第22話

 あと一週間で舞台も本番を迎えるのだが、私は舞台に立つ上での準備を何もしていなかったことを改めて思い知らされた。私が今までしてきた準備といえば、信寛君の衣装作りをメインに何人かの衣装を手直ししてみたり、小道具をみんなと一緒に作ったくらいで、舞台に立つ準備は何もしていなかった。

 私の役柄的にただ黙って立っているだけでいいのだけど、それでも何かしらの準備は必要だと思うし、今のままでは信寛君にだけ負担をかけることになるんじゃないか。そう思って愛莉ちゃんと若井先生に相談してみたんだけれど、二人の答えは何の準備もしないで自然体でいいんじゃないかな。というものだった。


「泉はさ、人前に立つのが苦手だろ。私はそれを知っているからセリフのない役を考えたんだよ。もちろん、泉が何かセリフを言いたいって言うんなら私はそれを喜んで考えるよ。でもさ、今はセリフをちゃんと言うつもりだったとしても本番になって自分に視線が集まった状況でちゃんと言えるって自信はあるのかな?」

「そう言われちゃうと自信はないけど、でも、やってみたいとは思うんだよ。ダメかな」

「もちろん、ダメなんて言うわけないよ。でもさ、今まで出来なかったことをやろうと思ってたった一週間で準備してやり遂げられると思うのかな?」

「わからないけど、やってみないとわからないかも」

「私はさ、泉の考えを否定したいわけじゃないよ。そうやって前向きに自分の事を見つめられるようになったのっていいことだと思うよ。でもね、その考えにたどり着くのは少しだけ遅かったんじゃないかなって思うんだよね。もしかしたら、私のお兄ちゃんが衣装を渡してくれた段階でそう思っていたらもっとたくさん練習出来ていい芝居になったかもしれないし、奥谷との掛け合いも増えて今までにない楽しい舞台になっていたかもしれないんだよ。でもさ、今から一週間でそれをやろうとしても難しいんじゃないかなって思うんだよね」

「それは分かってるんだけど、それでも私はやってみたいって思う。いや、やらないとダメだと思うんだよ」

「この舞台は私が泉と奥谷のために作ったものだし、二人がやりたいことはやってくれていいと思う。でもね、それを実行するにはあまりにも準備期間が短すぎると思うんだよ。泉はいつだって自分の気持ちに気が付くのってギリギリだよね。今まではそれでもうまく行ってたし、これからだってギリギリに気づいたとしてもうまく行くかもしれないって思うよ。でもさ、それって観客のいない場所での話だよね。今、泉がやろうとしている事って舞台に立って注目を浴びたうえで行う事なんだよ。泉はその視線に耐えることが出来るって言えるの?」

「私は、去年も一昨年も視線が怖くて客席を見ることなんて出来なかった。今年もそれは出来ないかもしれない。でも、それでも、私は今年は違うんだぞってところを信寛君に見せたいの」

「ちょっと待って、泉は観客じゃなくて奥谷に向けて芝居をしたいっていうの?」

「芝居って言うか、私の想いを伝えたいなって思ってる」

「なんだ、それならそうと先に言ってくれればいいのに。私は泉が今まで三年間の集大成を観客に向かって披露したいのかと思ってたよ。勘違いしてたわ。うん、奥谷に向かて気持ちを伝えたいっていうのは良いと思うよ。私もさ、あんた達を見てきて泉から気持ちを伝えてるところを見たことが無いなって思ってたんだけど、奥谷がそれに不満を感じる前に泉が気付いてよかったよ。あ、奥谷は泉が気持ちを言葉にしなくても不満に思う事なんてないか。泉が人見知りで口下手だってのは長い付き合いで知ってるんだしね」

「そうだけどさ、私が口下手で人見知りなのは間違ってないよ。でも、それをハッキリ言う事ないんじゃないかなって思うんだけど」

「ちなみになんだけど、泉って奥谷にどんなことを言うつもりなの?」

「それがね、昨日から考えているんだけど纏まらないんだよね。最初は短い言葉でもいいかなって思ってたりもしたんだけどさ、今まで何も伝えていなかったからどれが正しいのか全然わからなくて、今の想いは伝えられると思っているのに、改めて言葉にするのって難しいよね」

「だよな。私も脚本を書いてみてセリフの難しさを実感したよ。特にさ、最後の告白の部分あるだろ。アレなんて私が納得できるもの書けなかったから空白で提出しちゃったもんな」

「え、空白ってどういうこと?」

「前に言わなかったっけ?」

「空白とは聞いてないけど」

「そうだったっけ。ま、いいじゃないか」

「ねえ、どういうこと?」

「あの告白はさ、私が奥谷に丸投げして奥谷が考えた物なんだよ。もちろん、奥谷の出してくれたセリフをそのまま使っているわけじゃないし、私と若井先生で多少は手直しをしているんだけどさ、ほぼ奥谷の考えたセリフといっても過言ではないと思うよ。あいつは自分で考えたセリフのくせにそれを言うのが恥ずかしいって言ってさ、私と若井先生が考えたことにしてんだよ。泉と一緒であいつも恥ずかしがり屋なところがあるのに、二人とも変なところで積極的だよな。それをさ、素直に伝えることが出来たら中学の時から付き合えてたんじゃないか?」

「え、って事は、私は過去二年にわたって奥谷君に告白されていたってこと?」

「そうなるね。でもさ、考えてみろよ。奥谷がその計画を思いついたのって中学の時なんだよ。つまり、奥谷もずっと泉の事を考えてたって事だからね。本当にさ、素直に思ってることを伝えておけば中学の時の修学旅行だって別の思い出が出来てたんじゃないか。高校生活だってもっと充実していたかもしれないって思うけど、二人の性格を考えてみたらそんなことは無いかもしれないな。その性格だからこそ、ずっと思い合ってきたわけだと思うし、これから何があっても二人は大丈夫だと思うよ」

「そうかな?」

「ああ、泉も奥谷もずっと自分の事よりも相手の事を見てるからな。そういうのってなかなかできるもんじゃないと思うよ。私もさ、梓の事は第一に考えてるつもりなんだけど、気が付いたら自分の事を優先している時があるからね。でも、泉も奥谷もお互いに自分の事より相手の事を考えているんだよ。奥谷の場合は優先順位が泉の次が美春ちゃんでその後に奥谷自身が入ってると思うし、泉だって自分の事よりも奥谷と美春ちゃんの事を考えてるんじゃないか?」

「そうかもしれないけど、好きな人の事を一番に考えるのってそんなに凄い事なのかな?」

「凄いことだと思うよ。言ってしまえばさ、好きな人とは言っても他人なわけだろ。そんな他人を自分の事よりも優先出来るってのは、思いやりが凄いって言葉で片づけられるものではないと思うな。誰だって自分が一番かわいいと思うのは当然なのに、お前たちって自分の事は三番目に考えてるって凄いと思うよ。異常といってもいいんじゃないかな。私はそんな二人だからこそずっと見守っていられたと思うんだよ。でもさ、なんでそんなにお互いの事を思いやってるのにきっかけが無いと付き合うことが出来ないのってどうしてなのよ。少しは自分の気持ちに素直になりなさい。あ、そういう事ね。普段は言えないから舞台の上でセリフとして言いたいって事か。そうね、若井先生に相談して決めてみようか」

「うん。私もちゃんと言えるか不安だけど、頑張ってみるよ」

「いや、自分で言いだしたんだからちゃんと言いなさいよ」


 私は愛莉ちゃんと一緒に若井先生にセリフを付けたしていいかどうかの確認をとったのだ。舞台に立っても一言もセリフを言えないような恥ずかしがり屋で人見知りな私がちゃんと言えるわけがないと言われるのかと思っていたけれど、若井先生は私の意見を尊重してくれたのだ。


「そうね、この舞台はあなた達三人の物なんだからあなた達が思う通りにしてもいいと思うわ。今年は一回きりじゃなくて四回も出来るんだからその中で満足出来るものを作り上げるといいわ。それにしても、宮崎さんが積極的になってくれたのって先生は嬉しいわよ」


 え、一回きりじゃなくて四回もあるってどういうことだ。


「あれ、驚いているみたいだけどどうした?」

「だって、三回もあるって意味が分からないんだけど」

「今年は会場が空き教室じゃなくて体育館になったのって知ってるよね?」

「うん、知ってるけど」

「それでさ、体育館にセットを組んで本格的にやることになるわけじゃない」

「そうだね」

「本格的にセットを組むのに一回だけで終わらせるのはどうだろうって話が出てさ。どうせなら午前中と午後の二回やろうってことになったんだよ」

「え、でも、若井先生の話では四回あるって」

「そうなだよ。学校祭って二日間あるだろ、その二日間で一日二公演って事だね。ま、泉の事だから初日は何も言えないと思うけどさ、二日目から頑張ればいいと思うよ」


 私は一回きりだと思っていた。その一回のために全てをかけてみようと思っていたのだけれど、四回もあるならどれにかければいいんだろう。私の頭の中は真っ白になってしまったのだけれど、言ってしまった手前やらないわけにはいかないのだ。

 もう少しだけ勇気を出せるように、あと一週間頑張ってみることにしよう。

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