第35話 時計塔

 公国へは聖女の情報がどれほど伝わっているのだろう。ふと気になった私はグライスさんに尋ねた。


「召喚については明かしておりません。神より遣わされたことと、聖女様が浄化に協力くださったことや容姿などは平民の間でも知れ渡っております」

「婚約者も知られてました」

「ああ、それについても箝口令は敷かれておりませんね」


 つまり召喚の儀式以外は情報ダダ漏れですか?

「どこまで話していいのか分からないのでうっかりしでかしそうで怖いです」

「事前にお伝えしたように、異世界についての話題や国の機密……教会や魔法士の情報などを漏らさなければ大丈夫ですよ」


 簡単に言われるが難しいな。魔法についてむやにみ披露するつもりはないが、親しい人は国の機密界隈に多い気がする。今後も会話には気をつけなければ。

 ウンウン唸っていると、そういえば侍女が探してましたよと言われる。館内をぶらついたついでにグライスさんを訪ねたので、いそいそと部屋へ戻った。



「デイヴィッド様から手紙が届いているわよ」

「え!?」

 エリーに手渡された淡いブルーの封筒を凝視した。心なしか爽やかな香りを感じるような「それは気のせいね」


 王国とのやり取りは国境に控える魔法士と王都が物資限定の転移魔法で繋がっているので、通常では二週間ほど、早馬を使えばもっと早く届く。こちらへついてからも頻繁にやり取りしているのは知っていた。けれど。


「わざわざ商家に頼んで時間のかかるルートで送られてきたわ。私用なのでしょうけど、一番は検閲避けね」

 ラブレターなんじゃない?

 さして興味もなさそうに言うエリーに手渡されたペーパーナイフで慎重に開く。中には規則正しい文字で、あちらの様子とこちらを気遣う言葉が綴られていた。優しい。好き。


「字まで美しい……」

「そこ?」


 もうじき公国へ滞在してひと月になる。今から返事を出したとしても、帰国前には届くだろうけれど、手紙より先に到着してしまったら少々恥ずかしいな。


「恋人から手紙が来たら嬉しいわよね」

 だよね! 私も今実感した! 返信しよ!


 最近治癒の加減が上手くいっている話をしたい。いや、これは帰ってから直接する方がいいかな。異国の料理についてはどうだろう、街中で見かけた商品や人々の様子についても。

 考えていたら早く会いたくなってしまった。その気持ちを記してもいいだろうか。どうせ手紙と遠からず会えるのだ、それなら負担にもならないだろう。


 検閲避けはカナメ用だったか、という声は返信の内容に夢中になった私には届かなかった。





 次は時計塔へ行ってみませんか。夕暮れが一段と綺麗なのです。


 そうフィオレット様に誘われた私は公子の治癒後、その足で街の外れへと向かった。いつも館まで迎えに来てもらっているので、現地集合は初めてだった。


 塔の下にはすでに顔馴染みとなった彼女の護衛がいて、脇に馬や馬車も停まっている。開けられたドアをくぐればこちらに会釈をする管理人の奥、螺旋階段が上まで続いていた。石造りの薄暗い空間で、遠くに灯りが見える。

 護衛がここにいるということはあの可憐な美少女が一人で上がったということだろうか。尋ねれば肯定が返ってきた。御令嬢の脚力は侮れない。


「私が先に……」

「一人で大丈夫なのでここで待っててください」

 ついて来ようとしたシェルビアさんを止め、上り始めた。人一人通るくらいの階段は手すりがなく少々、いや、大分怖かった。


 見晴らし台に着くまで休まず足を進めたのはさすがに無理があったか。息切れに体力の低下を感じる。公国へ来てからは特に、最低限の動きしかしていなかった。帰ったら運動しようと心に決める。


「お待たせしました」

 息を整えて見晴らし代へ踏み入れれば、そこにいた人物に「は?」という声が漏れてしまった。


「遅かったな」

「ラスティン様がなぜここに?」

「下でフィオレット嬢に聞かなかったのか」

「下……」


 ハッとする。馬車のカーテンが下されていた。彼女はそこにいたというのか。たしかに一人で登ったのかと確認したが、その際に彼女の名を出してはいない。

 また嵌められたのか私は。がくりと膝をついて床を叩きたい気分だった。


「信用を失いますよ……」

「俺が望んだことではない」

 騙された聖女は苦し紛れに絞り出した。望む望まないに関わらず知っていて加担したのなら同罪だ。そこの欄干に小指をぶつけてしまえ。


「ご用があるならば先程おっしゃってくださればよかったのに」

 本日も公子の治癒を見届け、見送られたのはつい先程の話だ。不満を隠しながら距離を取り、手すりに近寄る。目線の先には茜に染まる広い空と複雑な街並みが広がっていた。これはたしかに絶景だ。

 視界の端に映る見事な金の髪が赤く色づく様は綺麗だと感じたが、口になど出さない。


「特に用は……おい、なんだその距離は」

 お互い欄干の端と端に位置するため少々声を張らないと届かない距離だ。

 婚約者以外の異性という理由ももちろんだが、今回騙されたことで上がった警戒心の表れでもある。自意識過剰ではないかという文句は聞き流した。


「適切な距離です」

「あんたの婚約者はそこまで狭量なのか」

 鼻で笑われムッとする。

「彼に頼まれたのではなく、私が自分でそう決めたのです」

 強制されたのではなく要らぬ心配をかけないためだ。結局は自分のためだった。


「なるほど、聖女様は依存するタイプか」

 見知らぬ地で孤独の中、好みの男に絆されたら無理もない。


 続いた言葉に引っかかるものがあった。今青年は孤独と言った。天涯孤独の身の上、それは召喚の儀式の決まり事だ。

「間諜などどこの国にも存在する」


 敵なのか味方なのか、この人のことをどう捉えたらいいのかいまだに分からない。それに対処するのは私ではないだろう。でもこれだけは言っておきたい。


「依存するのはいけないことですか?」


 両親を失ってこの世界に呼ばれ、私は本当の意味で天涯孤独になった。そこに精神的にも支えてくれた素敵な男性が現れれば好きにもなるだろう。ましてや家族になろうとしているのだ。二度と失いたくないという思いから彼の存在に執着している自覚はある。なにより、初めての恋人でもあるし。自分で思って照れた。


 だからといって一方的に寄り掛かるつもりはない。彼にとっても頼れる存在でありたい。相手を敬う気持ちがあれば傷つけたりはしないはずだ。


 開き直りのような言葉に呆れるでもなく、じっと見つめられた。たまにこうして視線を寄越すこの青年は、まるで人の心を見透かしているようで居心地が悪い。が、怯んだら負けだという謎の対抗心が湧く。ガンの飛ばし合いはしばらく続いた。


 ふと、引き剥がすのは容易ではなさそうだと溢される。

「俺が先に出会っていればな」

 他のイケメンを充てがおうという魂胆だろうか、しかし気付かぬふりで答えた。

「ラスティン様はお顔が好みではございませんので」


 目の前の顔が引き攣ったのを見た。勝った。不敬罪と言われてもしらを切り通す所存。


 気づけば日はすっかり沈み、星が昇っていた。

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