❁❁❁❁

「え、無理。そんなのありえないし、そんなの私じゃない」

 赤い蝶がウタの手を離れ、あっという間に飛び去ってしまいそうになる。慌ててウタは蝶を捕まえようとするが、蝶ははるか頭上高く舞い上がってしまった。

「ちょっと、勝手なことしないでよ! 私なのに私じゃない私がいるなんて、なんか嫌!」

「本物はこれだからね。いつだって自分が唯一無二のオリジナルで世界で一番なんだって信じ込んでいる。そんなにツクリモノが嫌いなのですか? あなたはこの町を否定できるくらい偉いんですか?」

「あーもう! なんでそんなに話が飛躍するのさ! 私はこの町素敵だと思うよ? でも、それとこれとは話が別なの。私は旅人で、この町の住民になるつもりはないし、私じゃない私がいるのも嫌なんだってば!」

「はいはい、ではもう旅に戻ってもらって結構ですので」

 少年は笑顔で遠のいていく蝶を見つめている。もうウタには興味が無いようだった。

 ひらひらと舞う蝶に、一匹の妖精が並ぶ。二匹はまるでダンスでもするようにくるくると上下左右の位置を交換しながら楽し気に飛ぶ。

「あれ?」

 ウタはポケットを確認するが、いつの間にか空っぽになっている。

 楽しそうに並んで飛んでいたハナは、ふいに蝶の羽にひしと抱き着いた。蝶は嫌がるそぶりもなく、ハナにされるがままに空中で静止した。

「おや、蝶の動きが変ですね」

 少年が首をかしげる。

 妖精は誰にでも見ることができるわけではないのだが、少年は見えない体質の人のようだった。

 蝶を捕らえたハナは、ぴかぴかと瞬いた。

 それはウタにあいさつする時とは比べ物にならないくらいに強い光り方だった。

 ハナは蝶の羽にとても小さい文字で『emeth』と書かれているのに気が付いた。そこで、蝶を捕まえて軽くこすってみるも文字は消えない。ちょっと躍起になって、ごしごしとこすっているうちにイライラとして、思わずぴかぴかと発光していたのだが、ウタからはハナが遊んでいるようにしか見えないし、少年に至っては、ハナの光を照り返す蝶の羽の輝きを怪訝そうにして見ていた。

 しかしほどなくして、ハナは蝶の羽の文字の頭を消すことに成功した。

 蝶は中空で音もなくサラサラと砂になっていく。

 先ほどまでとは打って変わって表情を強張らせる少年と、対照的にホッとした様子のウタ。

 ハナは心なしどや顔でウタのポケットに戻ってきた。

「ありがとね、ハナ」

 ウタの言葉に反応して、ポケットからいつもよりも強い光が漏れる。

「あなたのような本物たちは、やっぱりツクリモノの存在そのものが許せないんだ!」

 怒りに打ち震える少年を、ウタは驚いて見つめた。

「えぇ? なんでそんな話になっちゃうのさ?」

「だからこの町には住めない。どうやったかは知らないけれど、あんな小さなツクリモノの蝶さえも壊してしまう」

「そうじゃなくて、何度も言ってるけど私は旅人なの。ひとところに留まるって想像もつかないし、蝶を壊したのも蝶がツクリモノだからじゃなくて、勝手に私の血でなにかしようとしてたからで……」

「そうやって言い訳を並び立て、僕らを否定し、迫害するんだ!」

「私は否定も迫害もしてないし、少しはこっちの話もちゃんと聞いてってば!」

 しかし、少年はもうウタの話を聞いてはいなかった。

 ブツブツと何やら呟いている。

 そうだそうなんだいつだって外から来た本物たちはツクリモノの僕らを見下し馬鹿にして否定ばかり……。

 ひとしきり呟きたいことを呟いた少年は、ぎろりとウタを睨みつける。

「もういいです。これ以上本物がこの町にいる理由もないでしょう? 今すぐここから消えて、二度とこの町に近づくな!」

 少年が宣言すると同時に、町が消えた。

 ウタは慌てて辺りを見回すが、ただひたすらに荒れた大地があるだけだった。

「今、確かに私たち、町にいたよね?」

 戸惑いながら、ポケットに向けて言うウタ。

 ハナは珍しく、おざなりに発光するだけではなく、ポケットからふよりと抜け出し、ウタを手招く。

 ウタが誘われるままにハナについて行くと、

 ポーン。

 地面から音が鳴った。

「あ、道だ」

 ハナはうんうんと一人頷いて、再びウタのポケットに潜り込む。

 どうにも気になってしまってね。

 あの町のことを教えてくれた旅人のおじさんが言っていたことを、ウタは思い返す。

 この近くに、花ではない花、人ではない人がいる町がある。それだけ聞いても面白そうだろ? 実はな、あそこの住民の一人が“本物”の人間らしいんだ。旅人が置いて行った子だって話だが、本人は自分のことをオルガノイドとかいうツクリモノと思い込んでいる。だがいくら本人がそう思い込んでいても、やっぱり一人だけ町の連中とは違う存在だってこと、薄々気が付いてんじゃねえのかな。そいつ、話してみると変に排他的なのに、仲間は欲しがっていて。なんというか、不憫な話だろ? もし興味があったらでいいんだがな、寄って行って、二、三日程度でいいから話し相手にでもなってやってくれないか? 


 小脇に抱えたパンはまだほんのり温かい。

 たった今の今までいた町のパン屋の男性からもらったものだ。ずっと持っていたせいか、少し形がつぶれている。

 包みを開け、中から一つ取り出してかぶりつく。

 うん、やっぱりおいしい。

「こんなにおいしいパンを作るのに、ツクリモノも本物も関係ないと思うんだけどなあ」

 ウタは空を見上げる。野営をするにしても、まだしばらくは道なりに歩みを進めることができそうだ。

「……次の町には、素敵な花があるといいね、ハナ?」

 ハナは何か言いたげな顔でウタを見上げ、おざなりに発光して返事をする。

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