第15話 社交と新居

「私も護衛の騎士に立候補すべきでしたかな」

「王城でもうじき重役になろうという既婚者がなにをおっしゃる」

「聖女様と年頃が合うというのであれば卿の末息子はいかがか」

「あれはまだ学園に入学したばかりで……容姿も聖女様のお眼鏡にかなうかどうか」

「フォーサイス卿のご子息に敵うものはそうおりますまい」


 ははは、と声があがる代わり映えのない会話のどこが面白いのか、いつになっても理解できるものではない。

 聖女様の婚約者として軽く見られているのだろうが、たいして腹も立たない。


 今まで社交を避けてきた者が頻繁に顔を出すようになったのだからもっと厳しい目を向けられるかと思っていたが、大抵の貴族の反応は羨望だった。

 一言目には聖女様直々のご指名とは羨ましい。どうやって取り入ったのかと興味深々に訪ねてくる。


 下心があるのはお互い様だ。人脈を確保したい自分と聖女様に取り入っておきたい貴族が釣り合っただけのこと。

 利用し利用されることが嫌で距離を置いていた社交界に入り浸ることになろうとは、一年程前には想像もしなかった。




「随分お疲れだな、デイヴ。収穫はあったか?」


 夜半に戻り、ソファに深く沈み込んだ俺に兄が声をかける。


「あるように見えましたか? さすがに婚約者ということを疑う者は減ったようですが」


 国民への公表前に立った噂の様子から、貴族の一部では婚約者が変更されたのだと思われていた。聖女様のお相手があまりに自分とはかけ離れた人物像だったので。


「聖女様のご指名だという宰相の触れ込みがなければもっと横槍が入るところだったと実感しました」

「まぁ婚約後に本気で奪い取ろうとする者など僅かだろう。だが新興貴族には気をつけておけよ」

「モントール卿が? クラブへの誘いはありましたけど」

「商家だった先先代に前聖女様の国外脱出を手助けしたという噂がある」

「……!」


「カナメ様に国外へ出る意思はなくとも、あちらにどういう繋がりや意図があるかは分からん。先代が貴族として権利を得たのもその辺りの事情が大きい」


 あれほどの力を持った彼女が今後、他国から目をつけられないとは限らない。

 守るためにも力はつけねばならない。


 現在は伯爵家の者としてだが、将来的には聖女様の伴侶として、国内の貴族に溶け込み人脈を広げないことにはどうにもならないのだ。


 自分一人であったなら、お相手が普通のご令嬢ならばそのままでも問題なかった。

 そんな子供染みた我が儘など、カナメのためならばいくらでも改めよう。


 だが慣れるまではこうして疲れを表に出してしまうのは許してほしい。彼女に見せるつもりは毛頭ないが。


「兄さんを改めて尊敬しますよ……」

「向き不向きもあるだろう。あの聖女様ならお前が前に出ずとも反対に守ってくれそうだが」

「絶対に嫌だ」

 底意地の悪そうなその笑顔はまさに次期伯爵に相応しい。


「今夜はこのまま泊まるのか?」

「いえ、邸へ帰ります」


 婚約後、兄や親類の伝手により社交の場へ赴くようになった以外で変わったことといえば、騎士団の寮を出て王城に住んでいたカナメと共に新居へ引っ越したことだ。


 お互い家を出ている日中やこうして社交のある夜は会えないが、朝には必ず顔を合わせているのを思い出し頬が緩めば、今度は穏やかな笑みを向けられた。


「上手くいっているようでなによりだ」





 深夜に新居へ戻れば家令に出迎えられる。

 本日の報告を受けながら、すでに夢の中にいるであろう彼女の部屋を見やった。


 王の用意した邸宅は貴族の屋敷にしては控えめなものだったが、カナメにとっては持て余すようで実物を見にきた際には気後れしていた。

 にもかかわらず、手狭で窮屈な思いをしないかとこちらに確認するものだから、思わずその場で抱きしめてしまったのは仕方のないことだろう。

 俺の婚約者が優しい。


 こんな時まで人のことを気遣う彼女に、心変わりが心配だと言いながらも実のところ大した不安はない。別段大切にされている実感はある。


 そもそも、自分は彼女がいれば平民の暮らしでもそれ以下でもなんでも構わないのだ。もちろん苦労をさせるつもりはないので後者はあり得ないが。


 身の回りの世話はカナメの希望により王城や伯爵家で雇っていた最低限の使用人を連れてきているが、王国にとっての重要人物に手薄な生活を送らせるわけにもいかず、厳重な警備面に関しては受け入れてもらっている。



「週末はミラッド卿の狩猟に参加することになった」

「保守派の中でも穏健で有名なお方ですね。晩餐もそのまま?」

「ああ。晩餐はカナメもぜひにと誘われている。信仰深いミラッド夫人とは教会で面識があると聞いているから大丈夫だと思うが……なにを笑っている」

「あの坊っちゃまが立派に成長している姿が嬉しいのですよ」


 思わず顔を顰める。

 伯爵家から連れてきた、幼い頃から世話になっている彼に家を任せるのは安心ではあるが、気心知れた仲というものはこういう時に面倒だ。


「坊っちゃまはやめてくれ……」

「失礼しました、デイヴィッド様。旦那様と呼べる日を楽しみにしておりますよ」


 それは俺も楽しみだ。

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