第80話 - 私とあなたの秘密 (シークレット・フェイス)

「あ? 徳田の評価?」


 警視庁捜査一課長・藤村洸哉は机に左肘をつきながら煙草を蒸かし、面倒くさそうに問いかけに対して答える。吐き出された煙はしばらくその場に留まり、エアコンから放出される風によって四方に霧散する。その様子を見届けてから藤村は話し始める。


「本人は否定するだろうけどアイツは戦闘向きの性格してるぜ?」


 藤村はこちらを向きながら「意外か?」と言いながらフッと笑う。


「確かに徳田の〝私とあなたの秘密シークレット・フェイス〟は潜入向けの超能力だ。現にそういった任務が多いしな」


 灰皿の淵に煙草をトントンと叩くと、折れたり曲がったりした煙草の残骸に灰が降り注ぐ。


「特別教育機関出身とは言え、元々あいつの身体能力は人並み、サイクス量も大したものじゃない。同期の瀧とは違ってな。まぁアイツは馬鹿だったけどな……」


 ライターのオイルが切れたことに気付いた藤村は「チッ」と軽く舌打ちをした後に引き出しから新たなライターを取り出しすと蓋の開け閉めを繰り返して何やら考え込む。しばらくの間、キンッ、キンッと一定のリズムで刻む金属音が冷たく響き渡った。すると思い出したかのように再び話し始める。


「話を戻すか……。徳田は自分の弱点を少しでも失くそうと血の滲むような鍛錬を積んで身体強化を図った。あとはサイクスの効率化にも重点的に取り組んだ。そして……」


 藤村は火が灯ったライターに灰皿に転がる残骸とは正反対に生気を帯びた新しい煙草を近付けた後に再び口に加えて煙を上に向けて吐き出す。今度の煙は霧散することなく風に乗って運ばれ、一定の濃さで空間へ広がっていく。


「潜入捜査での経験から培った観察眼と巧言、元々備わる頭脳に努力で得た力が合わさり戦闘に安定感がもたらされた。新人当初は補完関係が成り立ってたから瀧とよく組ませてたけど徐々に単独捜査が増えてったろ? あのツーマンセルは厄介だったけどな。まぁ、負けねーけど」


 少し意地悪く笑った藤村も心なしか嬉しそうにしている。


「〝私とあなたの秘密シークレット・フェイス〟は戦闘に向かない。潜入するにしても顔を知られていれば発動できない。姿形にしか適用できないから変声機器は必須。色々と制約があって扱い辛いのも事実だな」


 煙草の先が真紅に染まる。煙草を口元から離し藤村はニヤッと笑いながら煙を吐き出す。


「でもな、解釈次第で最強の初見殺しになるんだぜ」


#####


「さっきまでの金髪の女はどこ行った!?」


 そう思った瞬間、皆藤が自らの拳で作り出した大小様々な瓦礫が浮かび上がる。いくつかの瓦礫は皆藤に向かって襲いかかり、残りは浮遊を続ける。サイクスが込められた大量の岩石は皆藤に向かって衝突、肉体の強さに自信を持つ皆藤であっても全ては受け切れずに回避に徹する。


「女は!?」


 浮遊する岩石の死角から左脇腹に蹴りを諸に喰らう。


「ガッ!」


 皆藤は咄嗟に右手にサイクスを集中させて反撃を繰り出すが既に姿はない。すると背後で2発の銃声が鳴り、それと同時にナイフが飛んでくる。サイクスが手薄になっていた皆藤の右大腿部に銃弾の1発が命中、右肩に残りの1発と頬に投げられたナイフがそれぞれ掠める。金色の髪の毛を正面の岩陰に捉える。


「そこか!!」


 皆藤は近くにあった岩を右ストレートで砕き、その破片を正面へと放つ。皆藤は放った岩に少量のサイクスを込めて破壊力を増幅させており、衝突した正面の岩は粉々に砕ける。

 砂埃の中をレンズで確認しようとした瞬間に皆藤の左側から大量の石礫せきれきが上半身に向かって飛んでくる。堪らず皆藤は上半身にサイクスを宿して両手をクロスして耐える。


「ッッッ!!!」


 先ほどの銃弾によって生じた傷口に痛みが走る。今度は茶髪のショートヘアーに褐色の肌の女がナイフで突き刺しているのを目にする。態勢が崩れかかるのを右足で踏ん張り、そのまま左足を蹴り上げて迎撃する。

 女は突き刺しているナイフを支点に引き抜きながら跳び、空中で右手に持つ拳銃を真上へ放り投げて皆藤の背後から頭部を超えて正面に着地する。サイクスを込めた掌底打ちで真下から皆藤の下顎にヒットさせる。


(脳が揺れる……!)


 皆藤が後ろへ倒れ込む間に女は拳銃をキャッチし、残弾全てを放つ。放たれた弾丸は皆藤の両手足に命中する。大の字に倒れ込んだ瞬間、皆藤の眼前に黒い大きな影が迫り、落下する。


(警察車両……!! 動けねぇ……!)


 〝フロー〟が疎かになった部分を正確に撃ち抜かれて稼働しない両手足。さらにサイクスの大量消費が重なって皆藤は身動きが取れなくなった。


––––7人? そうだと良いわね


(あの言葉……。俺は3人を相手にしとったんか)


 落下してきた警察車両の上から銃口を向ける1人の女が姿を現す。黒髪のミディアムヘアーをなびかせている。徳田花本来の姿である。


「4人かよ」


 その言葉を聞いて花は微笑し、何かを言いかけるが皆藤が意識を失っているのを見て背を向けた。


 徳田花は正真正銘、単独で皆藤勝に勝利した。鍵を握ったのは〝私とあなたの秘密シークレット・フェイス〟の重複発動である。

 花は皆藤と対峙した直後に携帯で背中に触れて1回目の〝私とあなたの秘密シークレット・フェイス〟を発動し、金髪ロングヘアーが特徴的な女性へと変貌した。この姿は花がその場のイメージで創り出し、現実には。花は〝私とあなたの秘密シークレット・フェイス〟が発現した時点で自分の解釈とサイクスによる解釈の擦り合わせを行ってきた。

 例えば発動条件5.『対象者と会ったことがある場合』とはどの程度の対面が当て嵌まるのか? 相手は自分の名前を知る必要があるのか? (結果として名前を知る必要はなかった)


 その中で花が注目したのは『〝私とあなたの秘密シークレット・フェイス〟上での姿はどう判定されるのか』ということである。

 現実には存在しない架空の人物であるために対象者と知り合うことなど有り得ない。そもそも実際に対面している人物(徳田花)とは姿が異なり、徳田花そのものに対する認識に誤りがある。


––––結果、〝私とあなたの秘密シークレット・フェイス〟が一度成功すれば、さらなる〝私とあなたの秘密シークレット・フェイス〟を発動できることが判明した。


 金髪の女性になった後に、ナイフで攻撃した際に2回目の〝私とあなたの秘密シークレット・フェイス〟を発動、黒髮ショートヘアの女性に変貌した。その後、ナイフを投げて致命傷を狙うも躱され、同時に2回目の〝私とあなたの秘密シークレット・フェイス〟が解除される。 

 〝超常現象ポルターガイスト〟によって浮遊させた岩石群に隠れ、石礫で攻撃している間に投げつけたナイフを回収、隙を突いて右膝に突き刺し3回目の〝私とあなたの秘密シークレット・フェイス〟を発動して茶髪ショートに褐色肌の女性に変身。掌底打ちをクリーンヒットさせてサイクスを込めた銃弾を四肢に撃ち込み勝負を決した。

 屈強な肉体を誇る皆藤に対して、サイクス量がそこまで多くない花は確実にダメージを与える事が必須である。そのため、最初に他の存在を仄めかし、〝私とあなたの秘密シークレット・フェイス〟を連続で発動させることで皆藤を翻弄、精神を揺さぶる。


 皆藤のサイクスに不安定さを引き起こし、結果、完勝する。


 花は県警に連絡を取り、目の前で横たわる大男の処理を任せ、車に乗り込んで百道浜へ向けて発進した。



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