第82話撲滅聖女




「〔範囲完全治癒(エリアパーフェクトヒール)〕」


ミーシャが手のひらを空に向けるとミーシャを中心として円状に治癒魔法が施され、その場にいたすべてプレイヤーと天使の傷が回復する。ナギの腕や脚があった箇所も白い光に包まれたかと思えば次の瞬間には元通りに再生していた。


「治癒魔法...?『Liberal Online』では実装されてないんじゃなかったのか?」


「うーん、そこの説明はめんどくさいから割愛しまーす。」


ロイの疑問にミーシャはなんでもないように答え、ナギにてくてくと歩み寄る。


「渚の怪我は大丈夫そうだね。私がきてよかったよ!アスタが来てたらその傷は治せなかったから、あの人に大目玉喰らうところだった!!」


まぁ結構な傷を負ってたからどちらにせよ絞められるんだろうけど、と少し冷や汗を流しながらナギの両頬を手のひらでムニムニとする。


「はぁ...このムニムニほっぺは癒されるわぁ。でもその姿の渚にやってるとなんだかすごく悪いことをしている気分になるわぁ...」


立派に成長した角と尻尾、そして銀色の髪の毛に目を移しながらそう呟く。


「あの...師匠もこのゲームやってたんですか?」


渚の愛でが終わらないミーシャにナギが尋ねると、彼女は「違うよ?」と言った。


「私は特別に向こうとこっちの世界を自由に行き来できるから、あの人からの依頼をちょくちょく受け持ってるだけだよ。私じゃないとできないことが多いからその度にちょいちょいっとね」


こんなふうに、といいながら手をひらひらさせる彼女を見てナギは質問するのをやめた。本当の話をしているようだが、頭ではほとんど理解できなかった。


『おいおい、痛ぇじゃねぇか...今日で一番効いたぜ...』


周囲に響いた忌々しい声の方向に顔を向けると、口の端から血を流しながらこちらにゆっくりと近づいてくるサタン。ミーシャにぶん殴られた衝撃がまだ残っているのか、歩くたびに身体をふらつかせている。


「お?もう動けるんだ?思ったより頑丈なんだね、きみ。」


『強度には自信があるんでな。あんたも渾身の一撃が効かなくて残念だったな。』


「あはは!!あんな一撃が本気なわけないじゃないの。あれを本気だと思うなんて...私が強すぎるのかしら?きみ、訓練が足りないんじゃないの?」


『...言ってくれるじゃねぇか...』


こめかみに筋を浮かべたサタンが鉈の柄を握り潰さんばかりに握りしめ、ギシギシという音が周囲に響く。


ナギが〔龍鱗腕〕を発動して戦闘態勢に入ると、ミーシャはそれを止めた。


「渚はさっきまでひどい怪我を負ってたんだからそこで休んでなさい。こいつの相手は私一人で十分。」


そう言ってミーシャは左右の腰に携えた剣を抜き、剣を持った腕をだらりと下げる。


「剣を使わなくても勝てるとは思うけど、それは流石に戦う相手に失礼ってものよね。だからきみの弱さに免じてハンデをあげるわ。〔付加(エンチャント)〕も含めて魔法を使わないであげる。あ、きみは全力で来なさい?ウォーミングアップ程度では終わらないことを期待しているわ。」


『...舐めやがって...』


怒りで顔を歪ませて歯をギリギリと鳴らし、サタンから魔力が溢れ出した。


先ほどナギと戦っていた時とは比べ物にならないほど濃密な魔力に当てられ、ナギはしゃがみ込む。そんな魔力の嵐の中でもミーシャは顔色ひとつ変えずにサタンの攻撃を待っていた。


『泣いて謝っても許してやんねぇからな...!!』


そう言ってサタンは鉈を構えてミーシャに向けて駆け出した。


上段から振り下ろされたサタンの渾身の鉈をミーシャは右手側の剣先で軽く受け止めた。


『っ!クソがぁ!!!』


そこからサタンは縦横無尽に鉈を振り回すがミーシャは涼しい顔をしながらそのすべてを軽くいなす。


『〔滅源波動〕っ!!!!』


拳に纏ってナギを遠くに吹き飛ばした技を次は鉈に纏い繰り出すが、ミーシャはそれすらも片手の剣で受け止める。もう片方の剣で軽く攻撃するも、サタンは後方へ退避。


しばらくは様子見をしていたのか自分から攻撃を仕掛けることはなかったが、ミーシャはここから攻撃を始めた。


音を立てずに一足踏み込んでサタンの目前まで接近すると、両手の剣でサタンの全身を瞬く間に細かく斬りつける。身体中から血を噴き出すサタンも一瞬苦しそうな顔をするが、それでもめげずに近づいてきたサタンの腹を勢いよく上に蹴り上げる。


『ぐぉ...』


上空に飛ばされたサタンは一瞬気を失いかけたが、即座に羽根を出して滞空し地面を見下ろすが...


『っ?どこに行きやがった...?』


「落下地点の攻撃を警戒して咄嗟に飛んだのかな?それともただのまぐれ?」


『っ上か!!』


真上から聞こえた声に反応して上を向いたサタンは、目の前に迫ったミーシャの足によって地面に落とされる。


サタンを蹴り上げた直後、サタンが羽根を出すよりも先にさらに上空に跳び上がっていたミーシャは、空中を蹴ってサタンに近づき踵落としで地面に蹴り落とす。


「そういえば、“魔界大罪魔将“だっけ?前に意味もなく襲いかかってきた一人は〔浄化〕してあげたんだけど、きみはどうしようか?」


『ぐ...がは...』


「うーん、答えられる余裕もないのか...他の奴の居場所を教えてくれれば楽に死なせてあげようと思うんだけど...」


ミーシャは既に腱を鞘に戻し腕を組んで何やら考えていると、サタンはゆっくりと立ち上がる。


『...あんたと戦うには俺一人じゃ実力不足みたいだな。あのジジイくらいじゃないと太刀打ちできそうもない』


「?そうだね。きみのいう爺さんが誰かは知らないけど」


『だが俺はもう目標を達している。そしてここで死んでやるつもりもない』


そう言いながら懐から握り拳サイズの黒い結晶を取り出した。


『撤退させてもらう』


そう言うが早いか、サタンは手に持った黒い結晶を地面に叩きつけ、その場から消え去ってしまった。


「転移魔法?これまた古いものを...あ、渚の腕とか取り返すの忘れてた...」


怒られるかな...と悲壮な顔をするミーシャを見ながら、ロイとフレイヤは、


「あれがナギの師匠...」


「ナギちゃんが化け物染みてる事を考えれば当然...なのかな?」


「でもあそこの道場ってメイも通ってるんだよな...」


「「....」」



妹の成長に一抹の不安を覚える兄と姉なのであった。








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『手ひどくやられおったな、サタン。あの小娘如きすぐに連れてこれたじゃろうに』


『うるせぇジジイ、撲滅聖女が乗り込んできやがったんだ。あの女(アマ)次あったらただじゃおかねぇ...!!』


『今のお主じゃ返り討ちにされるだけじゃ。彼の方が復活してからさらに強くなれば良い。それで例の物は?』


『おう、これでいいんだろ?』


サタンは懐から腕と脚、そして羽根を取り出した。


『まぁこれでいいじゃろ、身体丸ごとあれば彼の方が力を取り戻すのも早かったのじゃが、一部分でもあれば復活自体はできるからの』


祭壇の前に腕と脚、そして羽根を置く。これで復活の素材は集まった。


『अपनी भक्ति और अंतरंग बलिदानों के आधार पर, हम अपने गुरु को फिर से जीवित कर देंगे।(我らの献身と縁深き贄を礎として、我が主人を蘇らせん)...』


祭壇の上に横たわる亡骸が眩い光を発し、視界を覆い尽くす。二人が目を開けたところには、懐かしき黒髪の男性。


『久しぶりだね。レビア、サタン。』


『は、貴方様の復活が遅れてしまったことを心よりお詫び申し上げます。』


『いいって、破壊神の目を掻い潜って成し遂げてくれただけで十分さ。ありがとね。』


『ありがたき幸せ。』


二人の敬礼を受け取る黒髪の男性は、手や腕を確認して身体の調子を確認する。


『身体の調子はすこぶるいいけど、魔力が貯まるのは時間がかかりそうだな。まぁこっちの世界は魔力が少ないからね。ひとまずは怨念を代用することにしよう。』


そう言って顔を上げる黒髪の男性。


『それにしても破壊神ってば容赦ないんだから。咄嗟に魂を封印しなければ全てを消滅させられるところだったよ。』


『ある意味偶然が重なったのでしょう。その身体の持ち主は龍王の転生体の親族らしいですから』


『そうだね、それじゃあまた掻き回すとするかな。』


黒髪の男性がそう言って魔力で服装などの身なりを整えた。


『久里山 翔(かける)の身体でどこまで描き回せるかな?』




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