第89話 - 危機

 和人と田川は冷凍コンテナ用電源設備に到着すると、受信機をかざしながら花が設置した発信機の発する電波を探る。百道地下シェルターは緊急脱出用の扉を1つだけ設置している。管理室メインデスク天井に見える円形の蓋を外し、梯子はしごを上るとサイクスを込めるためのモニターが現れる。そこにサイクスを込めることで内側から円形の扉が開かれる仕組みとなっている。

 この扉は地上から場所が分からないようになっていて、外側から開くためにはモニターの裏側に向かって正確にセキュリティーコードが付与されたIDカードをかざさなければならない。そのため、花は和人たちがモニターの位置を把握できるように粘着型発信機をあらかじめ設置しておいたのだ。


「ここだ」


 和人は場所を特定し、警察手帳端末をかざす。すると円形に縁がかたどられるとそのまま左右に開かれる。和人と田川はそのまま地下へと潜り、管理室に到着する。


「花さん、さすがだな。この辺りの敵は全員無力化してある」


 気を失っている近藤組の数名を見て和人は呟く。田川は倒れている近藤組に手錠をかけつつ和人に尋ねる。


「東京の超能力者は皆んなお前たちみたいに強いのか? 上の女の子も既に俺たちなんかより強い」


 和人も手錠をかけるのを手伝いながらこれまで知り合ってきた超能力者たちの顔を思い浮かべる。


「確かに凄い超能力者で溢れています。特に自分は特別教育機関に入学していたので……。特に瑞希はその、次元が違うと言うか……」

「可愛いしな」


 田川は少しイタズラっぽく笑いながら倒れている超能力者の方へと向かい、首に合わせて少しカーブしている機器を装着する。機器の内側には4本の針が取り付けられており、それらが刺さると機器の両先端が延長して接続し、首輪となる。装着された超能力者はサイクスを消失する。

 人体サイクス学の研究が進み、サイクスの元となる物質は血液と同じく心臓から生成されてポンプのように排出される。その物質は血管を通って『扁桃体へんとうたい』に到達した後に体内に行き渡り、皮膚からサイクスが漏れ出す。サイクスの元となる物質は心臓から脳へと血液を送る二対についの太い動脈を通って脳の中で感情の形成に関わる部位のうち最も重要である扁桃体へと向かう。

 心臓でサイクスの元物質が生成されない、又は扁桃体までそれが到達し得ない者を『非超能力者』と定義付ける。何らかの影響でサイクスの元物質が扁桃体に届き、後天的に超能力者となった者は『後天性超能力者』と称される。


 田川が装着した機器の針が首に刺さった後、針先が自動的に二対の動脈へ到達、特殊な刺激を与えることでサイクスの元物質の流れを停止させて非超能力者と同じ状態にする。この機器は超能力者を現行犯逮捕する時に使用される。異能不全錠いのうふぜんじょうと呼ばれ、異不錠いふじょうと略される。


「さてと、俺たちも向かうか」


 田川は和人に合図をして花の足取りを追った。


#####


 萌はゆっくりと目を開けるとそこは暗くジメジメした空間が広がっていた。天井中央付近に1つだけ明かりが灯されており、不気味な様相を呈している。


「ッッ!」


 萌は寒気と鈍い痛みを感じ、そこで自分の状態に初めて気付く。萌はビキニの状態で椅子に座らされ、鎖で固く縛られている。時たま天井から水滴が萌の素肌に溢れ、ひんやりと全身を駆け巡る。


(動けない!)


 萌は何度か身体を揺らし、脱出を試みるもビクともしない。


(嘘……。どうしたら良いの? それに結衣ちゃんはどこ?)


 萌は辺りを見回すものの人の気配が全くない。その静けさは萌に不安を煽る。心臓の音が低く大きく響くのを感じながら萌は口を大きく開けて深呼吸をする。


(落ち着いて私!)


 萌は志乃や瑞希の顔を思い浮かべ、普段の姿やクラスマッチでの対応力を思い返す。


(志乃ちゃんやみずちゃんはいつも冷静にしてるじゃない! 私も……私だって!)

 

 萌の荒れた不安定なサイクスが落ち着きを取り戻す。〝アウター・サイクス〟を全く知らない萌は天然でそれを習得し、サイクスの消費を最小限に抑える。萌は自分の耳を確認すると志乃のイヤホンがまだ存在することに気付いた。気を失ったことで強制的に離席状態となっていた〝空想世界イマジン〟に再接続する。


「皆んな! 今意識が戻ったよ!」


 音声を聴きつけた志乃、綾子、瑞希が即座に〝空想世界イマジン〟に接続する。


「萌!! 大丈夫なの!?」


 志乃が一目散に大きな声で萌に尋ねる。


「うん、何とか。でも椅子に鎖で縛られてて全く動けないの……」


 3人は少し安堵した表情を浮かべる。


「萌ちゃん、今私は和人くん、花先生、警察の人たちと近くに来ているの!」


 瑞希は自分たちが近くにいることを伝え、少しでも萌の不安を取り除こうと試みる。その後に志乃の方を見ながら尋ねる。


「志乃ちゃん、萌ちゃんの視界共有してくれる?」

「OK」


 志乃はすぐに萌の視界を共有する。目の前には暗い空間が広がる。


「暗くてよく分からないの……。人の気配もないし……」


 その時、萌の背後でガタッと音が鳴る。萌は首を捻りながらそちらを見るが壁が隔てており音の正体は分からない。そのまま耳を澄ませると足音が近付き、扉が乱暴に蹴破られる。


「よぉ、起きたんやな」


 上腕部から先がない右腕には大量の包帯が巻かれまだ薄っすらと血が滲んでいる。それを見た萌は「ヒッ」と小さな悲鳴を上げると顔を背ける。それに気付いた近藤は微かに笑い、萌の目の前まで移動してぶっきら棒に顎を掴むとその視線を無理やり右腕に向けさせる。


「お前のが美味しそうに食ってくれたんよなぁ」


 さっきまで少しの落ち着きを取り戻していた萌の息が一気に荒くなる。


「こんな可愛い顔してエグいことしてくれるわなぁ? お礼にこれからお前がどうなるか教えちゃーよ?」


 すると近藤は持っていたバッグからタブレットを取り出して映像を見せる。そこには目が虚ろで不健康に痩せ細った数人の女が映されており、腕に注射を打たれている。1人の女が要領を得ない、意味不明な言葉を発している。服ははだけて素肌は傷だらけで見ているだけで痛々しい。下卑た笑顔を浮かべる数人の男たちに連れられて別の部屋へと消え、直後にけたたましい女の叫び声が轟いた。


「お前にもこのお薬いっぱい打って気持ち良ーくなってもらうけんな。でも量は少なくしてやるよ? お前の超能力で珍しい動物捕まえて金にするんやからなぁ?」


 萌は目に涙を浮かべながらもはっきりと「嫌」と一言だけ発する。それを聞いて近藤は高笑いし、萌の正面に広がる壁を殴って破壊する。


「結衣ちゃん……!」


 破壊された壁の向こう側には気を失ったままの結衣が両手と両足を鎖で縛り上げられて天井から吊し上げられていた。


「これでも頑張れるんかなぁ? お嬢ちゃん」


 そう言いながら近藤は地面に捨てられていた鞭を持って結衣の脇腹に向かって思い切り打ちつけた。




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