異世界召喚されたメンクイ聖女はうっかりお気に入り騎士様を所望してしまった!
相生
一章 王国編
第1話 はじまり
目の前には端正な顔に困惑を滲ませた青年。対するこちらは血の気の失せた顔で冷や汗ダラダラの平凡女。
ええ、ええ。お困りのこととは存じますが。原因もこちらにあると十分に理解しておりますが。
「大変……大っ変、申し訳ございません……!」
他人の人生を狂わせてしまった罪に耐えられず、私は恥も外聞もなく床にひれ伏した。
始まりは一年前。
田畑かなめ、十八歳。離島出身の両親に似たのか、日本人にしては少々濃い顔立ち(いわゆる縄文顔)と色素の薄い茶色の瞳と髪をもつ、いたって平凡な女子大生だ。
大学生活も半年を過ぎ落ち着いてきた頃、シルバーウィークを利用して両親が実家に里帰りした。一人っ子の私はいつもついて行っていたけれど、出された課題が難航していたため今回は留守番を引き受けていた。離島からこちらへ戻る空港で、連絡をくれた両親にお土産を頼んだ。
それが両親との最後の会話だった。
小型機の整備不良による墜落事故。事故現場の近場に位置する実家と親戚により、両親が亡くなった現実を受け入れる前に、葬儀もなにもかもが終わっていた。任せきりで慌ただしかったのかも分からなかった。
ただ、ご先祖様の挨拶にと度々訪れていたお墓には新たに身近な名前が刻まれ、叔母にこれからどうするのかと尋ねられてやっと、自分が一人になったのだと気づいた。
親戚はみな心配を口にし、その後の身を引き受けても構わないと言ってくれる人もいたからきっと、一人ぼっちではなかった。未成年とはいえ、高校を卒業し一人で生きていける年齢である。頼るという考えはなかった。
両親には借金もなく、住居は賃貸。多くはないが少なくもない遺産の相続手続きまで済ませてしまえば、いよいよ一人きりの人生だった。
人生なにが起こるか分からない。家族三人で住んでいた家を引き払い、一人暮らしの新居に越したとき、薄いアパートの壁など気にせず大泣きした。なんで、どうして。
その時の私は世界で一番不幸だと思っていた。
それでも世界は回っている。泣けば疲れるしお腹もすく。働かなければ生きていけない。
幸い大学を卒業するまでの生活に心配はなかった。
大学に戻れば友人に優しい言葉をかけられ、気にかけてくれる親戚もいる。両親のいない日常にこれから慣れていくのだと、自分に言い聞かせるようにした帰り道。
突然水が噴き出したマンホールの蓋が飛んできて頭を強打した。そして気がついたら異世界にいた。もはやなにが起こるか分からないどころの話ではない。
打ったはずの頭に傷は一つもなかった。
召喚成功だと喜ぶ、見慣れない格好や顔立ちの人々に囲まれ目を白黒させていたら、落ち着いた初老の女性に説明を受けた。いわく、異世界より聖女を召喚し国を救ってほしいらしい。その聖女は私だという。
自分にそんな肩書きは似合わなければ大層な力もない、元いた場所へ帰してくれと訴えても、不可能だと申し訳なさそうに言われたらそれ以上強く出られない。
説得に当たるのは優しげな女性ばかり。クレーム対応に必ず女性店員を出してくる近所の量販店を思い出した。なんと卑怯な。
おまけに異世界から来た人間は魔力量が圧倒的で力の心配はないと言われた。そんな馬鹿なと懐疑的な目で見返すと、速やかに魔力の判定が行われた。言われた通りに手を翳せば判定板が粉々に砕けた。
周りは大いに盛り上がっているが器物破損による弁償という言葉が頭に浮かんだ私は青ざめるばかり。
天涯孤独の身の者を召喚する手筈だったと言われれば、悪意があったわけではなさそうだった。国の危機に異世界人を犠牲にするしかないのなら、相手の事情はともかく手段は選んでいられないのだろう。
この国に招かれてから手厚いもてなしを受けている。召喚された先は国の王城だった。もし私の協力が得られなくても生命の安全と生活の保証はしてくれるそうだ。
やんごとなきお方に直々に頼まれ、働かずともこのままここで生活していいとは、民主主義国出身の庶民の私には耐え難い苦痛であった。二日目で折れた。
それからは勉強と旅の日々だった。魔法を習い、魔障を祓い、国を回りながら浄化していく。
正直なところ、あまりに受け入れ難い現実が続き、自棄になっていた節がある。おまけに御伽噺のような魔法が使える。
聖女には必要ないと言われたが生活魔法や防御魔法、とにかく手当たり次第に教えを乞うた。魔法の行使が楽しかったのは否定できない。
そうして国を回ること数ヶ月。長年溜め込まれた魔障は浄化され、魔獣の増加や疫病の蔓延など、切迫した状況は回避された。向こう数十年は平穏に過ごせるそうだ。
これでお役御免かと思いきや、聖女がいるだけで淀みが落ち着く効果があるそうで、ぜひこのまま王国に留まって欲しいと言われた。
この一年で国にも人にも愛着の湧いた私に否はない。いつか他の国へ旅行したくなるかもしれないが、この世界で生きていく上ではまだまだ不十分な知識のためにも、しばらくはお世話になりたいと二つ返事で受け入れた。
ただ、国のお偉い様方はそれでは納得しないようだった。どうにかこの王国に聖女が根ざすべく、地位や名誉やお金を押し付けられそうになった。
過ぎたる褒美は受け取れないと断固拒否、もちろんこちらの機嫌を損ねたくないあちらも無理強いはしない。
平穏無事に過ごさせてほしい私と聖女として祭り上げたい王国の攻防は水面下で続いていた。
絶対に好意という名の下心は受け取らない。たとえ目を剥くような宝飾品や美男美女が寄越されようとも、素知らぬ顔で流すのみ。不用意な発言はしないよう慎重になった。
しかしながら身一つでこの世界へ来た私は、心の底で欲しているものがあった。
以前の世界にいるときも、この世界に来てからも、私はとても人に恵まれていると思う。心配してくれる親族に友人、身の回りのお世話をしてくれる人、学ばせ導き守ってくれる人々。
この国は王国で貴族もいる身分社会だ。貴族とは程遠い振る舞いの自分はそれでも、厳しい目を向けられたり、糾弾などされたことがない。
紛争地はそこそこ遠く、豊かな国に穏やかな国民性。魔障や魔獣による問題さえ解決すればとても住みやすい国だ。
そんな環境で足りないもの。大切にされているからこそ得られないもの。それは対等な友人である。
聖女として敬われるのは理解できる。ただ世界が変わったというだけで身についていた魔力は自分の実力ではないのでなんとも受け入れ難いが、この世界の人々にとってはありがたいものなのだろう。国を巡ってみて身に沁みた。
来たばかりの頃、あまりに大事にされることに居心地の悪さを感じ、気安く接して欲しいと頼み込んだからか、身の回りのお世話をしてくれる侍女や一部の騎士とは冗談を言い合えるくらいには気安い仲だ。
しかしあくまでお世話をする側とされる側。友人とは言えなかった。
王都へ戻り事後処理も落ち着いた頃、彼女は現れた。侍女見習いのエリー。
同年代で新人の彼女は男爵令嬢だというが、平民と直接関わり暮らす領地の風潮からか、貴族にしてはとてもざっくらばんとした性格だった。おかげで庶民の私は彼女ととても馬があった。流行りのファッションや小物、物語やお菓子の話。以前いた世界の友人と変わらぬような距離感。
友人に飢えていた。それはもう飢えていた私は表に出さないよう努めながらも大いに喜んだ。
そんなある日、彼女の好きな人は商家の嫡男なのだと聞く。久しぶりの恋バナは盛り上がりを見せ、好みのタイプの話になり、私はうっかり溢してしまった。国を回っていたときの護衛騎士様が素敵でね、と。
その日のうちに国王様へ話が行き、縁談としてお見合いの場が設けられるどころかまさかの婚約者に据えられていたと知ったのは翌日の顔合わせの際。
友人であると思っていたエリーがしたり顔で連れてきた元護衛騎士の青年は久しぶりに見ても相変わらずの美形であった。
なぜ彼が?と疑問に思う暇もなく説明を受け――――冒頭へ戻る。
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