第56話 - 謝罪

「何をお飲みになられますか?」


 翔子が葉山に尋ねる。


「紅茶をお願いできますか? 僕、コーヒー飲めないんですよ」

「かしこまりました。少々お待ちを」


 葉山はにこやかに答え、翔子もそれに応じる。一方の愛香は葉山の正面の席に緊張した面持ちで座る。葉山はにこやかに微笑みながら紅茶を待っている様子だ。

 車椅子の愛香に代わって玲奈は2階の自室で志乃の〝空想世界イマジン〟にて同級生と会話を交わしている瑞希を呼びに向かう。瑞希は視界を仮想世界に全て集中しているため、現実世界では動けずベッドに横たわったままでいる。


「みず、ちょっと良い?」


 玲奈が話しかける。


––––〝空想世界イマジン〟内


「あれ? 外で誰か呼んでるみたい。少し離席するね」

「ほーい」

「行ってらっしゃーい」


 瑞希以外の4人はそれに応じ、瑞希は一旦〝空想世界イマジン〟から離脱する。


「あ、玲奈さんどうしたの?」

「下に降りてきてくれる? お客さんよ」

「私に? どなた?」

「んーと、葉山衆議院議員」


 予想していなかった名前に一瞬、瑞希がキョトンとする。


「葉山議員ってよくテレビ出てるあのー、日月党の若いイケメンの人?」

「そうそう、よく知ってるわね」

「葉山君のお兄さんだしね」


 瑞希のクラスメイトで、先のクラスマッチでは男子超能力サイキックサッカーに参加していた葉山慶太は、葉山順也の実弟である。

 玲奈は、瑞希の黒いタンクトップにショートパンツというラフな格好を見て言う。


「みず、ちゃんと着替えて来なさいね」

「分かってるよ!」

「なら良いわ。あんたちょっと天然さんだから」


 玲奈はぶすっとしている瑞希を横目に少し笑いながら部屋を出て行った。


「すみません、もう少ししたら瑞希も降りてきますので少々お待ち下さい」


 玲奈がテーブルの椅子を引きながら葉山に告げる。


「いえいえ、こちらこそすみません。ご友人との貴重な時間を奪ってしまって」


 葉山は笑顔で応じる。愛香は笑顔を浮かべることをせずに緊張した面持ちで葉山の様子を観察している。


(これまで内務省の人間がやって来ることは多かったけど、超能力者管理委員会、それも委員長が来たことなんて一度もない。間接的に前委員長はちょっかいを出してはきていたけど……)


 愛香が押し黙って考えていると2階から瑞希が降りてくる。白地に黒猫がプリントされたTシャツに黒いスキニーパンツ。慌てたのだろうか、ショートヘアのサイドが若干跳ねている。その様子を見て玲奈は少し笑い、愛香は溜め息をついて呆れた表情を浮かべた。そんな2人を余所に葉山と秘書が立ち上がる。


「初めまして、月島瑞希さん。衆議院議員、そして超能力者管理委員会の委員長を務めております、葉山順也です。弟の慶太がいつもお世話になっております」


 葉山は瑞希の表情を見るために一度間を置く。瑞希の少し強張った表情を見て、緊張をほぐすようにニッコリと優しく笑い、再び話し始める。


「こちらは秘書の尾上おがみ美咲みさきです」


 葉山の隣にいた尾上は眼鏡を少し上にあげ、丁寧に会釈する。


「あ、えっと……初めまして、月島瑞希です」


 2階でのやり取りとは違って少しどもり気味に瑞希は答える。


(初対面に対して必要以上に緊張してしまう人見知りさは相変わらずね……)


 玲奈がそんなことを考えている間、愛香は葉山が訪問してきた理由を考えている。


(なぜ? 考えられるのは……やはりTRACKERSへの勧誘? だとしたら……)


 葉山はまるで愛香の思考を見透かしているかのように話し始めた。


「今回、訪問させていただいたのは上野菜々美の事件、樋口兼、及び『不協の十二音』による一連の事件における協力へのお礼とお詫びです」

「お詫び……?」


 予想外の答えに愛香は思わず聞き返した。


「えぇ……もちろん、捜査一課として尽力していただいたお二人にもですが、それ以上に瑞希さん、素晴らしいご活躍だったお聞きしております。しかしながら、高校1年生とまだ幼い瑞希さんを巻き込んでしまったことを謝罪したいのです」


 そう言うと葉山と尾上はもう一度瑞希の方を見て頭を深々と下げた。その行動に翔子を含めた4人は驚き一瞬言葉を失う。そして慌てて愛香が声をかける


「葉山議員、尾上さん、頭を上げてください! 大丈夫ですので!」

「いえ、そんなわけには。愛香さんも、お姉さんとして気が気でなかったと思います」


 様子を見て瑞希も加わる。


「あの……! 私は大丈夫です! 本当に……!」


 瑞希の言葉を聞いて2人はようやく頭を上げる。


「本当に申し訳なく思っております。そして内務省からTRACKERSに関して色々と来ているかもしれませんが、瑞希さんに関しては無視してもらって構いません」


 少しの沈黙が流れた後に愛香が尋ねる。


「それって?」

「僕は15歳の子がこんな危険な目に遭わせることに反対です。僕は政府の強引なやり方に少し思うこともありましたから……。本当なら霧島くんを巻き込むのも反対なのです。しかし、あちらはご両親を始め、浩三さんが許可した手前、反対する理由がなくなってしまったので……。もちろん、将来のことは分かりませんが、瑞希さん、今は学校生活を十分に楽しんで下さい」


 そう笑顔で葉山は告げた。葉山の言葉に愛香、玲奈、翔子は驚きを隠せなかった。瑞希の膨大なサイクス量、冷静さ、その超能力、どれをとっても政府はTRACKERSに瑞希を取り入れたいと躍起になっていると感じていたからだ。


「あ、これお口に合うか分かりませんがケーキです。良かったらお召し上がりになって下さい」


 そう言って葉山は包装された箱をテーブルに置いた。


「突然訪問してしまって申し訳ありません。我々はそろそろおいとましようと思います」


 葉山と尾上は立ち上がり、それに合わせて愛香、玲奈、翔子、瑞希も立ち上がる。愛香、玲奈、翔子の3人は先行して玄関口へ案内し、瑞希は最後尾から付いて行こうとする。すると、葉山は手を滑らせて携帯を落とした。葉山の携帯はテーブルの下へと転がり込む。瑞希はそれを拾おうとテーブルの下へと屈んで拾おうとする。


「失礼」


 同じく屈んでいた葉山は〝超常現象ポルターガイスト〟で携帯を手元に引き寄せた。


(あっ)


 瑞希は葉山が初めて発したサイクスに少し反応する。葉山はその瑞希の様子に気付き、人差し指にサイクスを溜め、空中で右に少しスライドさせる。そのサイクスは一瞬で消えたものの残留サイクスが残り、文字が浮かび上がる。


––––僕も『見える』んですよ


 瑞希は葉山も自分と同じく残留サイクスが見えることを察する。葉山はニコッと笑ってそのまま玄関口へと向かった。


#####


「良かったんですか?」


 尾上が車内で葉山に尋ねる。


「何がです?」

「TRACKERSに入れる気はないなんてアピールして」

「あはは。今の段階では必要ないというのは本心ですよ」

「でも必要戦力であることは分かっておられるんでしょう?」


 余裕の表情を浮かべながら葉山が答える。


「お姉さんが反対しているのは理解しています。向こうの気持ちに入り込むのは大事ですよ。今、無理やり入れてあちらから反感を買うのは得策ではないです。それに〝瞳先生〟との関係もあってこちらには良いカードが揃っているんですから。長期的に見ましょうよ」

「入らざるを得ない状況でも作るおつもりですか?」

「あはは、やめて下さいよ、人聞きが悪いなぁ」


 そう言いながら葉山は窓から外を眺める。



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