第41話 決意

 寝所という名の床の上に重ねられた布に二人で座り込む。


「聖女様にご満足いただけるか分かりませんが……」

 震える声で襟元に手をかけた少女の両手を掴んで止めた。不本意な誤解を解くのは後回しだ。


「絶対に声をあげないで」

 怯えたように頷いた少女を確認し、尋ねればその目が見開かれる。


 知り合いがあの男たちに捕まったのではないか。


「どうしてそれを……」

 ハッとしたように口をつぐむが、小さな声で、と注意してから言葉を促した。

「ケイに会ったんですか……?」

「名前は知らない。でも、地下で会った男性にあなたを助けてと言われた。私より頭ひとつ分高くて、目元にホクロがあった。髪の色は暗いと思う」


 肯定する少女に、元気はないが見る限り大きな怪我はなかったと伝えれば静かに涙を流した。ぽつぽつと溢れる、今にも消えてしまいそうな音を必死で拾う。



 私が見たという彼女の恋人は、他国からやってきた魔道具の職人であり、公国の工房で働いていたそうだ。将来は彼の国へ共に移り住む約束をしていた。

 だが一年ほど前に行方不明になり探していたところ、三ヶ月近く前にフェイル家の人間が声をかけてきたのだという。


 侍女として聖女の面倒を見ろ。


 ただの町娘であった少女にはなんのことだか分からなかったが、恋人の安否を出されて初めて、彼の行方を知った。目の前の男に逆らえないということも。


(聞いたことのある家名だ。たしかアルバートさんが調べていた……庶民を聖女付きの侍女にねじ込むほどの力を持っているのか)


「ケイは優秀な魔道具職人なんです。公国へは指導の名目で派遣されてきて……でも、あいつらはその力を悪用して違法な魔道具に改造させているんです……!」

「ヴァプニー公国でも違法なものがあるの?」

「公国というより、魔道具には発祥の地による決まり事があります。意図して人を傷つけない、制限を超えた性能は認められていません」


 魔道具が存在する国であれば平民でも知っている決まりだという。アウタイン王国ではその制限にさらに独自の決まりを設けているということだろうか。

「魔道具って本当に奥が深いんだね……」

 思わず呟いた声に不思議そうにされ、なんでもないと取り繕う。


「一度だけ、彼に会いました。先月のことです」


 自分は故国の教えに背いてしまった。それ以上のこともさせられている。もう関わってはいけない。どうか一人で国を出てほしい。


「やつれきった彼を置いて行くなんてできませんでした。その頃にはもう、聖女様がいらしてフェイル家からの監視も厳しくなり……」


 聖女の誘拐に加担したのも恋人の命を盾に取られたからだ。

 そこから先はもう、私に対する謝罪の言葉しか零れなかった。いいと言っても止むことはない。今はこれ以上聞き出すことは難しいだろう。



 頭の中で情報を整理する。

 ここがアルバートさんの調べていた情報流出先で、ラスティン様が取り締まろうとしている公子暗殺に関わった集団で、そいつらが所有する家屋であること。

 捕縛予定があるのならば私は下手に動かない方がいいだろう。


 だが、彼らは聖女の誘拐など最初から想定していたのだろうか?

 追い詰められていることに気づいてないのなら分からなくもない。けれど、正式に訪れた聖女の命を狙ったりはしないだろうとアイザックさんは言っていた。ラスティン様だって、警戒していたのはあちらからの接触だけだ。


 公国で聖女に手を出せば王国は黙っていない。それを理解した上で手を出してきた。


 これは公国のトップも知るところなのだろうか。国家間の軋轢を生むため? 公子の治癒はもう聖女でなくとも大丈夫な具合だ。用済みと言われても納得する。

 そうして国内で聖女が消えたとあれば、責任はどこへ行くのだろうか。公国の知るところであればそこへ、では知らないとなれば?

 悪いのは誘拐犯だ。見つかったら相応の罰が下るだろう。そうならない為には。


(秘密裏に始末するくらいしか……)


 ぞくりとしたものが背中を這い上がる。身震いすれば、先ほどより落ち着いた様子の少女がこちらを案じる。

「ちょっと寒くなっただけです」


 王国より北に位置するここは朝晩は特に冷え込む。いつもならばこっそり暖かい空気を纏っていたが、今夜は彼女もいる。どうしようかと迷い、そのまま少女ごと布団を巻きつけた。


「なにもする気はないので、できたら手を握って、朝まで隣で眠ってほしい」


 掠れた声で了承が返ってきたので静かに目を閉じた。これはセクハラに当たりませんように。





 翌日の呼び出しはなかった。泣き腫らした様子の少女に気づいた見張りが、やばいものを見る目を向けてきたが素知らぬふりだ。大体、やばいのはどちらだ。私ばかり非難するんじゃない。


 それと同時に、この出来事は絶対にデイヴ様には知られたくないなと思った。たとえ誤解であろうとも。羞恥心の問題である。





 攫われて四日目。次はいつ魔獣に対峙させられるのだろうと怯えながら、朝からドアの外の会話を聞き取ろうと必死になった。最初の頃よりは拾える声がだいぶ鮮明になってきた。


 すると、見張りの男たちとは違った丁寧な口調が耳に届く。あの眼鏡の男だろうか。


『くだらないこと……でください』

『だが食事以外でもあの女を……我儘が……』

 さてはあの見張り、昨日からなにかと少女をそばに置きたがっている私をチクっているな。器の小さい男だ。


 顔を合わせることの多い見張りには多少の反抗なら見逃されると踏んで、だいぶ大きな態度を取るようになった。多分、彼らは私が地下牢で見せた魔法が怖いのだと思う。心なしか距離も遠い。

 考えながらも意識を外へ集中していれば。


『どうせもうじきキメラの腹の中だ。好きにさせてやりなさい』


 ほら、やっぱりね! 処分する気満々だった!

 人の命をなんだと思ってるんだバカやろーこのやろーと心の中で盛大に罵ったが気分も恐怖心も晴れるわけがなかった。

 そんなことよりも、やらなければならないことがある。一刻も早く誘拐犯から逃げ出すことだ。


 この屋敷の場所は正確には把握できないけれど、馬車に乗せられた感覚から首都からはそう遠くない木に囲まれた場所だろうと少女に聞いた。


 他国で王国の人たちがどれほど動けるか分からないが、聖女がいなくなってすでに四日。周囲は捜索網が張り巡らされているはずだ。元々調べていた勢力であるならば公子やラスティン様が協力してくれるかもしれない。


 つまり日が経つにつれ、私が処分される危険性が上がるということだ。次の魔獣が用意された瞬間バクリ。ありえる。

 できれば今日明日で脱出したい。だが一人で逃げ出せば少女は殺されてしまうし、随分と消耗した様子の恋人は死んでしまう可能性が高い。

 彼らは証人にもなる重要な人物だ。見捨てるわけにはいかないだろう。


 困難だと分かっているが、見捨てないと決めたことで自分の中のなにかが固まった気がした。きっと覚悟とか勇気とか、そういうものだ。

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