第5話 目覚め
やらなければならないことは沢山ある。
まずは、どうやって今後出会う彼らを救うか…そもそも、「ユリア」という存在は今後どうなるのか。記憶を掘り返しても、ユリアという名前は出てこない。婚約解消した後ユリアは本来どうなるのか。
単に忘れてしまっているだけのようにも思われるが、ユリアにとってそれはあり得なかった。彼女は思い出した記憶…おそらく前世といわれるであろう記憶の中で、【戦乙女の涙】に関して思い出せないことはほぼないに等しかったのだ。やりこんでいた、といえばいいのだろうか。あらゆるパターンの分岐を何周も見た彼女にとって、もはや知らぬことはない程であった。歴史的な事件や些細な問題すら把握している。それにも関わらず、「第一王子の元婚約者」である存在だけを覚えていないなどあり得るだろうか。
ユリアにはもう、なんとなくわかっていた。
(きっと、一週間前の事故で亡くなっていたのよね)
さらさらとペンを動かしながら、ユリアはどこか冷静だった。【戦乙女の涙】に登場するアルフィードにはどこか近寄りがたく、寂しげな印象が常に纏わりついていた。人を近づけたがらず、かと思えば目の前の誰かが傷付く事を恐れるような振る舞い。本編で深く語られることはなかったが、今ならばわかる。彼は、きっと目の前で婚約者…「ユリア」を亡くしたのだ。
「ふう…ひとまずこれでいいかしら?ちょっと書きすぎた気もするけれど…」
必死に書きなぐった手帳を鍵付きの宝箱に仕舞う。夢中になって書きなぐったせいか、ペンを握っていた手がぴりぴりとしびれを訴えてくるようだった。
けれど、ユリアは随分とすっきりした気分だった。手帳に書き連ねれば連ねるほど、ユリアの中を渦巻いていた疑問や不安が整理されていく。今後どうするかを考えていく中で、彼女の中にある考えが浮かんでいた。
【戦乙女の涙】…それはヒロインと結ばれた男性以外が宿敵となり立ちはだかる、愛と葛藤をテーマにした物語。戦争という苦しみ、悲しみを乗り越え、強く生きる男女を描いた物語。
でも…その壁はあなたたち同士がぶつかり合う必要ってあるのかしら?
どうあがいても戦争は起きる。…けれど、かつての同胞に剣を向ける必要などないのではないだろうか。ヒロインが一人で生き抜いたとしても、戦火は容赦なくすべての人々を傷つけ、互いに刃を向けあうよう仕向けてくる。それはきっと今生でも変わらず、もしユリアが全員を説得したところでどこかにしわ寄せがくるだろう。
では…もし自分がそのしわになってしまえばどうだろう?
例えば…そう、互いに刃を向ける余裕がないほどに強大な邪悪となってしまえば…どうだろう?
争い合う余裕など与えない。ともに手を取らねば到底太刀打ちできぬほど巨大な存在になってしまえば…?
一度死に、本来ならば一週間前に死んでいただろうということがより彼女の考えを後押しした。何故自分は死なずに、こうして生きているのだろうという疑問も、勿論彼女の脳裏によぎっていた。
でも、そんなことは考えてもわからない。わかりもしないことに延々と悩むよりも、ユリアにとってははっきりとわかることを優先することにしたのだ。
「推しが揃って手を取り合ってわたくしに立ち向かう…」
それってどんなに素晴らしい光景かしら?
欲望に忠実な少女の微笑みは、この時代に稀代の悪女を生み出したことを証明していたのだった。
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