第63話 - 大木家

「初めまし……」


 大木由里子に瑞希が初対面の挨拶を告げ終える前に、彼女はすぐ側にやって来るとやや興奮しながら瑞希の肌に触れる。


「娘からも萌ちゃんからも聞いていたけど月島さん、あなたとってもスタイルが良いわね!!」


 母を止めようとする志乃を萌は少しイタズラっぽく笑いながら手で制し、その様子を静観する。その間、由里子は瑞希の胸を触る。瑞希は小さく「キャッ」と悲鳴を上げるもそんなことはお構いなしに由里子は話し続ける。


「小ぶりな胸ながらもスラッとしていてバランスの取れた抜群なプロポーション、良いモデルになれるわよ、それに……」


 由里子は両手で瑞希の両頬を優しく包み、「ムギュッ」と音が鳴るほどに寄せる。


「こんなに可愛いらしい。あなたに私の作品をぜひとも着て欲しいわぁ」


 由里子の両手に宿っていた黄色いサイクスの輝きが増す。


「なるほど、スリーサイズは上から7……」

「お母さん!!」


 母の暴走っぷりに呆れながら志乃が声をかける。由里子は我に返り、顔を真っ赤にしている瑞希を見て謝罪する。


「ごめんなさい、私ったら!」


 瑞希は志乃の後ろに隠れながら頭をペコリと下げる。大木親子に案内されながらリビングへと向かう。


「瑞希、ごめんね。うちのお母さんファッションのことになると相手のこと無視して勝手に夢中になっちゃうから……」


 車内で芽衣の言っていたことを思い出しながら瑞希は納得する。


「面白そうだったから少し様子見てた」


 萌が腹を抱えながら笑っている様子を瑞希はジト目で非難がましく見つめる。


「ごめん、ごめん。でもほら皆んな被害に遭ってるから」


 綾子、結衣の方を見ると2人とも顔を上下に大きく動かして頷く。志乃は溜め息をつきながら話し始める。


「うちのお母さん、サイクスでスタイルを分析してそれに合った洋服をデザインする超能力者なんだ。必要に応じて防水とかも備え付けられるんだよね。〝高品質衣料製作オードリー〟って言うんだけど……」


 広々としたリビングへと辿り着く。瑞希は思わず目を見開いてしまう。志乃は「あっつ……」と呟くと隅にあるデバイスにサイクスを纏いながら手をかざす。するとホログラムが表示され、志乃はそれをタップして部屋の温度を調節する。するとエアコンが作動し始めて瞬時に部屋が涼しくなっていく。

 込められたサイクスは変換器によって自然科学型サイクスへと変換される。この時、変換されたサイクスは精神刺激型超能力者である志乃の支配下から離れる。そこで、あらかじめ自然科学型のサイクスが込められているAIが設定した温度調整を『感情』として読み取り、温度調整を引き継ぐ仕組みである。

 この技術が開発された当初は、AIに込められたサイクスの消費が激しく、頻繁な補充が必要となって莫大なコストが必要となった。しかし、サイクス工学やサイクスの効率化に関する研究、エネルギー変換やサイクス変換、AI技術などあらゆる分野のサイクス学と科学技術の発展、そして近年増加した超能力者の影響で年に一度の調整で事足りるようになった。それを以ってしても余りにも早く温度が調節されたことに瑞希は目を丸くする。


「温度変化めっちゃ早いでしょ? この間、工事して最新モデルに取り替えたんだよ。私も最初はビックリしたよ」


 瑞希の様子に気付いた志乃が事情を説明する。


「さすがはお嬢様〜。私の家のも割りかし早い方だけどここまでじゃないもんなぁ〜。凄いでしょ?」


 なぜか萌が得意気に話す。「何で萌が得意気なの?」と呟いている志乃の様子を見ながら綾子、結衣、瑞希は笑う。


「あ! 志乃ちゃん、アバシがおやつちょうだいだってよ!」


 萌は大木家が飼っているマンチカンの茶トラ猫、〝アバシ〟を抱っこしながら志乃に伝える。


「どうして分かるの? 別に鳴いたりしてないように思うけど……」


 瑞希の問いに萌が答える。


「あ! みずちゃんにまだ言ってなかった気がする! 私の超能力!」


––––〝動物と話す者アニマルズ・アズ・リーダーズ

 動物好きな萌が夏休み中に発現した身体刺激型超能力である。動物にサイクスを流して大脳新皮質を刺激・成長させ、萌のサイクスを通して会話を交わすことができるようになる。会話の内容は萌のサイクスを介するため、萌以外の者には聞くことはできない。


「凄い! 知らなかったよ!」

「ふっふーん、凄いでしょ? 綾子ちゃんと結衣ちゃんも発現してて私もまだ知らないから後でお披露目会だね!」


 萌は楽しそうに話しており、期待で胸がいっぱいであることが見て取れる。その時、芽衣がリビングにやって来て5人に声をかける。


「そう言えばあんたたち、ちゃんと水着は持って来たの?」


 沈黙が流れる。


「水着?」


 綾子が聞き返す。それに対し芽衣が返す。


「え、だって新しいホテル、海辺にあるのよ? 夏なんだし皆んな海で遊ぶでしょ?」


 瑞希は友人と外泊することや有名な高級ホテル『ホテルオーキ』に宿泊することに気を取られていて海のことなど全く頭に入っていなかった。


「私はそのつもりで持って来てるけど……海好きだし」


 結衣だけは準備していたが、萌、綾子、瑞希の3人は用意していなかった。


「志乃ちゃんの借りるにしても私のは収まらないだろうし……」


 萌は自分の胸を触りながら横目に志乃の胸とを見比べながらボソッと呟く。


「あんたは家、隣でしょうが! 1人だけ置いてくぞっ!」


 志乃は若干イラつきながら萌の頭を小突く。萌はイタズラっぽく笑い志乃をからかっている。様子を見ていた由里子が間に割って入って全員に声をかける。


「福岡に行くまでまだ時間あるし、私がデザインして作ってあげるわよ、皆んなの分。良かったら萌ちゃんや長野さんのもね」


 由里子はウィンクしながら4人に声をかけ、「やったー!」と萌は声を上げ、他の3人も喜んでお願いした。




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