第34話 買い物
「南方のお料理はこの大陸では珍しいのですよ」
聖女様のお口に合うと良いのですがと可憐な笑顔を向けているのは、先日紹介された公子の婚約者であるフィオレット・マクラーレ様だ。
目の前の彼女との間に広がるのはどこか懐かしさを感じる煮込みや炒め物、揚げ物や汁物など美味しそうな各種料理。多い。
あれ以来なにかと食事やお茶に誘われることが増え、名前で呼び合うほどの関係になった。けれども私は気が抜けず、美味しそうな料理をじっくり味わう余裕などない。
公子の体調と聖女の訪問を知っているのはこの国でもごく一部の者たちだ。表向きは隣国からの視察という名の使者をおもてなししているに過ぎないのだろう。だがこうして頻繁に付き合いを持つのは問題ないのかという心配があった。
「近しい年頃の女性同士が意気投合しただけですわ」
身分差がすごいのですが。との疑問は飲み込んだ。グライスさんも意気投合したという彼女の言葉を疑うことなく受け入れていた。
「危険なことは殿方にお任せして、私たちはおしゃべりを楽しみましょう。王国での生活をお聞きしたいわ」
「なんの面白みもございませんが……」
召喚され、浄化の旅に出た話はどこまでしていいのか分からないので、帰ってきてからの日常を話せば必然的にデイヴ様の話題になった。
「カナメ様は婚約者の方に大切にされているのですね。羨ましい」
「フィオレット様は公子とのご婚約は長いのですか?」
「私が生まれる以前からの決まりですので十五年になります」
典型的な政略結婚だ! 馴染みのない風習にドキドキする。公子のために聖女を嵌めるくらいだ、彼女からの想いはあるだろうけれど。
「小さな頃から彼について回っておりました。ふふ、悪戯もよく共にしておりましたので兄妹のような関係に近しいですわ」
「そうなのですね」
公国の後継たちはなかなかにやんちゃだったと聞いて微笑ましくなる。
「ラスティン様も共に行動する姿が目に浮かびます」
率先して悪戯をしそうなタイプだ。いや、穏やかそうに見えた公子がやんちゃであれば嗜める側に回りそう。そんな想像は目の前の彼女に否定された。
「彼とは学院へ入ってからの付き合いなのです。交流は以前からありましたけれど」
ここ二年ほどであれほどまでに親しくなったのだと知り驚いた。お互いに気を許しあっている様に見えたから。
私も異世界にきてそれほど経っていないけれど、親しい人はできた。そんなものだろうか。一人納得していれば、とんでもない一言が投下された。
「ルーファス様が気になりますか?」
とんでもない!
「皆様仲がよろしいので付き合いも長いのかと思っただけです」
「まぁ、残念」
聖女様とのご縁ができれば帰国してからも寂しくないと言われ、彼女までハニートラップの一員かと固まる。
「ほんの冗談ですわ」
楽しげに笑っているがそうは見えなかった。
店を出れば買い物をしないかと誘われる。欲しいものはないけれど、商業の街で売っているものがどんなものか気になり頷いた。
そうして案内されたのは完全会員制の高級なお店だった。
(対策をしているとはいえ、高位貴族の御令嬢がウインドウショッピングなどしないよね)
うっかり自身の感覚で了承してしまったことを後悔する。
お店の人に指示を出すフィオレット様の横で次々と運ばれてくる商品を眺めていれば、王国でも馴染みのある宝飾品から異国のものであろうドレスまで、どれもこれもお高そうなものばかり。最後に持ち込まれたのは南米の民族衣装のような羽織だった。
「今朝方サブール国のリーが入荷いたしました」
「まぁ! お話に聞く通り素敵ね」
手渡されたそれを羽織り、クルクルと回る美少女。後ろにアンデス山脈が浮かぶようだ。視界に癒されているとこちらにまで商品を勧められる。お貴族様にお似合いのドレスも異国情緒あふれるお洒落着も、自分に似合うとは思わない。
「小物類を見せていただいても?」
どうせなら親しい人へのお土産を選ぼうとお店の人に頼む。小ぶりなペンダントから豪華なネックレスまで、種類一つとっても幅が広い。
「こちらは魔道具になります」
そう言って並べられたのはシンプルな貴金属のアクセサリー類だった。王国ではあまり見かけないタイプだ。
「どのような効果があるんですか?」
「大小様々ですが、すべて加護が込められております」
聞けば厄除けのお守りのようなものだった。中には一人分の結界の役割をはたすものもあるという、やはり効能は一度限りのようだが。
(お守りかぁ)
胸元に常に控えているそれを思い出す。
広げられた中でも、繊細な紋様の他は飾り気のないシルバーリングをじっと見つめ、青年を思い浮かべる。視線の先に気づいた店員さんが、輸入元の国の伝統的な紋様であり、滅多に入荷しないその希少性を語られた。
いやいや、サイズ知らないしな。そもそも騎士にアクセサリーをプレゼントしていいものだろうか。婚約者に指輪というのも安易な気がする、出身世界を意識しすぎ? 強請ったのも指輪だ。でもネックレスやブレスレットよりは選びやすいし制服にはタイピンなど必要ないし……。カフスもありだが、やはり気になるのはその薄灰色を思わせる輪っかだった。
ちらりと控えている護衛を伺えば、彼女はすぐさまこちらへ足を向けた。その反応の速さに慌てる。
「カナメ様、なにかございましたか?」
「えっと、あの、騎士の方って普段指輪とかつけたりしますか?」
暗に邪魔ではないか尋ねれば、こちらの意図を察したシェルビアさんは的確な答えをもたらしてくれた。
「騎士団員で身につけている者は少ないですが、爵位を継ぐ者や魔導具として使用する者はおります。近衞ともなればその割合も多いかと」
人それぞれだと迷う。
「彼ならば喜ばれるかと」
「サイズが分からないんですよね……」
「それは……申し訳ございません、アルバートのものならばすべて把握しているのですが」
え、全指のサイズってこと?
「衣服から指先まで」
全身だった。シェルビアさんへの印象が大分変わった。
「こちらのリングでしたらアウタイン王国でもサイズの調整は可能ですよ」
事前に王国民であると聞いていたのだろう、店員さんが補足してくれた。
プレゼントするまで悩むかもしれないけれど、買っておいてもいいかもしれない。幸い蓄えはあるし手持ちもある。ただし管理は護衛やお目付役任せだ。
よし、と決めた私は店員さんにいくつか質問をした。
「これはなかなか難しいですわね……」
少々厳しい顔で呟かれたそれに、御令嬢でも買い物で悩むのかと親近感が湧いた。視線はなぜかこちらを向いていた。
お店を出たところで他の貴族と鉢合わせた。高圧的な雰囲気を隠そうともしない中年の男性だった。
「これはこれは、マクラーレ家の御令嬢ではありませんか」
「ルフレール卿。先月の夜会以来ですわね」
ご機嫌よう、と挨拶するフィオレット様にいつもの愛らしさに加え凛とした力強さを感じ、公子の婚約者なのだと実感する。
「そちらが例の……」
「ええ、大事なお客様ですわ」
男性はこちらを一瞥するがそれ以上会話することもなく、礼を交わして別れた。彼は事情を知る者の一人なのだろう。
その後はいつも通り万全の警護体制の中、館まで送ってもらった。
馬車の中で「見知らぬ貴族の方と接した際にはお知らせください」と言われる。
彼女との交流は警護の意味合いも含むのかもしれないなと思った。
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