第90話 - 空想世界

 近藤が勢いよく振るった鞭が結衣に直撃する。


「ッッッ!!」


 その激痛に意識を取り戻した結衣は声にならない悲鳴を上げる。その後、鈍い痛みの残る脇腹に手を当てようようとするも両手には手錠をかけられて鎖で天井から吊るされている。また、両足はそれぞれ部屋の隅から伸びる鎖に繋がれ全く身動きが取れない。


「気が付いたか」


 そう言うと近藤は間髪入れずに結衣の頬を鞭で弾く。結衣は未だ状況を理解できておらず、ただただ痛みに悶え苦しむことしかできない。


「やめて!!」


 萌は両目に大粒の涙を浮かべて叫ぶ。


––––ヒュッ


 近藤は萌の方を見向きもせずに持っている鞭を背後に向ける。その先端は正確に萌の左頬を直撃した。萌はすぐに近藤の方を向き直し、キッと睨む。近藤はその視線を背中で感じ取って笑いながら萌の方を振り返り、その目を見た後に眼前まで近付く。


「良いねぇ! お前みたいなガキんちょがどれくらい耐えられるか見ものやねぇ〜!」


 萌は口を固く結び、何も言わずに近藤を睨み続ける。近藤はフッと笑い再び結衣の元へ行って痛め付ける。結衣は近藤が萌の元へ向かっている間に〝空想世界イマジン〟へと接続する。瑞希、志乃、綾子に必死に状況を伝えたものの、戻ってきた近藤の鞭打ちによって〝空想世界イマジン〟への接続を維持することが困難となって通信が途絶えてしまう。

 部屋中に結衣と萌の悲鳴が響き渡り、それをかき消すかのように近藤は大声で笑う。しばらくすると近藤は吐血して右腕を抑えて座り込み息を切らせる。暗いジメジメした部屋には近藤の息切れと過呼吸にも近い2人の少女の慟哭が共鳴して広がる。近藤はイライラしながら床を殴り、部屋を後にした。


 結衣は力が抜け、再び意識が遠のいていった。


#####


(何か……! 何かない!?)


 瑞希は共有された萌の視界から目を背けたくなるのを我慢して部屋から読み取れる情報がないか注視する。花が既に地下シェルターに潜伏しているものの、百道地下シェルターは有事の際にもある程度の期間籠城できるように建設されており、広大な面積を有している。そのため、瑞希は少しでも部屋の特徴を手に入れて花に共有しようと考えたのだ。


「……水?」


 瑞希は萌が近藤に恐怖して視線を下に向けた瞬間に彼女の膝上の数カ所に水滴があったことに気付き、小さく呟いた。


「すみません……。あの、地下の地図もう1回見せてもらえますか?」


 瑞希は隣にいる町田に声をかける。花がいなくなったことで一気に他人行儀な態度になった瑞希にやや困惑しながら町田は地下シェルターのマップを見せる。


(そもそもこのシェルターはサイクスによる補強も行われていて強固な造りのはず。雨漏りなんか有り得る?)


 瑞希は様々な可能性に思考を張り巡らせる。


「あるとしたら飲料水を保管している食糧・備蓄エリア? 例えば水が溢れてそれが沁みて漏れてきた……。そうだとしたら地下階。あとは……調理場」


 瑞希は渡されたマップを忙しなく動かしながら独り言を呟く。そのまま『食糧・備蓄エリア』の方に目を向け、調理場を探し出した。


(食糧・備蓄エリアは地下5階まであって表記の上ではB6まで。調理場はB1とB6に用意されている。ということはB2?)


 近藤の非情な行いに瑞希は口をキュッと結び、必死に耐える。その時、萌の視界に映る暗くジメジメした部屋の環境を見て別の考えがぎる。


(食糧・備蓄エリアがこんな環境って有り得る? 冷蔵庫なんかも無いし。この人たちが部屋のレイアウトを変えたとしても何か跡が残っているはずなのに)


––––地下シェルターにいない?


 疑念が瑞希の脳内を駆け巡る。瑞希はスッと立ち上がると、その場から離れて周りを見渡す。


(最初から少し思っていたけどやっぱり見張りが少ない! 近藤の状態からもっと護りが固くておかしくないはずなのに……!)


 もう一度瑞希は倒れている男たちを見る。


(少ない……! 超能力者の数が少な過ぎる! 比較的新しい集団で主力の3人がいないことを考えてもあまりにも少ない!)


 瑞希はコンテナヤード内のコンテナの移動やシャーシ(コンテナ積載用台車のこと)への積みおろしを行う移動式クレーンである、トランスファークレーンの上からより遠くを観察する。


(あそこか!!)


 岸壁には現在大型のコンテナ船が3隻停泊している。コンテナ船のコンテナ積み下ろしのために用いるクレーンであるAI搭載型ガントリークレーンやアンドロイドがコンテナ船の周りをせわしなく動き回る。ただ1隻、先頭のコンテナ船のみ積み下ろしの作業が行われておらず、アンドロイドの人数も少ない。乗船口には残留サイクスが周りよりも多く付着している。


(萌ちゃんと結衣ちゃんはコンテナ船の中にいる!)


 瑞希は地面に着地してすぐさま〝空想世界イマジン〟を起動して花や和人たちに知らせようと試みる。


「痛ッッ」


 瞬間、瑞希の脳に激痛が走る。そのまま頭を押さえながら座り込む。その様子を見て金本と町田が焦った表情で駆け寄ってきた。


「一体……。何!?」


 瑞希は激しく咳き込み、手の平を見ると血が混じっていた。


「無理……! これ以上続けられない」


 瑞希は花、和人、金本、田川、井尻との〝空想世界イマジン〟を切断し、胸に手を当てながら息を切らせる。


*****


「これさ、〝空想世界イマジン〟が発動されてても私たちって現実にいるままじゃん? ということは脳に刺激を与えているんだと思うんだよね」


*****


 綾子の〝空想世界イマジン〟に対する考察は概ね正しい。

 〝空想世界イマジン〟はイヤホンに参加メンバーのサイクスを込め、その情報をホストのイヤホンがハブの役割を担って脳内でサイクスと共に処理する。そして仮想空間を生成して再び参加メンバーのイヤホンに情報を送信、それぞれのメンバーの脳で処理されて共有を可能とする。

 瑞希は志乃がホストを務める〝空想世界イマジン〟の情報と自身がホストを担う〝空想世界イマジン〟での5人分の情報を脳内で処理しており、その情報量を脳が処理し切れなかったために〝空想世界イマジン〟の維持が困難となったのだ。そもそも志乃は〝空想世界イマジン〟の併用を考慮していない。そのためこれは彼女も想定していない自体であった。


「おい、大丈夫か!?」


 金本が瑞希の様子を見て声をかける。


「早く、皆んなに……! 萌ちゃんと結衣ちゃんは地下シェルターにいない! コンテナ船の中にいる……!」


 瑞希はコンテナ船での残虐非道な行いを見ながら必死に訴えた。




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