第83話 - 追跡

 皆藤を撃破した花はすぐさま救急隊と応援を要請する。現場に到着した救急隊と県警は複数空いた穴や花の〝超常現象ポルターガイスト〟の影響による瓦礫の残骸に驚愕する。花はそれらを意に介さず彼らに後処理を任せて颯爽とその場を離れ、和人に通信を繋ぐ。


「和人、聞こえる? 少し邪魔が入ったからこれから向かうわ」


 この時、和人は既に瑞希と合流し済みで、綾子を含めて3人で中本の残留サイクスを追いかけ始めるところだった。


「花さん、何か問題ですか?」

「いえ、もう処理したわ」


 花はサラッと涼しげな調子で答える。和人は「さすがですね」と言った後に、百道浜での出来事や結衣が萌を追って単独で海中へ追跡しに向かったことなど現在の状況を手短に話す。


「1人で向かっちゃったわけね……」


 花は少し呆れたように溜め息をつく。和人に予備のマイク付きイヤホンを瑞希に装着させるよう指示する。


「瑞希、あんた相手が全員徒歩でそこまで来てると思ってるの?」


 花が落ち着いた声で尋ねる。


「いえ……」


 瑞希は小さな声で答えた。


「残留サイクスを追うこと自体は間違ってないわ。けど車に乗った時点で難しくなる。もちろん、この暑さで窓を開けながら走行していたら空気中に残るだろうけど、空気が流動すればそれに伴って残留サイクスも移動する。ましてや海沿いで風も強い」


 花の核心を突いた指摘に対して瑞希は沈黙する。


「おそらく今追っている残留サイクスはどこかの駐車場や路上まで続くはずよ。そこからは追うことが難しくなるはず。私はGPSで追跡してあなたたちの所へ向かうから合流するまでその地点で待機。いいわね?」

「了解です」


 和人はすぐに返事をする。


「それと瑞希、詳しくはよく分からないけど長野さんと豊島さんに連絡取れるのよね?」

「はい。志乃ちゃんの超能力で。視界共有もできてます」

「OK。それなら彼女たちのアシストに徹してあげなさい。決して無理をさせないこと」

「はい」


 瑞希は返事をし、〝空想世界イマジン〟の二画面機能を使って結衣の視界から近藤の残留サイクスを追って結衣に指示、さらに砂浜に付着する中本の残留サイクスを追いながら和人と綾子を先導する。中本の残留サイクスはしばらく砂浜の上に付着していたが、途中で方向を変えて立ち並ぶ売店を越えた後に歩道へと続く短い階段を上る。その歩道を少し進んだ後に浜辺沿いにそびえる松林地帯に入る。

 少し進むと百道浜公園が広がり、夏休みの子供たちとその保護者たちが沢山集まってイベントに参加している。超能力者・非超能力者が入り乱れており、付着する残留サイクスの多さは瑞希の目を惑わせる。

 一瞬、瑞希は動きを止める。その後、〝空想世界イマジン〟で結衣の視界をチラッと目にする。結衣は〝大渦巻スパイラル〟を発動し、既に近藤を補足している。瞬間、瑞希は視界を現実世界のみに集中、〝宝探しハイライト〟を発動して中本のサイクスを強調表示して再び走り出す。

 百道浜の周辺には合計で7つの駐車場が存在する。第1〜第3駐車場は数百台単位の自走式立体駐車場で第4〜第5駐車場は100台弱の平面駐車場、第6〜第7駐車場は数10台が停められる平面駐車場がある。瑞希たちが公園を抜けて向かうその先には第6駐車場が広がる。


「瑞希、待て!」


––––〝弓道者クロス・ストライカー〟・〝衝撃インパクト〟!!


 和人が瑞希を制する。和人は〝第六感シックス〟を会得しており、10メートル程度を探知範囲としている。7人の銃器を持つ男たちを捕捉して7本の矢を一気に放ち5人に命中させる。


(チッ、2人外した! けど……)


 チラッとやった視線の先に瑞希の姿は既にない。瑞希は和人の超能力発動に合わせて反応していた。放たれた矢の先を見て敵の位置を確認、矢を躱した2人の着地点を予測して〝超常現象ポルターガイスト〟で岩を顔面に直撃させて気絶させていた。


「すご」


 綾子は2人の動きについていけず、さらに一瞬で7人を戦闘不能状態にしたことに対して感嘆していた。そんな綾子を余所に瑞希は3つの駐車スペースを見ていた。


「1台の大型車と2台の普通車に乗り込んだみたいだね。ここで残留サイクスが途切れてる。もちろん、空気中にも微かに残っているけど、花先生が言ってたように時間が経ってしまうと追うのは難しいかな」

「ここで待機になるか」


 和人と綾子も近くに寄って花の到着を待つこととなった


「瑞希、〝空想世界イマジン〟の様子を見て!」


 瑞希は綾子の言葉に反応して〝空想世界イマジン〟で結衣の視界を見ると魚雷が機雷に当たり、誘爆している場面だった。


(結衣ちゃんに残るサイクスが少ないから最短距離でしか戻れないと予測して真っ直ぐに魚雷を撃ったのかな)


 瑞希は結衣にサイクスの消費を最小限に抑えつつ、小さな渦を複数作って誘爆の衝撃も利用しながら死角を作るように指示した。しかし、近藤とその魚雷は正確に結衣と萌に近付く。


(どうして!?)


 その正確さに瑞希が驚いたところで萌の〝捕獲魚雷〟が解除される。


「萌ちゃん!!」


 瑞希からは焦りの表情が見られ、綾子は両手をグッと握り緊張が走る。その時、シャチの群れが近藤を襲い、子イルカとシャチが結衣と萌を連れて海面まで上昇、2人は脱出に成功した。瑞希も綾子もその瞬間にお互いに手を握り合って飛び跳ねて喜び合う。


#####


 海面に浮上した萌は大きく口を開けてゆっくりと呼吸をする。「まじギリギリ……」と呟いた後にもう一度、子イルカを撫でながら感謝を告げる。結衣も超能力ちからの使い過ぎで体力とサイクスの両方を消費して息切れしている。

 2人は子イルカとシャチにそれぞれ掴まり、コンクリートの陸地へと辿り着く。先に結衣が陸地へ上がり、そこから身を乗り出して萌に手を差し伸べる。


「萌ちゃん、掴まって」


 萌は両手でその手を掴み、すがるような面持ちで引き上げられる。2人は陸に上がって座り込み、息を切らしているところで背後から複数の影が囲む。


「お取り込み中お邪魔するぜ、お嬢ちゃんたち」


 中本が銃口を向けながら2人に手を挙げさせる。


「どうして!?」


 瑞希はその様子を〝空想世界イマジン〟で見ながら悲鳴に近い声をあげる。同じく綾子、百道浜に残る志乃にも緊張が走った。その時、結衣と萌が浮上した海面付近で爆発と共に大きな水飛沫みずしぶきが上がったのだ。結衣と萌の前に頭上から勢いよく物体が落下する。


「ハハハ、えらいことになってんな、勇樹」


 中本が頭上から降り立った近藤の姿を見ながら笑う。落下した衝撃で上がった粉塵の中から近藤が姿を現す。近藤は右腕を失い、襲ってきた魚類の返り血を全身に浴びている。煩わしそうに頭を振りながら、左手に持っていたシャチの首を放り投げた。


「あぁ、コイツのせいでな」


 そう言うと結衣の顔面を思い切り蹴り上げて気絶させ、そこで〝空想世界イマジン〟での結衣の視界が途絶える。


「こいつら縛っとけ」


 そう言い残すと近藤と中本は巨大なコンテナ群の奥へと姿を消した。




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