第40話 キメラ
日が暮れて、夕食が運ばれてきた。
床に寝そべっていた聖女を見つけた男はうおっと声を上げていた。小心者か。
「寝てたのか? あんたどんだけ図太いんだよ」
失礼な。慣れない魔法の操作に疲れて体力の回復を図っていただけだ。しかしここでピンときた私はカマをかけた。
「この部屋にいるとなんだか重苦しくて……」
「そりゃそうだろ。聖女サマが逃げられないよう魔力封印が施されているからな」
なかなか恐ろしい単語が出た。しかしながら、それは人質にぺろっと溢していい情報だろうか。見張りの頭を疑った。
「さっさと食べろ。あんたにゃこの後また働いてもらうんだ」
運んできた食事をテーブル代わりの木箱へ並べてくれる少女に目を合わせてお礼を言えば、ホッとしたように微笑まれる。こちらを心配する余裕があるようで安心した。
「カビくさ……」
「つべこべ言わずついてこい」
二人の見張りに前後を塞がれ進む。
食後に連れてこられたのは地下に当たる部分だろうか。小部屋も廊下も木造だったが、一つ目の階段を降り、二つ目の階段に着いたときガラリと様変わりしていた。ここから先は石造りだ。
おそらく私がいた小部屋はこの建物の二階に当たるのだろう。廊下に出て視界に入る限りの窓は木板で塞がれ確認できないが、石造りの階段を降りれば窓など一切ない閉鎖的な空間だった。空気も澱んでいる。
貴族の屋敷にしては貧相だ。だが随分と頑丈な地下空間が広がっているなと思った。
階段を降りきった先、扉の手前に誰かがいる。目前まで顔は伺えなかった。なにせ光源は私が魔力を補充したランプひとつだったので。
だが、間近で見てもその人物の表情は暗く沈んでおり、生気が感じられない。痩せ細った首元に存在する枷のような輪が異様に目立っていた。
(なにかの魔道具だろうか)
この誘拐犯たちの仲間にしては異質だった。
特に言葉を交わすこともなく、先導する見張りは軋む扉の向こうへ。続くように歩を進めれば、目に入ったのは頑丈な檻とその向こうに見える黒い塊。
ランプで照らされたそれに息を呑んだ。
「……っ」
こちらを睨め付ける三つの瞳に裂けた口から覗く鋭い牙。首と胴がまるで別の生き物のように見えるその獣は、国境付近で見たあの魔獣にどこか似ていた。低く響く唸り声に連動するように足が震えた。
「魔獣を間近で見るのは初めてではないでしょうに」
奥からかかった声に肩が揺れる。
最初からいたのだろうか、地下の奥には眼鏡をかけ髪を後ろに流した胡散臭そうな男性。体格はそれほどよくはなかった。例えればインテリ系反社。
屈強な見張りがへりくだる様子から、この男が誘拐犯たちの親玉なのだろう。身なりも貴族のものに近い。
「聖女様には今からこれを魔法で攻撃していただきたい。炎、水、風……あらゆる属性で」
「……攻撃できるような魔法は習っていません」
「おや、魔獣討伐へも赴いたのでは?」
「わ、私は討伐には参加してないし、いつも言われた通りに使うのは生活魔法だけです」
「話に聞く以上に甘やかされているようですね、これは骨が折れそうだ……では私の指示通りに行ってください。威力の調整くらいはできるでしょう」
逃げることを考えたが、すぐに無理だと悟る。狭い出入り口は塞がれ、彼らを一瞬で無力化できるほどの力もない。魔法を使う間にこちらが攻撃されてしまう。
「できない様であればそうですね……あの侍女をこれに与えましょう。食べ応えはなさそうですが」
「なにをすればいいの!?」
震える声で言われた通りにするしかなかった。
どれくらい経ったか分からない。地下には自分の荒い呼吸と、生臭い匂いだけが充満していた。
檻の向こうの魔獣はもう動かない。
旅の途中、魔獣へ攻撃したこともあったがそれは一時的な防御の目的であり、自ら殺めたのはこれが初めてだった。
魔獣は危険なもの。今更命の尊さを嘆くつもりはない。一時的とはいえ私が要因で死んだ魔獣だっていた。だが王国ではこれほどまでに痛めつけて殺めたことなど一度だってなかった。
手が震え、押さえ込もうとすれば全身に伝わる。
男たちは弱点がどうのと話しているが、立っているのがやっとの状態で気にする余裕など微塵もない。
「いい実験材料ですね。無尽蔵の魔力持ちなど、敵に回したくはない」
まったく、王国は恐ろしい兵器を手に入れたものです。
「次のものが用意できるまで部屋に待機させなさい」
「分かりました」
早くあの埃っぽい小部屋へ戻りたい。
眼鏡の男からの視線を無視し、見張りに続き足早に扉をくぐれば、あの暗く澱んだ男性に腕を掴まれた。痩せこけた体格からは想像できないほどの力強さだった。
反射的にそちらを向けば、ギラリとした目だけが暗闇で浮かぶ。
「ひっ」
「……っ」
「おい! 勝手に動くな!」
後ろに続いた見張りの男に突き飛ばされることでその人の腕は私から離れた。
床に倒れ込んだ男性はボソボソとなにかを口にする。ほとんどが音にならないそれは、勢いに巻き込まれて転んだ私にかろうじて届いた。
『かるまをたすけて、』
小部屋へ戻れば寝床を整えていたらしい少女が心配そうにこちらを見る。私は相当ひどい顔をしていたのだろう。だが取り繕う余裕など一切ない。
見張りに引き離される前にその腕をがしりと掴んだ。
「今日は働きすぎて疲れました。魔力の回復のためにも癒されたいので寝所に侍女を寄越してください」
そう告げたときの男たちの顔ときたら。
内心でほくそ笑むほどの余裕はまだ戻らなかったが、もはや意地で己を保っていた。こんなところで倒れてなんかやるものか。
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