第100話 - 少女
「何……あれ……」
非超能力捜査官である今野の保護の下、コンテナターミナル外の駐車場で待機している西条綾子はコンテナ船を覆う強大なサイクスを見て思わず車から飛び出した。
「どうしたの!?」
〝
「あれ……多分、瑞希のだ」
綾子の呟きに驚いた志乃は目を大きく見開いて聞き返す。
「え、あれが!?」
「うん。ホテルの時よりももっと凄いけど……」
ゆっくりと綾子は答え、同時に瑞希の精神状態とそれを引き起こす原因となったであろう萌と結衣の安否を心配する。
「お嬢ちゃんは心配せんで良いぞ」
綾子が声がした方を振り向くと、そこには中央に1人の老夫がコンテナ船から溢れるサイクスを眺めながら立っていた。その右隣には気温が高い中でも漆黒のスーツをスマートに着こなし、髭も綺麗に剃って七三分けにされた髪型もあって清潔な印象を与える175センチ程度の眼鏡をかけた男性が立つ。左隣にはメガネの男性とは対照的に派手な赤いタンクトップにカーキ色の短パンというラフな格好に無精髭を生やし、190センチは超えているであろう屈強な男性が直立する。
「柳、尊敬する先生との久しぶりのお仕事だ。もう少しきちんとした格好はできなかったのか?」
スーツを着た男性は屈強な男性を柳と呼び、その服装について非難がましく言及する。
「あら、動きやすい格好の方が悪い子ちゃんたちを懲らしめるのには効率的だと思うのだけれど?」
屈強な男性はその体格からは想像がつかない、優しい女性口調で言い返す。
「プロはどんな格好でも結果を出すものだよ」
「内容に応じてベストなコンディションを整えて臨むのがプロだと思うのだけれど、どうかしら? それにあなたは少し高圧的な印象を受けるわね。せっかく仁先生のお孫さんや関係者の方々とお会いできるのだから接しやすい印象の方が良いでしょう?」
「そしてそれが君の接しやすいと思う格好というわけか? センスを見直したらどうだ? そのままだと話し始めれば気持ち悪いと思われるだけだな」
2人の間に流れる空気が一瞬で凍りつく。
「多様性を尊重する社会において鈴村くんは少々取り残されているようね? そうやって凝り固まっているから仁先生のように偉大な結果を残せないのよ」
鈴村が眉間に皺を寄せて柳に詰め寄る素振りを見せて何かを言いかけたところで、吉塚仁が手で制する。
「2人とも
そう言われた鈴村と柳は我に返り、鈴村はメガネを上げ、柳はコホンと咳を一つしてバツが悪そうに一歩下がる。
「ワシは吉塚仁という名で瑞希の祖父じゃ。いつも孫が世話になっとるな」
仁はにこやかに自己紹介して少し頭を下げる。綾子も「西条綾子です」と応じて頭を下げる。
「こっちのスーツ姿の男が
「やだぁ〜先生、昔なんて言ったら私たちけっこう歳がいってるのがバレちゃうじゃないですかぁ〜」
仁は柳の大袈裟なリアクションと言葉を聞いて面倒くさそうに溜め息だけをついて相手にせず、綾子に告げる。
「ま、お嬢ちゃんはそこの警察官と一緒におれ。心配せんで良いぞ」
そう言うと仁は軽く手を振りながら柳と鈴村の2人を従えてコンテナターミナルへと向かった。
#####
瑞希は突然自分の脳内に現れた見知らぬ少女に困惑する。その少女は絶えず瑞希を愛おしそうに見つめ、微笑みかけている。
(同じ三地区高の制服……。こんな人見たことないけど……)
少女は瑞希と同じ東京第三地区高等学校の制服を着用している。瑞希はその女生徒に見覚えはないもののどこか親近感を抱いている自分に気付き、少し困惑する。少女は瑞希より少しだけ髪が長いミディアムウルフのヘアスタイル。そしてその髪色は丁度今の瑞希のように美しい銀色をしており、まるでシルクのように美しく艶やかである。
少女は不意に瑞希に近付くとそのまま瑞希を優しく抱きしめる。
(良い匂い……)
瑞希はその落ち着いた女性の包容力に安心感が湧き、思わず目を閉じる。
(瑞希のサイクスが落ち着いてきた……!?)
瑞希が近藤に手をかけようとするその直前に動きが止まり、周りを囲い込んでいた強大な瑞希のサイクスが落ち着いてきたことに花は驚く。
(あの子の身体で一体何が起こっているの?)
瑞希は脳内に流れ込んできた、またしても身に覚えのない景色の中にいた。
(病院……?)
瑞希は赤ん坊を抱きかかえながら泣いている銀髪の女性を俯瞰して見ている。女性は病室のベッドに座っている。カーテンの隙間から朝の明るい日差しが差し込んで女性の銀色の髪により輝きを与え、白を基調とした病室に温かな色味を施す。
「ごめんね……。ごめんねぇ……」
女性は肩を震わせながら抱きかかえる赤ん坊に必死になって謝罪している。赤ん坊はそんな様子を余所に、無邪気に寝息を立てて眠りについている。
––––不意に言葉が口をつく
瑞希の言葉を聞いた少女は抱きしめていた腕を離して瑞希を見つめる。その目には悲しみと困惑が入り混じっている。少女は嬉しいような、寂しいような、そんな表情で微笑んだ後に瑞希の両頬を両手で優しく包み込んで額を合わせた。
#####
「p-Phone内のサイクス残量が無くなりました。月島瑞希は3時間、如何なるサイクスも使用することはできません」
突如ピボットのアナウンスが鳴り響く。瑞希のサイクスは一瞬にして消え、その場で無防備に立つだけの15歳の少女となった。
「瑞希、逃げなさい!」
花は不意に流れたアナウンスを聞くやいなや、すぐにその場から離れるよう瑞希に向かって叫ぶ。それでも瑞希は立ったままその場から動かない。
(俺は助かったのか!?)
近藤は左手で瑞希を弾き飛ばす。瑞希は壁に頭をぶつけてそのまま意識を失う。
「やはり俺には運がある!!!」
近藤はそう叫ぶと魚雷を発動しようと集中した。その直後、顔面に衝撃が走り、大きく吹き飛ばされる。
柳が瑞希を優しく抱きかかえている。仁はその隣から瑞希の顔を覗き込んで頬を軽くなぞった後に美しく輝く銀色の髪の毛をしばらく眺めて「瞳……」と小さく呟いた。
「さて……」
吉塚仁は近藤の方を向いて静かな自然科学型サイクスを纏った。
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