第14話 距離感
デイヴ様の言葉に動揺が隠せない。
バレていた、以前から。以前とは旅の最中の視線もご存知だということで……?
つまりはストーカー染みた聖女様をそれと知っていて受け入れたのかこの人は。趣味は大丈夫か。
棚に上げてごめんなさい。
数々のご無礼を心よりお詫び申し上げた後、消えてしまいたい。
「そんなことより」
そんなことより!?
内心の焦りと懺悔をバッサリ切り捨てられた。
「婚約者よりその妹の方が親密だというのはおかしいと思うんだが」
「親密になった覚えはないのですが……!?」
先程の状況はやはり浮気現場と捉えられていたのか! 誠に遺憾である。
「シンディに見惚れていただろう」
目を奪われたのは事実なので私に反論の余地はない。むしろあの美少女に見惚れない方が異常なのではないだろうか。
本気で思ったが口にはしない。私にだって空気は読める。多少。
しかしこれではまるで浮気したようだ。いや、もしかしたら浮気に入るのかもしれない。彼氏が他の女性の胸元に注目して怒る彼女と同じ。
相手が黒だと思えば黒です。あなたの浮気はどこから?私は視線から。
現実逃避をしていたら、向かいにいたデイヴ様がいつの間にか横にいて向き合うように体を寄せている。
近い。ご尊顔が近いです。馬車がうっかり大揺れでもしたら整ったそれに頭突きを食らわしてしまうでしょうが。
なんて思っていたら大きな両の掌で顔を固定された。わぁ~これなら揺れても一安心。
じゃない!
「あまり俺以外に夢中にならないでくれ。他の者にその瞳が向くのは面白くない」
イケメンにしか許されない台詞ぅ……。
「今後は誰彼構わず不躾に見ないよう気をつけますすみませんでした」
だから解放して!
逞しい肩を押し返すがびくともしない。こんな間近で顔を合わせるのは抱きしめるより居た堪れない。もう顔色は赤い通り越して熟れたパッションフルーツだろう。
だってほら、きめ細やかなお肌も薄い唇も整った鼻筋も影が落ちるほどの睫毛に縁取られた吸い込まれるような瞳も凛々しい眉もこんな間近に――――いや、本当に綺麗だな。一片の荒れも見当たらない。
吹き出物なんてできたことがないのでは? 虹彩まで美しいそれは宝石職人の最高傑作を埋め込んだとしか思えない。
本当に人類か? 美を体現する種族なのでは? 神話の存在かもしれない。
目前の頬が色づくまで瞬きもせずまじまじと観察してしまった。
眉間に皺を刻みながら絶対に他の者にはしないようにと低い声で言われた。
真っ赤な状態で迫力を出されても微塵も怖くない。むしろ可愛い。私の婚約者がこんなに可愛い。
こちらに余裕が生まれたのが気に食わなかったのだろうか。
ムッとしたと思えば、顔を固定していた掌が移動して手を取られ、彼の滑らかな輪郭に誘導された。強制的にきめ細やかな頬に触れさせてくる。
なんて恐ろしい反撃だ! 効果は抜群です!
半ばパニックで尊いお顔を汚してしまうので離してください国宝ですよ、お取り扱いには充分気をつけてと必死に懇願し引きはがそうとするが、現役の騎士様に力で敵うわけがなかった。
僅かな傷でもつけたら切腹ものなので下手に抵抗できない。
全部カナメのものだと言われてしまえばもはや言葉も出なかった。
人を物扱いしてはいけない。
「ぜんぶ……わたしの……」
この美の具現が。
デイヴ様は私の扱い方を私以上によくご存知だった。
すべすべのお肌をしっかり堪能させてもらった。涎は垂れていなかったはずだ。
ややあって解放されたがこのまま横並びを変えるつもりはないようだった。
下ろされた手はしっかりと私のそれを握っている。肩が触れているので当然、腕はピッタリとくっついたまま。
パーソナルスペースが極狭すぎる。人付き合いを避けるあまり反動も大きいのだろうか。
ところで、青年の顔が好みだということがバレていた件についてはこのまま流していいものか。しかし先程の話題を蒸し返すのも憚られる。
知っていて許してくれるのなら甘えてもいいのかな……むしろ自分以外を見るなとか言われたような……。
ぶり返しそうな熱を誤魔化すように深く息をする。
こちらが悶々としている間に、暇を持て余したらしいデイヴ様が指をいじり始めた。
一切色を感じないそれはくすぐったいので控えてほしいが、先程の様に心臓に悪い思いをするくらいならと放置した。
「そのうち飽きられないか心配になる」
びっくりしてしまった。
なんて彼に似合わない台詞だろうか。似合わない台詞選手権では余裕で上位に食い込む。
即座に否定したものの、そんなことを言わせてしまうのは確実に私の面食いのせいだろう。あまりに罪が深い。
美しいものは好きだが誰でもいいわけではない。この人を顔だけで好きになったわけでもない。
慕っているのはあなただけですと伝えれば嬉しそうにしていたけれど、不安をなくすことなどできないだろう。
彼は事あるごとに愛情を伝えてくれるので、満足してしまっていたことに気づく。愛に胡座をかくとはこのことか。
馬車の窓に頭を打ちつけて謝罪したい衝動に駆られた。
誠実な青年には自分もそうでありたい。
婚約者である前に恋人なのだという自覚を持たなければ。色恋には初心者だからと甘えていては駄目だ。
固く決意するように握られた手に力を込めれば、笑みが深まる。
結局王城に着くまで、繋いだ手はそのままだった。
「ほら、長旅で疲れただろう」
三十分にも満たない距離のタウンハウスでなにをおっしゃる。
「いやいやいや、全然疲れてないです」
「シンディのせいで足を痛めているかもしれない」
「しっかり歩いて伯爵家を出たの見てましたよね? ね?」
馬留めで一悶着あった。デイヴ様の甘やかしがひどい。
馬車から降りる際、王城の自室まで抱えていこうとされて全力で抵抗した。
私の一言でそこまで喜んでくれるなんて、燃費が良すぎないか。どれだけ愛情表現が足りていなかったのか。反省はするが、伝えるたびにこれでは身が持たない。
あからさまに残念そうな顔をしないで。絆されてしまうでしょ。まさかその表情に私が弱いという自覚がある確信犯か……?
気持ちは出し惜しまないと決めたが、正直あちらからの表現は抑えてほしかった。贅沢な悩みである。
その時の、側から見れば仲睦まじい様子を城に出入りする商人が見ていたらしい。私も以前お世話になった、面識のある相手だ。
聖女様が好青年と親密そうに馬車から降りてきた。とても知人という距離感ではなかった。
公表前に一瞬で王都に広まった。商売人の本気を見た。もしやこれも宰相閣下の根回しではと疑うほど。
王の演説の警備が急遽強化されたので違うようだった。
そうして後日無事、私たちの婚約は教会を通じ国民へも公表され、和やかなお祝いムードはしばらく王国を盛り上げた。
そう、実に和やかだった。
宰相閣下いわく本番は結婚式だそうです。あっハイ。
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