第7話 新しい朝
ユリアの目覚めを知ったジェイドは、それはそれは大喜びだった。その上、最愛の妻であるエリシアも珍しく元気そうにしている。彼にとってこれ以上ない幸せに感極まって涙すら流してしまいそうな勢いだった。
(お、おとうさまってこんなキャラではなかったような…)
と、半ば引き気味にユリアがエリシアを見つめると、彼女は慣れたように笑っていた。おそらく、本来の父はこういう性格なのだ。初めて知った事実に衝撃を受けすぎたせいか、その日の食事の味はよくわからなかった。
翌日。
ユリアはいつもよりも早く起きていた。
(おかあさまとの約束まであと5年…長くも思えるけど、ゆっくりなんてしてられないわ!)
母と交わした秘密の約束。10歳までに覚悟と実力を身につけなければ、あの手紙の中を見ることも、ダンダリオンの助力を得ることもできない。それどころか、自分自身が悪役として大立ち回りなど夢のまた夢である。
努力しなくてはならない。
母が用意してくれる師を待つまで、何もせずにはいられない。そう思い立ったユリアはまず、魔力操作の勉強と筋トレをすることにした。剣術や体術も捨てがたいが、これは独学でやっては逆に身体に悪影響だ。自分に見合った訓練はプロに任せておいた方がいいだろう、というのはユリアに前世の知識があってこその発想だと言える。
ただ、ユリアは出来るだけ母以外の人間にこのことを知られたくなかった。特に理由があるわけではないが、知られてしまったら魔術操作はまだしも、筋トレや剣術はおそらく止められてしまう。仮にもユリアはシュヴァルツ公爵家唯一の公女なのである。そんな高貴な存在が汗まみれで筋トレなど、流石に外聞が悪すぎる。
だからこそ、朝早くマリーが起こしに来る前に筋トレをしてしまおうという発想だった。
「やるわよ!」
そうして、ユリアの筋トレが始まった。
(まずは腹筋からね…筋トレといえば腹筋ですわ!)
「ユリアお嬢様、おはようございます」
そこから異変に気がついたのは、マリーが部屋に訪れた頃だった。
「、おはようマリー」
シルクのネグリジェを汗まみれにしてしまうつもりで本気であらゆる筋トレに挑んでいたのだが、どうやら様子がおかしい。
(あれ…?全然普通なのはどうして…?)
そうなのだ。マリーが来た時点で、ユリアは汗をかくどころか息一つ上がっていなかったのだ。
もしかしたら、やり方が間違っていたのかもしれない。知らず知らずのうちに体が楽なやり方をしてしまっていたのだろう、そう思うとユリアは無駄になってしまった時間に少しだけ肩を落とした。
マリーはその様子には気づかず、ニコニコとユリアの身支度を続ける。髪を丁寧に梳かしてもらい、最後に編み込んだらリボンを結び、いつものヘアセットの完成だ。
(あ、これ…わたくしの好きな色だわ)
茜色のリボンを鏡越しに見つめ、笑顔のマリーと目があった。それだけでユリアの気持ちは上を向く。
「ありがとうマリー」
「とんでもございません」
過ぎたことを凹んでも仕方がない。
(時間は有限、落ち込む時間がもったいないわ)
身支度をした後は昼食を挟みつつ書斎で魔力操作の勉強をするのだ。ついでに筋トレの方法を調べて、明日から正しいフォームでできるようにしなければ。
マリーと別れ、書斎を目指す。
(わたくし、きっと世界一忙しい5歳児ね…)
くすくすと笑いながら屋敷をぽてぽてと歩くユリア、本人の決意とは裏腹に、それはそれは愛らしい姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます