第76話 - 潜入

「近藤さんって女と一緒いる時と違って結構策士な人だよな」


 百道浜沖合い、穏やかに揺れる波を1隻の中型船が切り裂く。それによって生じた豪快な水音が響く中、近藤の部下で長髪を束ねている男が隣の坊主頭の若い男に声をかけた。


「何だってー?」


 声をかけられた男は耳を長髪の男に向けながら聞き返す。


「だから近藤さんは頭良いよなって話だよ!」


 長髪の男はより一層声を張り上げて返す。


「そうかー?」

「お前なぁ……。昨日の話聞いてたのか?」

「正直、よく分かってねーんだよなぁ、あの作戦」


 長髪の男はその答えを聞いた瞬間、手で顔を覆い、呆れて溜め息をつく。その後、右手で髪の毛をわしゃわしゃと勢いよく掻いた後に一言発する。


「お前、本っっ当に馬鹿だよなぁ」


 坊主頭の男の渋い顔を見て、もう一溜め息をついて面倒くさそうに話し始める。


「分かった。お前みたいな馬鹿でも分かるように説明してやるよ。要は動物と話せる小娘捕まえたいんだけど、浜で人攫うのなんて大騒ぎになるだろ? 昨日みたい水中戦なら騒ぎを抑えられるけどよ。だから警備を分散させるために俺らがここで一騒動起こすって話だったんだよ!」

 

 いまいち覚束ない返事をする相手に若干イラつきながらも携帯を取り出し右手で振りながら話題を変える。


「ところで中本さんの録った新しい映像観たか? 下手なAVなんかよりリアルで良いぜ」


 中本の〝覗き屋"ピーク・ピーク〟によって録画・撮影された映像は仲間の携帯端末に送信することが可能となっている。


「あの人、この超能力のために目ん玉潰したって考えたらやべーよな、ハハハ。早くその巨乳の可愛い子見てーわ」


 坊主頭の男に背を向けながら笑い始める。そして何かを思い出したかのような表情となった後、すぐに怪訝な顔となって坊主頭の頭の方へ振り向く。


「お前、新入りの癖に口の聞き方がなってねー……」


––––トンッ


 長髪の男が振り向き終わらないうちに首に衝撃が走り、そのまま気を失って倒れる。後ろに立っていたはずの坊主頭の男の姿はなく、徳田花が喉に当てていたスティック状の小型変声機を外して元の声に戻していた。

 花は普段からこの変声機を持ち合わせている。潜入の際に標的の声を収集して分析、喉に当てることで声を変換させる。また、この機器自体に男声・女声それぞれのサンプル30種類が搭載されており、自由に組み合わせることも可能となっている。花は倒れている男の持ち物を見ながら右耳に装着しているマイク付きイヤホンのスイッチを押して通信を始める。


「和人、ちゃんと全部聴いてたわね?」

「はい」

「あなたはそこから急いで百道浜へ。船内の伸びてる連中の後片付けが終わり次第、私も向かうわ」

「了解」


––––〝私とあなたの秘密シークレット・フェイス


 花と和人は百道船着き場にて不審な男性集団を発見した。花は〝私とあなたの秘密シークレット・フェイス〟によって船内に潜入、和人はその場で待機し、花からの情報を待っていた。花は警察の舟艇と合流し、陸地に向かいながら状況を整理する。


(中本という男が豊島さんに何らかの超能力をかけたのが確定したわね。眼帯をした男とはそいつのことだろう。そしてこいつの発言からして対象者の行動を監視し、さらにそれを録画する超能力といったところかしら。瑞希の話では豊島さんは昨夜イルカのギフテッドと話した。そしてそれを目撃されたって訳ね。それからもう1つ……)


*****


「要は動物と話せる小娘捕まえたいんだけど、浜で人攫うのなんて大騒ぎになるだろ? 昨日みたい水中戦なら騒ぎを抑えられるけどよ」


*****


(水中戦というワード……)


 イルカの遊泳速度の最高速は時速50キロメートル。対して人間の泳ぐ速さは時速6・5キロメートルである。装備を整えたとしてもとても追いつけない。ましてや相手はサイクスを宿すギフテッドだ。潜水深度などを考慮しても限界がある。


(小型の潜水艇も考えられるが、イルカを捕獲する装備を搭載するとなると結構大事おおごとになる。一味に水中で力を発揮する超能力者がいるわね)


 花は船着き場に到着するとすぐに福岡県警に百道浜へ急行するよう指示する。自身も車に乗り込もうとした瞬間、警察車両2台が爆発する。すぐさまその方向を見た花の視界に映ったのは拳1つで車両を破壊した男、皆藤勝の姿である。


「連絡が来ねーから様子見に来たらこんなことになっとるとはな」


 身体から放出される凄まじいほどの赤いサイクスを見て花は呟く。


「何で私は毎回こうパワー系と当たるのかしらね……」


#####


––––皆藤が花の前に現れる少し前


「6人グループか……少し多いな」


 中本がそう呟く。


「中本さん、あの子見て下さいよ!」


 部下数人が興奮気味に中本に声をかける。言われた通りにそちらを見るとパレオを腰に巻いて薄いピンク色のパーカーを羽織っている少女がいる。チャックの隙間からは水色のビキニが覗いており尋常じゃないほどに色白である。スラッとしたスレンダー体型で、容姿も誰もが認める美少女が隣の友人と何やら談笑している。


「ターゲットの子ともう1人連れてくならあの子にしましょうよ! あれヤバ過ぎでしょ!」

「そうだな」


 中本も部下の意見に嫌らしい笑みを浮かべながら賛同する。


(まだ船の連中から連絡来ねーな。まぁナンパはタイミング見て始めっかな)


 瑞希たち6人は2日連続の海を楽しんでいた。それでも前日に身体に異変のあった瑞希はゆっくりとしており、側には綾子が付いている。


「飲み物買ってくるよ」


 芽衣と志乃は4人に飲み物を尋ね、姉妹は海の家へと向かう。萌と結衣は2人で駆け足で海の方へ、瑞希と綾子はパラソルの方へと向かう。


「上手いこと分かれたな。俺はこの辺から超能力であの子の動向を見とく。全員通信は繋いだままにしとけよ。任せたぞ」


 中本はそう言って〝覗き屋ピーク・ピーク〟を発動するために距離を詰める。近藤の部下たち4人は瑞希と綾子に近付き声をかける。


「お姉ちゃんたち、可愛いね。2人だけ?」


 突然話しかけられて綾子は驚きながら返事をした。


「いえ……。友達と来てます」

「そうなんだ! じゃあさ皆んなで遊ばない? 人数多い方が楽しいしさぁ」


 綾子は男達のガラの悪さを見てとっとと立ち去りたい気持ちを抱く。しかし、パラソルに少ないまでも荷物が置かれていること、そして何よりも初めての経験に萎縮し、どうすれば良いか分からずに気後れしていた。すると彼らを観察していた瑞希が声をかける。


「お兄さんたち、眼帯の人とお知り合いですよね?」


 その一言に目の前の4人の男たちだけでなく通信を繋いだままにしていた近藤、中本にも衝撃が走った。 




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