第124話 - 特殊完全記憶能力
①高校周辺で〝
②高校周辺で事件を起こした者とは別の人物による超能力。
空間に映し出された文字を玲奈、瀧、土田、伊藤の4人が静かに見つめる中、愛香は1人だけ目を閉じて頭の中を整理している。
「①の場合にしても②の場合にしても、高校の周辺に被害者を生んだ意味はなぜなんでしょうか?」
愛香が1つの疑問をその場に投げかける。それはまるで独り言を呟いているようにも見える。
「それは警察を菜々美に注意を引くためだろ?」
瀧が答えた後に「いや……」と玲奈が割って入る。
「私たちが当時、捜査が難航していたのは該当するような超能力の情報がなかったことにあります。ちなみに菜々美は特教(特別教育機関の略称)にいたこともあって〝
愛香は玲奈の意見に同意しながらさらに付け加える。
「それに〝
瀧は「参った」とでも言うように頭を掻きむしりながら話す。
「ごちゃごちゃしてて面倒くせーな」
玲奈はその様子を見て「脳筋バカ」と聞こえない程度に呟いて瀧を鼻で笑い、愛香は溜め息をつきつつもそれに構わず続ける。
「仮に高校周辺の遺体3人に関わった者を〝X〟、菜々美に超能力をかけて標的を強制的に変えさせた者を〝Y〟とします」
愛香はタブレットを使って空間に書き込みを増やしていく。
「菜々美が第3地区、第7地区、第8地区で被害者を生んでいる間、精神刺激型の可能性が高いといったスタンスで連日報道していました。当然そのことは〝X〟も把握していたはず。さっきも言いましたが、私たちを菜々美のような物質生成型に注意を向けさせるのは困難。だけど……」
土田は眉間に皺を寄せながら意見を述べる。
「菜々美自身の注意を引くことか……」
伊藤が「あぁそうか」と納得する。
「でもそれだと流れが変じゃない?」
玲奈は何かに気付いたような表情をして疑問を投げかける。「と言うと?」という瀧の問いかけに答えるように玲奈は話し始める。
「学校周辺の遺体が見つかって、瀧さんが花さんに連絡した直後に花さんは上野に拉致されてる。〝Y〟が超能力を発動するにしてもタイミングが早過ぎる」
愛香は頷きつつ玲奈の話を補足する。
「あの段階ではまだ警察は発表していません。何ならまだ午前中で体力測定テスト中。菜々美がこのことを知る
「なるほどな」と瀧が呟いた後に少し言葉を続ける。
「それに上野の性格上、より内倉への警戒を強めそうだよな。タイミング的に内倉が関係してると考えそうだ」
愛香は「そうですね」と相槌を打った後に「そもそも……」と話し始める。
「わざわざ高校周辺に3人の被害者を生む必要が無いと思います。菜々美の言っている〝Y〟の超能力が存在するならば初めからそれを使用すればいい」
5人の中でしばらく沈黙が流れる。
「これは私の推測になってしまいますが……」
愛香は他の4人が話さない様子を見て言葉を紡ぎ始める。
「内倉と〝Y〟、そして学校周辺で〝
瀧は少し驚いた表情を見せて愛香を問い質す。
「別勢力だと!? 一体誰だよ!?」
「それは……私にも分からないです」
またしても待合室の中で沈黙が流れる。ここで瀧、土田、伊藤は現場検証の者たちに呼ばれて部屋を後にする。愛香は少ししてから玲奈の方を見て話しかける。
「ところで……収容所方面は青少年、職員は眠らされていたのよね?」
「そのようね」
「第三地区高校のクラスマッチの時と同じ現象ね」
「えぇ。一部の人たちは眠る直前にフルートの音を聴いたって」
愛香は既に翔子から第三地区高校のクラスマッチでのこの現象は十二音の
「第三地区高校全体を覆うほどの超能力だったのに今回は収容所側のみ。手っ取り早く全体にかければ良かったのに」
「いずれにせよ
––––なぜ上野と柚木はこの超能力にかけられなかった?
愛香の中で疑問が浮かび上がる。
(十二音が上野を勧誘している……!? そして彼女がここへ残ったことから何らかの理由で決裂した!?)
愛香の中で焦りが生じ始める。
(それなら柚木はなぜ!?)
愛香はここでサイクスを纏って目を閉じる。
––––特殊完全記憶能力
『完全記憶能力』とは見て聞いて感じたことを瞬時に覚え絶対に忘れない能力のことである。愛香はさらに記憶した情景を正確に脳内で動画として再生しつつ1秒を500コマに分けることが可能で、最小値0.002秒間の変化を見逃さない。これは『特殊完全記憶能力』と呼称され、妹の瑞希が残留サイクスを視覚化し、さらに個体間の違いまで特定できるのと同じく特異体質として認識されている。
愛香のこの力は後天的にサイクスが発現したことと密接に関わっていると考えられている。通常、後天性超能力者は心臓でフィジクスが生成されても扁桃体に届かない、又はサイクスに変換されるほどのフィジクスが足りていないことが原因でサイクスが発生しないものとされている。しかし、愛香の場合フィジクスの多くが海馬(記憶や空間学習能力に関わっている脳の部分)に到達していたことが分かっており、サイクスが発現した際にこれが特殊完全記憶能力に昇華したと考えられている。
––––〝
玲奈は愛香の様子を見て握っている左手を通して即座に〝
愛香のこの特異体質によって玲奈は正確に記憶を抜き出し、さらに愛香が脳内で見ている分割した500コマも共有して見ることが可能である。よって愛香の記憶から生み出される切り抜き動画と画像はより細かく抜き取ることができる(この時、記憶を見ることができるだけでその時に対象者が何を考えているのかは把握できない)。
(面会時間は30分。機械のアラームがなった時間が28分44秒。1分16秒短い)
愛香が記憶の中の映像を止める。
愛香は1秒間、5秒間、10秒間、1分間に含まれるコマの長さを経験値的に把握している。正確に刻むはずのアラームが予定時間よりも早く終了を知らせたことに愛香は疑問に思い、その周辺のコマを1枚1枚正確に見始める。
(見つけた)
菜々美が日記のことを告げた後の沈黙の間、柚木の右手から僅かな黒いサイクスが溢れ、アラームに触れた瞬間を捉えた。さらに菜々美が〝松下隆志〟の名を挙げた瞬間にも一瞬黒いサイクスが漏れ出たことを確認した。
「玲奈」
「了解」
愛香は脳内でアラームを止める瞬間と退室直前の僅かな映像(連続するコマ)を切り抜き、玲奈に発動を要求した。玲奈も阿吽の呼吸で右手にモバイルホログラムプロジェクターを取り出し、〝
「柚木さんの所へ急ぎましょう」
愛香はそう言うと玲奈と共に待合室を後にした。
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