしかしたら騙されていたのかもしれなって思うこともあったんだよ。でもさ、私はどんな時でも愛莉ちゃんの事は信用しているからこそ愛莉ちゃんの言葉を信じて自分の気持ちに素直になることが出来たんだと思うな。そうか、あの時の気持ちを思い出せばいいのか」

「え、どうしたんですか?」

「ごめん、何でもない。こっちの事だった。でもさ、勇気を出して告白してくれたとしたらさ、ちゃんとそれに応えないとダメだと思うよ。言いも悪いちゃんとした答えを出してあげてね。保留されちゃうと凄く悩んじゃうと思うからさ」


 朋花ちゃんと話をしたことで私は信寛君に告白した時の気持ちを思い出すことが出来た。あの時も必死になって視野が狭くなっていたかもしれないのだけれど、それでも私は自分の気持ちを素直に伝えることが出来たと思う。いや、綺麗な言葉で伝えることが出来たかは疑問だけれど、想いだけは伝えることが出来たはずだ。


 今頃高橋君は朋花ちゃんに告白するための機会をうかがっているのかもしれない。高橋君も私達の舞台を楽しみにしてくれているのだけれど、今年は私達が卒業前最後の公演であるという事もあって、朋花ちゃんの隣で一緒に見たいと私と信寛君に相談してくれていたのだ。隣に座ってみるだけなら何もしなくても自然に出来ると思うのだけれど、高橋君は朋花ちゃんに告白をして恋人同士となって私達の舞台を見たいというのだ。

 他にも高橋君のようにカップルで私達の舞台を見てくれる人がいるのかもしれない。願わくば、朋花ちゃんと高橋君もそのカップルたちもみんな幸せになってくれるといいな。その為にも、私は自分の想いを信寛君に届けたいと心から思っていた。高校生活最後の年でもあるし、最後くらいは勇気を振り絞って今までの自分とは違うところを見せられたらいいと思う。

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